第三百八十一話:魔法陣の講義
魔法の実戦練習の次は地元の歴史に詳しいお年寄り達から過去に起こったことについて話を聞かされることになったが、特段珍しいことはなかった。
いくらお年寄りと言ってもせいぜい7、80代くらい。魔物が多いこの土地でそれだけ生きていられているのは凄いかもしれないが、1000年以上も昔の事をその場目線で語れるはずもなく、多くは資料館で聞かされた内容とほぼ同じだった。
まあ、仮にも彼らはかつての勇者の子孫のようで、かつては国の守り手として活躍していたらしいからその生の話が聞けただけましかな。
魔物に蹂躙される町に飛び込んでいき、魔物を千切っては投げの大活躍をしたとか、片目に負った傷は今の妻を守るために受けた傷なのだとかちょっと盛ってるんじゃないかって話もあったけど、まあ大丈夫だろう。多分。
「さあ、そろそろ教えてくださいまし」
「もう楽しみで話が頭に入ってきませんでしたわ」
「あの、言っておきますけど、そんなに面白い話じゃないですからね?」
話が終わり、今日の予定は終了。各自宿屋に戻り、次の日を待つと言ったところで、シルヴィアさん達が部屋に乱入してきた。
まあ、私の方から来いと言ったんだから別にそれはいいんだけど、あまり期待されると話しづらい。
そもそも魔法陣に描かれている文字はかなり多彩で、50音じゃ足りない。それに加えて形を定義する模様もあるから余計に難しい。
普通の人はこんなもの覚えずともイメージさえしっかりできればある程度は魔法陣の構築は可能である。だから、あえてこれをやる必要と言うのはない。
私がわざわざ教えようと思ったのは、シルヴィアさん達が魔法の事で少し悩んでいるようだったからであって、これをやったからと言って必ずしも魔法の威力が増すかと言われたら確約はできない。
だから、あまり期待されても困るのだ。
「でも、ハクさんの魔法の秘密の一端なのでしょう? それを聞けるだけでも有意義と言うものですわ」
「何もわからなくても文句は言いませんわ。ハクさん、お願いします」
「まあ、そこまで言うなら……」
ノートまで持参してやる気たっぷりな二人を見て私もやるだけのことはやってみようと思った。
せめて、基礎くらいは覚えてくれると嬉しいけど……。
「さっきから思ってたんですけど、何をやるつもりなんです?」
「カムイさんも聞きますか? 割と難しいと思いますけど」
「むっ、私に理解できないものはないわ。教えてもらおうじゃない」
ミスティアさん、キーリエさんに加えてカムイさんまで乗り気になってしまった。
なんだかんだ、サリアもエルも興味津々な様子である。そういえば、サリアには魔法陣の暗記は教えたことあったけど文字の内容自体には触れたことはなかったっけ。
まあ、それなら全員纏めて講義しよう。私はとりあえずノートを広げて簡単な魔法陣を描いた。
「まず、魔法陣に描かれている内容は文字と模様に分かれています。これはそれぞれ、精度と形を表していて、魔法陣の色は属性を表しています」
断言している風に言っているが、実際のところは本当かはわからない。
ただ、これをいじくるとそれらが変わるので、恐らくそうだと思っているだけだ。
でもまあ、割と当たっているとは思っている。実際、私はこの法則に従っていくつもの魔法を作り上げてきたわけだしね。
「ここに描かれているのが文字ですね。で、こっちが模様です」
「おんなじじゃない」
「まあ、もしかしたらこの模様も何らかの文字かも知れませんけどね」
カムイさんの言う通り、文字も模様も厳密には似たようなものだ。だから、もしかしたら私が模様と呼んでいるものももしかしたら文字なのかもしれない。
だけど、文字と模様はそれぞれ別の形態で描かれているのは確かだろう。文字の方はまだ読み取りやすいが、模様の方は未だによくわからないのがあるし。
「これはボール系魔法の魔法陣ですが、この部分、円状に描かれている模様がボール系魔法の形を意味しています。ここでは、オーソドックスな球体型の事ですね」
