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捨てられたと思ったら異世界に転生していた話  作者: ウィン
第十一章:編入生と修学旅行編
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第三百八十七話:葛藤

 その後、集合場所に待ってくれていた他のグループのみんなに今日は宿でゆっくりしていることにすると告げて宿屋へと戻ってきた。

 この二週間、ほぼ毎日観光に出かけていたので、たまにはゆっくりするのもいいだろうと特に理由を聞かれることもなく、無事に宿まで戻ることができた。

 その際、カムイさんは一緒についてきていたが、人質を取ろうとすることもなく、何も言わずにただ立っていただけだった。いや、何も言わずにと言うのは間違いか。実際には、何かぶつぶつと呟いていた。

 心の中の声が無意識に少しだけ漏れたものなのか、その言葉は単語を繋げたような形であまり意味を持った言葉ではなかったけれど、雰囲気的には迷っているような気がした。

 あえて無視していたが、不安げな顔でちらちらと私の方を何度も見ていたし、以前の発言から考えても私を倒すことに迷いを抱いているのかもしれない。

 このまま思いとどまってくれたら一番楽だけど、友達とやらに手を貸してもらった以上は引くに引けないところまで来ている気がする。

 できれば話し合いで解決したいところだけどね。果たしてどう転ぶか。


「カムイさん、暇ですしいつものやりますか?」


「い、いや、今は止めておこうかな……」


 宿屋に帰ってきて、さりげなく誘ってみるがカムイさんは袋をぎゅっと握りしめたまま視線をさ迷わせるばかり。

 端から見れば誰にだって動揺しているってわかるが、私はあえて気づかないふりをした。

 相手を油断させる、と言う意味もあるけど、このまま普通を演じていれば思いとどまってくれるんじゃないかという期待もある。

 もちろん、このメンツなら何かの拍子にカムイさんから袋を奪い取ってその中身を台無しにすることもできるかもしれない。でも、それではカムイさんと本当の意味での決別となってしまうだろう。

 私としては、出来ることならカムイさんとは友達になりたい。それは懐柔して任務を諦めさせようとか転生者だからとか言う理由もなくはないけど、一番の理由は一緒にいて楽しいからだ。

 ドジだけど全然めげなくて、負けず嫌いだけど礼儀正しくて、天然だけど案外寂しがり屋なところもあって、たった三か月弱の付き合いではあるけど、その時間はとても楽しいものだった。

 出来ることなら、このまま友達として一緒にいたい。だからこそ、カムイさんを裏切るような真似はしたくなかった。


「それじゃあ、サリア。遊ぼうか」


「おう!」


 あくまでいつもの風景を演じていく。いつものようにデッキを取り出してゲームに熱中する様はカムイさんにとってはとても隙だらけのように見えただろう。

 もちろん、エルが見張っているというのはあるが、それでもその隙をつくことはそう難しくはないはずだ。

 それでも、カムイさんは手を出してくることはなかった。お昼になって昼食を取り、再び部屋で遊び、夕食を取って、お風呂に入って、そろそろ寝ようかという時間帯になってもまだ動かない。

 まあ、決定的な隙である就寝を待っているという可能性もあるが、何かに苦しむように葛藤している様子の彼女からはそんな計算高さは窺えなかった。

 しかし、ようやく決心したようで、おもむろに声をかけてきた。


「あ、あの、ハク……!」


「どうしましたか、カムイさん?」


「そ、その……さ、散歩に行かない? 体が火照っちゃって……」


 カムイさんの顔色はかなり悪く、体が火照っているというよりはむしろ蒼褪めている気がするが、それが精一杯の虚勢なのだろう。

 もはや隠そうともせずにずっと握りしめている袋。恐らく封印石だとは思うのだが、まずは私からと言うことだろうか。

 初日では得意げにこれさえあればお前なんていちころだ、みたいな感じだったのに、今では全く余裕がない。

 何も知らない相手を呼び出し、不意をついて封印石を使って封印する。明らかに有利なのはカムイさんなのに、まるで化け物と相対しているかのように縮み上がっている。

 シンシアさんの話では、カムイさんは聖教勇者連盟の中でもかなりの実力者らしい。

 今までにも何人も竜人を相手にしてきたことだろうし、もしかしたら竜ですら倒したことがあるのかもしれない。そんな殺人者がここまで怯えている。今更殺人することに怖気づいたわけではないだろう。であれば、それは少なからず私と言う存在に好意を持っているからに他ならない。


