第三百七十七話:カムイの作戦
編入生、カムイの視点です。
修学旅行。それは学生では滅多に行けない観光地へ堂々と遊びに行ける行事である。
もちろん、学園の行事であるためある程度行動は制限されるし、一人で好き勝手に見て回るなんてことはできないが、それでも面倒な授業を受けている日々に比べたらストレス発散できるいい機会だ。
まあ、私はまだこの学園に来たばかりだから授業にそこまでの苦手意識はないが、前世の経験からそういう考えは常にある。
そう、私は転生者なのだ。そして、これは学園では誰にも言っていないことだが、聖教勇者連盟と言う組織の一員でもある。
修学旅行に心が躍るというのはもちろんあるのだが、今回はそれ以外にも目的があるのだ。
それはハク、およびエルの殺害。
情報によると、エルは竜が人に化けた姿で、ハクはそんな竜に慕われている謎の少女らしい。
以前、たまたま近くにいた組織のメンバーを派遣したところ、見事に返り討ちに遭い、今は監視しておくだけで精一杯らしい。そこで、対竜の専門家である私に白羽の矢が立ち、両名の殺害を依頼されたのだった。
ここまで来るのは大変だった。なにせ、今までほとんどを拠点である町の中で過ごしていた上、外出する時も常に誰かが一緒にいたのに、今回はなぜか一人で行けと言われたからだ。
前世ではちょっと買い物に行っただけで迷子になるほどの方向音痴だった私が大陸間を移動するような長距離を迷わずに移動できるはずもなく、辿り着くまでにかなりの日数がかかってしまった。
だが、それでも先日ようやく辿り着き、件の少女がいる学園に潜入するために編入生として潜入。徐々に情報を集め、ちゃちゃっと殺してしまおうと、そう考えていたのだが、予定は大きく崩れてしまった。
と言うのも、ハクと言う少女が思ったよりも手練れだったことだ。
最初は不意打ちを仕掛けたにも関わらず、いつの間にか私は机に突っ込んでいた。その後も、何度攻撃を仕掛けても不測の事態が起きてほとんど攻撃できない始末。その上、仮に攻撃が当たったとしても、彼女は平然としているのだ。
手加減しているわけではない。確かに私の攻撃は端から見たらただのへなちょこパンチに見えるかもしれないが、これでも私は能力をフルに使っている。
私の能力は体を自在に炎へと変じ、操ることができると言うもの。
これは体の性質が炎とほぼ一緒になるため、斬撃などは効かないし、相当な高温のため水をかけられたところで蒸発させてしまう。体を破壊されても一部でも残っていればそこから再生することもできるし、実質的な不死と言ってもいい。
この能力を使えば、見た目を完全に偽装した上で相手の身体に炎を侵入させ、内側から焼き尽くすことも可能だ。仮に内側に侵入できなかったとしても、かなりの高温なので火傷くらいは負わせられるはずなのだ。
しかし、結果は惨敗。相手は内部に炎を侵入させないどころか火傷すら負わない。
原因がわからなかった。ただ、ハクの身体に侵入しようとするととてつもない悪寒に襲われて結局矛を引っ込めるしかなくなるのだ。
見た目は普通の少女にしか見えない。報告によれば、かなりの魔力を持つとのことだったが、言うほど威圧感は感じないし報告が大袈裟なのかとも思った。
だが、監視している仲間に聞いてみてもあれには手を出さない方がいいなど否定的な意見ばかり。魔力量に関しても報告に嘘はないという。
これが竜の方だったらまだわかる。竜の中には威圧によって動きを封じてくる者もいるから、それが関係しているのではないかとも思う。
しかし、ハクは竜ではないはずだ。並外れた魔力を持っているとしても、人間のはずである。
人間なのに人間ならざる気配。得体が知れない相手。不安を覚えるには十分だった。
「ふっふっふ、今度こそ倒してやるわ」
だがしかし、勝機がまったくなくなったわけではない。と言うのも、今回都合よく修学旅行が来たのだ。
私生活を観察してみても、特段おかしなところはない。気分転換に勝負を挑んでみたりもしたが、魔法に関してかなりの精度を誇るということ以外は特に目立った特徴はない。
いや、『サモナーズウォー』が強いというのもあるな。あんな事故多発デッキでなぜ勝てるのか理解に苦しむ。これでも結構やり込んでたんだけどな……。
……コホン、それはともかくとして、今回の修学旅行先、エーセン王国にはとあるアーティファクトがあるという話を聞いた。
それは封印石。詳細は知らないが、とにかく敵を封印できるアイテムらしい。
古来より、強大な力を持つ者は倒しても死なないことが多く、それを何とかするために封印と言う手段が用いられてきた。
ハクがそれに該当するかは知らないが、少なくとも今の私がまともにやり合っても倒せないだろうことはわかる。炎しか取り柄がないのに、それを潰された私には何も残らないからね。
組織には殺せと言われているが、封印でもそう変わりはないだろう。
この修学旅行で封印石を手に入れ、ハク、およびエルを封印する。それが私に残された勝ち筋だ。
「問題は今も残っているかどうかね……」
封印石が使われていたのはかなり昔の事らしい。今では製造法も失伝していて、その使い手である封印師も絶滅したとされている。
封印と言う手段を取っている以上、その扱いには十分注意していただろうし、今でもどこかに保存されている可能性はなくはない。
ただ、当時使っていた城はその多くが魔物の襲来によって滅ぼされており、今は廃墟と化しているだろう。
ただでさえ、封印石には割と脆い魔石を使っているのに、魔物の襲撃なんて起きたらほとんどは破壊されている気がする。あるいは、その度に移動させている可能性も高い。
となれば、探すとしたら現在の王が住む城か、ダメ元で古城を探してみるほかないだろう。
製造法がまだ残っていれば楽なのだが、それは流石に贅沢と言うべきか。そもそも、製造法が失伝したのは聖教勇者連盟が勇者召喚を行い、その力によって守られることになったから必要なくなっていったという話だし、元を正せば組織のせいである。
今も何人か居座ってるみたいだし、そいつらに力を貸してもらうというのも手かな。
「まあ、何とかなるでしょう」
封印に関しては確か同じ対竜グループのカエデが同じようなことができた気がするけど、あいつは今別の任務に就いているみたいだから手は借りられない。
まあ、最悪封印石が見つからなくても修学旅行なら寝る部屋も一緒だし、隙は多くなるだろう。一か月もあれば一回くらいは攻撃が通ってもおかしくはない。というか、もう毒とかを仕込むのも手かもしれないわね、何も正々堂々挑む必要はないわけだし。
私はまだ完璧に学生を演じているわけだから私が聖教勇者連盟の人だということはばれていないはず。むしろ、修学旅行で一緒の班になるくらいには交流を深めているつもりだ。
その気になれば、ちょっと飲み物に毒を仕込むことくらい容易いだろう。
「待ってなさいハク。必ず私が引導を渡してあげるわ!」
後は修学旅行の日を待つばかり。そう思って寝ようとしたら、部屋の扉がノックされた。
開けてみると、先生が立っていて、準備はできているかと聞いてきた。
どうやら、今日がその修学旅行の日らしい。あ、あれ? 明日とかじゃなかったっけ……。
「行くなら早く行った方がいいですよ。それとも、行かずに学園で補習を受けますか?」
「い、行く! 行きます!」
こうしてはいられない。早く集合場所に向かわなければ。
しかし、明日だと思っていたのでまだ準備が終わっていない。一応まだ時間はあるようだが、急がなければ本気で置いて行かれる可能性がある。
私は持てる力をすべて使い、全力で準備を整えていく羽目になった。
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