第三百七十九話:封印石
私達が最初に回ることになったのは資料館だった。
この資料館では、当時勇者と言われていた人達が使っていた武器や防具などを展示しており、案内の人がそれぞれの説明をしてくれる。
「この棍棒は勇者キキノセが愛用していたもので、当事無類の腕力を誇った彼はこの棍棒一本を手に魔物の群れに突っ込んでいき……」
1000年くらい昔のものとあって、展示されているもののほとんどはボロボロで原形を留めていないものも多い。今説明されている棍棒もただの棒きれにしか見えなかった。
でも、中には面白いものもあって、魔石でできた剣と言うのは割と興味を引かれた。
魔石は内包されている魔力が失われない限り朽ちることはない。そこに目を付けてそれを武器に加工しようという試みがあったようだ。
ただ、魔石は割と脆いので武器にはあまり適さない。展示されているものも中心からぽっきり折れてしまっているので、当時本当に役に立っていたかどうかはわからない。
でも、ある意味今の魔道具の原型と言えるものなのかもしれないね。
「こちらは封印石と言うもので、高純度の魔石に特殊な刻印を施し、邪を封印する力を付与したとされています。これを扱う封印師と言う職業があり……」
と、しばらく説明を聞いていると封印石が出てきた。
説明を聞く限り、これが魔物を封印するためのものだということはわかっているが、どうやって封印していたかまではわかっていないようだ。
魔石に刻印を施すという点で刻印魔法に似ているが、見た限りはどちらかと言うと呪いに近い。
強制的に契約を結ばせて、対象を魔石の中に封じるっていうのが封印石の正体なのかな。凄いと思うけど、これ下手したら使う人も危険な気がする。
恐らく、魔力を流したら発動するものだと思うんだけど、自分の魔力を流したところで手に持っているなら封印されるのは自分と言うことになってしまう。
まあ、多分魔力を流した上で魔物に向かって投げつけるっていうのが使い方な気がするけど、魔石をそんなふうに扱えば割れてしまう可能性がある。
かなり使い勝手は悪そうだなぁ。それでも、運が良ければ封印してしまうわけだし、十分脅威ではあると思うけど。
「かつてはこの地を荒らしまわっていた竜すらも封じ込めたという逸話があり、当時はかなりの戦力になっていたと考えられます」
「ほうほう……」
ちらりとカムイさんの方を見てみると、案内の人の説明をやたら熱心に聞いていた。
ちょうど竜が封印されたという話も出てきたし、もしかしてあれで私を封印しようとしてたりする?
それはできればやめてもらいたい。封印されるのはごめんだし、最悪カムイさんの方が封印される恐れもある。そうなったらどうやって助けたらいいかわからないし、かなり面倒なことになってしまう。
変な気を起こさなければいいけど……。
「よし、しばらくは休憩よ。この後魔物を相手にした訓練を行うから気を引き締めてかかってね」
「「「はーい」」」
しばらくして資料館での説明が終わり、休憩時間となった。
封印石の現物が見れたのはまあまあ収穫ではある。問題なのは、パッと見た限りではそれに誰かが封印されているかどうかわからないってことだ。
案内の人はあれは未使用のもので、まだ封印する前の状態だと言っていたけど、本当かどうかはわからない。魔力探知もしてみたけど、確かにかなり高純度な魔石だなとは思ったけど、それ以上のことはわからなかった。
相手が竜ならば、何かしらの直感で感じ取れるのではないかとも思ったけど、それもなし。それがあの封印石が外れだからなのかそれすら感じさせないほど封印が強固なのかはわからない。
簡単なのは実際に持ち帰って調べてみることだけど、流石に資料館に展示されているようなものを貸してくれとは言えないし、調べるならこっそりやる必要があるかな。
ただ、今は修学旅行中のため、下手に動いて発見されてしまうと後々動きにくくなってしまう。