「ボールとはかけ離れた形に見えますけど……」
「それに関しては私もよくわかりません。魔法を作った人に聞いてください」
ボール系魔法だからと言って必ずしも模様が球体かと言われたらそんなことはない。むしろ、ミミズがのたくったような歪な模様に見える。
だけど、アリアの魔法を何度も見て、これがボール系魔法の形なんだなと理解した。
これに関しては、そう言うものだと定義した方が理解が早い。最初に魔法を作った人なんてもう生きてはいないだろうし、今更どういう言う意図があったかなんて聞けやしないし。
「そして、こっちが精度。要は魔法の威力だったり、速度だったり、軌道だったり、そういったものを指示するものですね。例えばこの部分は『まっすぐ飛ぶ』といった意味が描かれています」
「へぇ……」
文字の方はある程度解読はできている。言うなれば、古代文字とでも考えればいいだろう。
ただ、量はかなり膨大な上に対応表みたいなものがあるわけでもないから、ひたすらそういう魔法を使って、魔法陣を見比べて同じ文言を見つけて、それを別の魔法にも使ってみて、とか色々試行錯誤はしていた。
その後も丁寧にここはこういう意味だと説明していき、ひとまず描いた魔法陣の説明が終わる。
後は、これをどう生かすかだ。
「……ということなんですが、わかりましたか?」
「うーん……正直、あまり……」
「文字と模様によって魔法が作られているっていうのは何となくわかりましたが……」
「わ、私はわかったわよ。むしろ知ってたわ」
一応、メモは取っていたようだったが、やはり一回で理解するのは難しいようだ。
カムイさんのは完全にはったりだってわかるからいいとして、これ以上どうやって説明したものか。
「ひとまず、一度魔法陣を描いてみるといいかもしれませんね。魔法を使う際に、パッと目の前に浮かぶでしょう?」
「ハクー、あれを目で追える人はなかなかいないと思うよー」
「魔法陣がこんな形してること自体初めて知りましたよね」
むっ、確かにそうかもしれない。
私の時はアリアの魔法を食い入るように見て何とか暗記することができたけど、自分で魔法を使ってその魔法陣を即座に記憶するっていうのはかなり難しいか。
多くの人にとって、魔法陣は魔法を出す時の指標のようなものであって特段意味のあるものには映らないだろうし、そこであえて魔法陣を覚えようとする人もいないよねぇ。
「なら、まずはこの魔法陣を覚えてみてください。そうしたら、多少は変わるかも」
「それが難関なんですけどね……」
「いったいどうやって覚えればいいのか……」
「少しコツがあります。例えばここは……」
私とて見たものを瞬時に記憶できるような瞬間記憶能力者ではない。ある程度は見て覚える必要がある。だから、魔法陣の覚え方もある程度は知っている。
それらを教えていくと、最初は渋っていたシルヴィアさん達もだんだん真剣な表情になっていき、黙々と魔法陣を暗記し始めた。
ただ、ミスティアさんはそこまでやる気はないのか静観、キーリエさんとカムイさんは仲良く頭から煙を出してバタンキューしていた。
やっぱりこれは人を選ぶと思う。ルア君が覚えられたのはある意味で奇跡に近かったかもね。
その後、何度か試行錯誤を繰り返し、無事にシルヴィアさんとアーシェさんはボール系魔法の魔法陣を覚えることができた。
まあ、覚えただけでとっさに使えるかと言われたら別問題だが、この調子で覚えていければ私のように無詠唱で魔法が放てる日も来るかもしれないね。
ただ、二人とも才能的にはそこまで落ちぶれているわけでもないし、わざわざ私流に改修させて変な癖とか付くくらいだったらそのままでもいい気はした。
まあ、そこは二人の意思にゆだねよう。別に私の魔法が最強と言うわけでもないし。
そんなことを考えながら、その日の講習はお開きとなった。
感想ありがとうございます。