第四十話:本選一戦目
あれから色々と考えてみた。この呪いが魔法によって仕掛けられた物ならば魔法陣を解析できれば解く方法もわかるかもしれない。そう思って探ってみたけど、看破魔法を使っても隠蔽されている気配はなかった。ただ、認識阻害というか、見る者の認識を歪めるような魔法が組み込まれていることがわかった。
この呪いはあいつらの事を他言することが出来ないというものだ。だけど、呪いの証である紋章を見せることくらいはできる。見る人が見れば何かしらの呪いがかけられていると判断し、手を差し伸べてくれるかもしれない。
だけど、認識阻害の魔法によって紋章が刻まれている腕は何もないように見えていることだろう。あるいは見えていたとしてもただの刺青のように見えているか。いずれにしても、誰かがこの紋章を見て呪いに気付いてくれるということはなさそうだ。
でも、私がやったように、看破魔法が使える人ならあるいは? ……いや、看破魔法なんて特定の場面以外ではほとんど使わない魔法だし、光属性を使える人でなければそもそも使えない。ソニアさんならもしかしたら使えるかもしれないけど、今この場にはいないし……。
あれこれ試してみたはいいが、結局どれも成果を上げることはできなかった。
朝起きた時、魔力を消費しすぎたせいか少し身体が重かった。今日から本選だというのに、これで負けたら本末転倒だ。気を付けないと。
あいつらの居場所もわからず、呪いも解けず、大会の優勝は絶望的。八方塞がりもいいところだ。
闘技場に向かう道中でも色々考えてみたが、やはりまとまらない。どれか一つでもなんとかなれば何とかできそうではあるんだけど。
闘技場に着き、試合のために控室に向かう。すると、通路の奥に怪しげなローブを纏った男がいるのが見えた。
「やあ、とりあえず本選進出おめでとう。なかなかやるじゃないか」
「……それはどうも」
間違いない、あの時私に呪いを仕込んだ男だ。キッと睨みつけるとローブの裾から覗く口元がにやりと歪むのが見えた。
「この調子なら本当に優勝できるかもな。期待しているぞ」
そう言い残し、ローブの男は去っていく。
……今ならあいつをやれる。背を向けているし、魔法が効かないとはいえ、身体強化魔法をかけた手で殴れば昏倒させることくらいはできるだろう。
去っていく背を睨みつける。倒したい。倒したいけど、手を出すことはできなかった。
攫われて行った青年の居場所がわからない以上、あいつらに手を出すということは彼らを危険に晒すことになる。
私の中にある感情が芽生えた。アリアを助けられるならあの青年がどうなろうと関係ないのではないか。どうせ見ず知らずの他人だし、こちらはただ巻き込まれただけ。助ける義理なんてないのではないか。あれはただの、大勢いる人間の一人に過ぎないのだから、と。
でも、私はその感情をかぶりを振って追い払う。たとえ見ず知らずの相手でも、見てしまった以上は助けなければならない。困った人を放っておくことはできない。
拳を握り締め、耐える。私は欲張りなのかもしれない。理想が高すぎて、今ある幸せすら逃しそうになっているというのに選べない。私は、弱い。
「あれ、まだこんなところにいたんすか?」
「えっ?」
ふと声をかけられ顔を上げると、ゼムルスさんの姿があった。
ここは選手控室がある通路だ、観客のゼムルスさんが何でこんなところに?