ここは当初の予定通り様子見だけして、後で調べに来るって言うのが無難かな。転移魔法があればいつでもここには来れるし。
「ハク、さっきの説明どう思った?」
そんなことを考えていると、カムイさんが話しかけてきた。
なんとなく、笑いをこらえているような、馬鹿にしているようなそんな視線を感じる。
一体何なんだろうか。
「そうですね、もしあれが今でも使えるなら魔物にとっては脅威でしょうね」
「そうでしょうそうでしょう。例え竜でも簡単に封印できるんだからね」
うんうんと頷いているカムイさん。
うん、これはあれだ。絶対封印石で私を倒そうとしてる顔だ。
私が竜であることは特定の人以外にはばらしていないとはいえ、セシルさん達はその一端を目の当たりにしている。だから、私の正体に気が付いても何ら不思議はない。
カムイさんが彼らの仲間だというなら、その情報を聞いていてもおかしくはないだろう。そして、そんな時に竜すら封印できるというアーティファクトが現れた。
カムイさんからしたら、まさに渡りに船だろう。
問題は、その使い方が説明に含まれていなかったことだろうが。
「……でも、ちょっと寂しいかも」
「え?」
「な、何でもないわ! さあ、そろそろ移動の時間よ。行きましょう」
以前なら聞き逃していただろうけど、今の私にはその呟きははっきり聞こえた。
寂しい、ねぇ。それは私に対して少なからず思うところがあるということでいいんだろうか。
シンシアさんのように、敵ながら味方になってくれるというパターンならかなり嬉しい。そうでなくても、私やエルを倒すことに抵抗を持ってくれているならありがたい限りだ。
出来ることなら、そのまま諦めて欲しいね。
次は魔物を相手にした実戦練習とのことだったが、何も生徒だけで魔物を倒せと言うわけではないらしい。
各グループごとに学園側が雇った冒険者が付いており、いざという時は助けてくれるらしいし、出てくる魔物に関してもこの辺りはそこまで強い者は出てこないようだ。
ただ、流れのようなものがあるらしく、出てくる時は強い魔物も出てくる可能性があるらしい。今回雇っているのはCランクの冒険者だが、それでも倒せないくらいの大物のようだ。
そんな危険なところで練習なんてと思うけど、ある程度はそういう緊張感も必要なのかな? いざとなればすぐ後ろには城壁があるし、逃げるだけならそう難しくはないしね。
この町、家自体は田舎っぽいけど城壁に関してはかなり堅牢だ。
やはり、魔物が多く襲撃してくるという土地柄からなのだろうか、あまり整備されている印象のない道と違って城壁はかなり立派なものである。
魔物対策に全振りした結果なのかもね。そういう意味では間違っていないのかもしれない。
「よーし、チビども。いざという時は俺に任せときな」
私達のグループに着いた冒険者は若い青年だった。
この年でCランクなら結構優秀なのかもしれないが、言動に関しては結構ラフだな。一応、学園の生徒はほとんどが貴族だからその言葉遣いは気を付けた方がいいと思う。私は全然気にしないけどね。
「こら、アッシュ、言葉に気を付けろ! すいませんね、こいつ昔っからアホなもんで」
「誰がアホだ!」
「うっさい! 黙ってろ!」
そんな青年、アッシュさんを窘めるのは同じくらいの歳の青年。彼はシルヴィアさん達の班の冒険者だ。
一応、グループごとに個別で戦うことにはなっているが、別に監視されているわけでもないし、別に一緒にいても構わないだろう。
冒険者としても、一緒にいてくれた方が守りやすいだろうしね。
「あ、俺はアイゼンと言います。よろしくお願いしますね、お嬢さん方」
「よろしくお願いします」
少し心配な二人ではあるけど、まあいざとなれば私が何とかすればいいだろう。これでもBランク冒険者だしね。
とはいえ、何も起こらないことが一番だ。強いのが出てきませんようにと祈りながら、私達は森の中へと入っていった。
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