「いいですよ。では行きましょうか」


「え、ええ、ありがとう……」


 だから私はあえてこの誘いに乗る。罠だとわかっていても、カムイさんを救いたいなら飛び込むしかない。

 カムイさんは聖教勇者連盟の命令で動いている。多くの人は幼い頃に聖教勇者連盟に命を救われ、その恩返しとして奉仕しているらしいが、カムイさんはどうなのだろうか。

 カムイさんは今、知り合いを殺せと命令されている。もちろん、最初は知り合いですらなかったし、殺しを躊躇するほどの仲になったのはごく最近の事だろう。でも、そんな仲になってなお、カムイさんは命令を果たそうと必死に行動しようとしている。

 これはもはや聖教勇者連盟に対する恩だけでは説明がつかない気がする。

 それほど深い恩なのか、それとも意思とは関係なく動かされているのか。今までの聖教勇者連盟のやり方から考えて、後者である可能性は高い。

 もしそうなら、どうにかしてその洗脳を解く必要がある。今のカムイさんの精神状態からして、その洗脳は解けかけているのかもしれない。だから、ここで衝撃的なこと、例えば計画が打ち砕かれるようなことがあれば、その洗脳も解けるかもしれない。


『ハクお嬢様、私はこっそりついていきますね』


『うん、お願い』


 もちろん、危険も伴う。私がもし失敗すれば、もれなく封印されてしまうことになるだろう。

 封印石がどのような性質を持っているのかいまいち理解できていないが、封印と言う形をとる以上、竜の力を使っても抜け出すのは難しいかもしれない。実績もあることだし。

 だから、もしもの時は誰かに封印を解いてもらう必要があるだろう。そのためにはエルの力が必要だ。

 もし、私が封印されてしまった時の事を考えるとエルが正気でいられるかどうかが気がかりではあるけど……どうにか抑えてもらうしかないね。カムイさんが死なないことを祈るしかない。


「それじゃあ、行きましょうか」


「ええ……」


 元気がないカムイさんを伴って宿の外に出る。

 夜の町は人通りもなく、かなり静かだ。明かりもなく、道は暗闇に包まれている。

 私は光球を出しながら前を歩く。もちろん、いつ仕掛けられてもいいように気を配ってはいるが、特に気を配らなくてもカムイさんの気配は駄々洩れだった。

 しばらく二人分の足音が静寂に響いていく。特に何を話すでもなく、当てもなくトボトボと歩くだけ。

 気まずい雰囲気が流れる中、しばらくしてようやくカムイさんが口を開いた。


「ね、ねぇ、ハク」


「なんですか?」


「私がハクを殺しに来たって言ったら、信じる?」


 慎重に窺うような声色。

 いまさら何をと思うような質問ではあるが、私は別に笑うようなこともなく淡々と返した。


「信じますよ。いつも言っていますしね」


「そ、そう……? なら、なんで……」


「そんなことを言って、今まで本当に殺しに来たことがありましたか?」


 殺す、という宣言自体なら何度も聞いている。しかし、そのどれもがあまりに殺意がなく、しかも合間合間に普通に遊ぶような仲だったのだ。私はあらかじめシンシアさんから情報を得ていたから、それが本当の事なのだろうなとわかっていたけど、そうでなかったら冗談だと思っていたかもしれない。

 だけど、本当に殺そうとしているとわかっていたからこそ、その殺意のなさは不思議だった。ひょっとしたら、ふざけているのかとも思った。

 でも、今考えれば、それが好意の裏返しなんだとわかる。


「こ、これでも本気で殺しにかかっていたのに……!」


「それで、それが本当なのは知っていますが、だったらどうしますか?」


 あれで本気だったというなら少しびっくりなんだが、今はそれはそこまで重要なことではない。

 不意打ちも可能だったのに、あえて会話を選択してきたのだ。表情から見ても、まだ迷いがあることはわかる。


「……私は、聖教勇者連盟より遣わされたドラゴンキラーよ。だから、ハク。竜と親密な関係にあるあなたを生かしておくわけにはいかないの。だから……」


 そこで一回言葉を区切り、一度目を閉じる。そして、再び目を開くとその目はきりっとしたものに変わっていた。


「悲しいけど、ここであなたを倒す!」


 そう言って袋の中から封印石と思われる石を取り出した。

 私はカムイさんを正面に捉え、ゆるりと構える。

 絶対にカムイさんは助け出してみせる。


 感想、誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 本当に封印石だった!(≧∀≦)と緊迫して行く舞台なのに、読者は地の文の[私がもし失敗したら、もれなく封印されてしまうことになるだろう]の[もれなく]の部分にユルさを感じてヤバさゲージが…
[一言] はたして骨董品のようなものが正常に動くのだろうか
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