「飛び入り参加した友達の様子を見に行くついでに嬢ちゃんの様子も見ていこうかと思ったんすけど、なんかあったんすか?」
「い、いえ……」
「そんな顔してちゃだめっすよ? もうすぐ試合も始まるし、気を引き締めないと」
そうだ、しっかりしなくちゃ。
今日からは本選。予選を勝ち抜いてきた猛者達が相手だ。舐めてかかったら絶対にやられる。私は負けるわけにはいかないのだから。
「すいません、ありがとうございます」
「期待してるっすよ。そんじゃ、また」
去っていくゼムルスさんを見て気持ちを切り替える。とりあえず、今は試合に勝つことを考えよう。あれこれ悩むのはその後だ。
しばらくして、試合の時間となった。フィールドへと足を運ぶと、大勢の観客に迎えられる。
どうやら私は期待の新星として注目されているらしい。予選の時も結構な人だったが、今日は客席を埋め尽くさんばかりの人が押しかけていた。
フィールドへと足を踏み入れ、対戦相手を見据える。今回の相手は背の低い男性だった。両手にナイフを構え、腰を低くしてステップを踏んでいる。
その動きは軽く、まるで盗賊のような身のこなしだ。持っている武器がナイフのところから見ても近接戦が得意と見える。
同じ近接戦でも大剣とナイフでは速さが全然違う。果たして捌ききれるだろうか。
向かい合っていると、審判が合図を出してくる。お互い構え、試合開始の鐘を待った。
カンッと小気味がいい音が響き、それと同時に戦いの火蓋が切られる。
私は早速目に身体強化魔法をかけると、水の矢を複数作り出して撃ち出した。
予選の時のような待ちの戦法では追い込まれてしまうかもしれない。ここは速攻で片を付ける。
放たれた矢に対し、男は軽い身のこなしで避けると距離を詰めてくる。
流石にそう簡単には当たってくれないよね。でも、それならもっと撃つまでだ。
水の矢は水の刃と同じくらい生成が早く、且つ数を量産しやすい。それを利用して、今度は数段階に分けて撃ち出す。
退路を断つのも忘れない。避ける方向を見越して少し遅らせて二段目、三段目を放つ。
ほぼ放射状に隙間なく放たれる矢に流石に分が悪いと踏んだのか、男はいったん距離を取った。
目線は逸らさず、じりじりと確認するように一歩一歩間合いを詰めてくる。だけど、私の矢がそれをさせない。踏み出す足に合わせて矢を放ち、男を近づけさせない。
魔術師は近づかれたら不利だ。特に素早い相手は要注意。すぐに間合いを詰められて斬られてしまう。だからそれを封じるのだ。
「けっ、面倒な上に精度がいいな。こうなったら奥の手を使うか」
男は忌々し気に舌打ちすると、腰のポーチから何やら取り出した。
あれは、鏡?
鏡を取り出した男はそれを掲げる。すると、鏡の鏡面が光だし、その光が男の身体を包み込んだ。
「なっ!?」
光が収まると、そこに男の姿はなかった。まるで初めからそこにいなかったかのようにさっぱり消えてしまっている。
いったいどこに……くっ!?
探知魔法に何かが引っ掛かり、とっさに腕で顔を庇うと腕に鈍い痛みが走る。
「はっ!」
とっさに範囲魔法で周囲に水柱を起こし、体勢を立て直す。
気配は感じられるのに姿は見えない。これって、隠密魔法?
恐らくあの鏡の効果なのだろう。どれくらい効果が続くかは知らないけど、少し面倒だ。
だけど、気配がわかるならまだ対策のしようがある。
せっかく隠密魔法を使ってくれたのだから、利用させてもらうとしよう。
「ど、どこ?」
私は水柱を解除し、きょろきょろと辺りを見回す。だけど、ある程度の位置はすでにわかっている。私の右斜め後ろ辺りだ。
じりじりと距離を詰めてきている。足音で気づかせないようにするつもりだろうけど、こちとら全属性使える魔術師だ。近づけば勝てると思うなよ?
そのまま近づいてこい。そう、あと一歩、そこまで来れば……。
「……そこっ!」
タイミングを見て振り返り、水球を放つ。鈍いうめき声と共に確かな手ごたえがあり、どさりと言う音が聞こえたかと思うとその場に男の姿が浮かび上がった。
「ど、どうして……」
信じられないといった面持ちでそう呟くと、がくりと頭を下げる。その瞬間、審判の決着の声が響いた。観客が沸き、フィールドは喧騒に包まれた。