第三百七十八話:修学旅行の夜
集合時間ぎりぎりになってようやくカムイさんが到着し、何とか私達のグループは揃った。
よかった、これで来なかったら探しに行かなければならないところだった。
先生が最終点呼を行い、全員揃っているかどうかを確認する。
魔法陣の傍で整列した生徒達は皆そわそわと落ち着きがなくこの修学旅行を楽しみにしているのが窺えた。
「それでは、これより移動を開始する。みんな魔法陣の中に入れ」
先生の指示に従って、生徒達が魔法陣の中に入っていく。
さて、転移魔法陣を使うのは三回目だけど、今回はどれくらいの人が気分が悪くなるんだろうか。
以前使った時は一緒に来ていた官僚の人が吐いてしまっていたけれど、これだけの人数が同時に移動するとなると該当者も結構な数になりそうである。
まあ、転移魔法陣は元々そう言うものだと言われているようで、魔法陣の傍には吐くための水路があるので移動の気持ち悪さに耐えかねても安心だ。
空を見上げれば、綺麗な満月が瞬いている。以前は昼だったけど、やはりこれだけの人数ともなると夜でないと無理なんだろうかね。
「くれぐれも魔法陣の外には出るなよ。置いてけぼりを食らっても知らないからな」
そう言って、先生が魔法陣を起動する。地面に刻まれた魔法陣が輝きだし、次の瞬間には足場がなくなったかのような浮遊感を感じた。
しばらく視界が光によって真っ白に塗りつぶされた状態が続く。浮遊感のせいでどこが上か下かと言うのがわかりにくい。私は耐性があるようだけど、やっぱりこれは慣れないと気持ち悪いよね。
しばらくして、光が収まってくる。回復した視界に映り込んできたのは、鄙びた街並みだった。
特徴的な格子模様が刻まれた壁のある木造の家々、適度に舗装されてはいるが、ひび割れが酷く若干歩きにくい道。
初夏と言うこともあって流石に雪は降っていないが、王都に比べるとかなり肌寒い。
一応、ここはエーセン王国の王都エルシャということらしいんだけど、オルフェス王国の王都と比べるとかなり印象が違う。何というか、田舎な感じがする。
同じ王都でも国が違うだけでこうも変わるんだなぁ。
「ようこそお越しくださいました。あなた方がオルフェス魔法学園の御一行様でよろしいですか?」
案の定、ちらほらと吐き気を催した生徒達が水路に向かって胃の中身をぶちまけていると、数人の男性が話しかけてきた。
特徴的なのは被っているフードだろう。恐らく獣の皮をそのまま使っているのか、狼らしき頭部が付いた毛皮のフードを被っている。
「ええ、しばらくの間ご厄介になります」
「いえいえ、このような辺鄙なところに来てくださるだけで嬉しいですよ」
代表で話している男性は人のよさそうな笑みを浮かべていた。
「私は皆様の案内をさせていただきますガイドのマクロと申します。何か困ったことがあったらいつでも言ってください」
マクロさんが名乗ると、後ろにいた他の男性達も次々と自己紹介をしていく。
粗方挨拶が済んだところで生徒達もすっきりしたのか、みんな戻ってきていた。
ちなみに、カムイさんも見事に酔ってしまったらしく、水路に直行していたりする。
まあ、これは予想通り。むしろシルヴィアさん達が酔わなかったのが意外だ。
耐性がある人とそうでない人の違いがよくわからない。
「それでは、宿にご案内します。こちらへどうぞ」
マクロさんの案内の下、宿屋に向かう。
ただ、宿屋に行くと言ってもこの人数を一気に収容できるだけの宿屋は存在しないらしい。なので、グループごとに何軒かの宿屋に分かれて泊ることになった。
一応、AクラスとBクラスの差なのか、Aクラスの方が比較的高級な宿屋に泊まれるらしい。とは言っても、Bクラスも露骨に安宿に泊まらせるというわけではないので、そこまで気にはならなかった。
案内された宿の部屋にみんなで入り、一息つく。どうやらグループで一部屋のようだ。
まあ、寮も四人部屋が普通みたいだし、特段おかしなことはない。一応、グループ内に男女が混在している場合はちゃんと部屋を分けてくれるらしいのでそこまで問題は起こらないだろう。
「さて、やってきたわけですけど」
「寝るにはまだ早いよな!」
「よし、ハク、今日も勝負よ! 今度は負けないんだから!」
「皆さんほどほどにしてくださいね」
修学旅行の夜、就寝時間になったからと言ってそのまま寝る奴はそういない。多分。
大荷物になると言っても、きちんと自分のデッキは持ってきていた。
早速鞄の中からデッキとを取り出し、テーブルを用意する。
ちなみに、サリアも結構はまっているようで、サリアもサリアなりにデッキを作っているようだ。エルは一応持ってはいるようだが、あまり参加はしない。こういうのはあまり合わないのかもね。
「せっかくだから三人同時にやる?」
「僕は構わないぞ」
「ふっ、二人同時だろうがぶっ倒してやるわ」
お互いに初手を用意し、順番を決める。
修学旅行で友達と遊びながら夜を明かすなんていつぶりだろう。いつの日かの記憶を思い出しながら、心行くまで夜を楽しんだ。
そして、巡回に来た先生に怒られた。これも修学旅行の醍醐味だよね、うん。
翌日、私達は身支度を整え、エルシャの広場へと集合した。
修学旅行の日程に関しては事前に旅のしおりを渡されているのである程度は把握している。
まず初日はこの国の歴史に関する話、資料館への来訪、魔物を相手にした魔法の実戦練習という三つの項目に分かれてそれぞれのグループで回ることになる。
これはこの修学旅行の目的の一つであり、後日レポートにまとめて提出しなくてはならないので真面目にやる必要がある。とりあえず、メモ帳は必須らしい。
で、そこから数日間をかけて王都の近くにある町に移動し、実際に過去の英雄達が戦った戦場や古城を見て回る。
それが終われば後は観光で、グループごとに自由に見て回ることができるらしい。
見て回る戦場跡はすべてと言うわけではないため、他の場所を回ってみたり、本当に純粋に観光して過ごしてもいい。馬車も貸し切りとなっていて、ある程度ならエルシャから離れた場所でも見て回ることができる。生徒達はこれが一番の楽しみだろうね。
「1班から3班は私が、4班から6班はアンジェリカ先生が、7班から9班はシリウス先生が引率を務めます。はぐれたら通信魔道具ですぐに連絡すること、いいですね?」
「「「はーい」」」
私の班の担当はアンジェリカ先生のようだ。ついでに、シルヴィアさん達の班も同じらしい。
これなら一緒に回ることができるね。これは運がいい。
「一緒のグループでよかったですわね」
「これで一緒にいられますわ」
「はい、よかったです」
ちなみにAクラスはAクラスで別々の先生が担当する。なので、王子の班とは残念ながら一緒には行けない。
まあ、本番なのは観光の時だろうし、そこまで悲観することもないだろう。
「昨日はついつい遊んでしまったけど、まだチャンスはあるわ。今度こそ、今度こそ……」
何やらカムイさんがぶつぶつ言っているが、まだ私の事を倒す気でいるんだろうか。
うーん、カムイさん相手なら特に心配はいらなそうだけど、一応気には留めておかないといけないかな。
リヒトさんの事もあるし、気にしなければいけないことが割とたくさんあるね。
私はふぅと一息つきながら、先生の話に耳を傾けた。
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