第三百七十六話:出発当日
一か月後、ついに修学旅行当日となった。
一か月ほど滞在するだけあって、持っていくものは割と多い。しかし、野営をするわけではないので旅に比べたらまだましな方だ。
まあ、私の場合は【ストレージ】があるからいくらものが多くても大丈夫ではあるけど、今回は一応ちゃんと鞄に詰めて持ってきた。
できれば【ストレージ】はあまり人前で見せたくないし、一人だけ持ち物がないのは不自然だしね。
以前であれば重くて持てないくらいの量な気がするが、竜の力が解放されたおかげか力もそこそこ強くなっていて、普通に持つことはできた。
これで体力も多少は上がってくれたらいいんだけど、竜人形態ならともかく人形態だと相変わらず体力はない。いや、一応多少は上がった気はするけど、それでも少ない方だ。
これは多分、元々が虚弱なんだろうな。
精霊に虚弱もくそもない気がするが、私の場合は人間に寄せたこともあって、その影響で虚弱になってしまったんだろう。竜の力が解放された今、竜形態になればそのデメリットは解消できるだろうが、人の姿で過ごすなら一生付き合っていかなければならないことだろうな。
まあ、いざとなれば竜の力を少し開放すればいいだけなのであってないようなデメリットではある。竜人形態を挟んだおかげで部分竜化はお手の物だ。
さて、夜ではあるが、今日は学園の生徒達で賑わっている。
見る限り、ほとんどの生徒は参加したようだ。Aクラスの面々も結構な数がいる。
こうしてみると、生徒って意外と多いんだなぁと思う。大体一クラスに30~40人ほどで、それが六クラスってことは一学年で約200人弱の人がいるわけだ。で、それが六学年だから全校で約1200人くらい?
私が前世で通っていた学校は一学年二クラスで一クラス当たり約30人ほどだったから、この学園の三分の一くらいの規模だったんだよね。それに比べると多いと思うけど、あの学校は小さめの学校だったから案外これくらいが普通なのかもしれない。
「ハクさん、サリアさん、エルさん、こんばんは」
「こんばんは、よい夜ですわね」
「シルヴィアさんにアーシェさん、こんばんは」
辺りを見回していると、シルヴィアさん達がやってくる。
二人とも修学旅行が楽しみなのか、少しそわそわとして落ち着かない様子だ。
まあ、修学旅行とは言っても今日は移動だけで各地の見学は明日からになる予定ではあるけど、この時間に外にいるということ自体が新鮮なので気持ちはわからないでもない。
「やっほー、こんばんはー」
「皆さんこんばんは」
「ミスティアさん、それにキーリエさんもこんばんは」
その後、ミスティアさん達も合流して一緒に回ると約束した面々が揃っていく。
後はカムイさんだけだろうか。さっきから姿が見当たらないけど、流石に集合場所がわからないってことはないと思う。
移動は各自でと言うことではあったが、転移魔法陣がある広場は王都では有名な場所だし、一応最後に先生方が居残りがいないかをチェックしているらしいので少なくとも置いて行かれる心配はない。
あ、でも、いつものドジっぷりを考えると普通に迷っている可能性はあるか。少し経ったとはいえ、あの子は隣の大陸出身でこの町にはあまり慣れていないだろうし。
集合時間まではまだ余裕があるけど、いざとなったら探しに行くのもいいかもしれないね。
「ハク、いい夜だな」
「あ、王子。こんばんは」
と、そんなことを考えていると不意に王子が声をかけてきた。
学園に入った当初はもっと話したりするのかなと思っていたけど、意外にもそうはならず、逆に話す機会は減ってしまっていた。
もちろん、たまにお茶会に誘ったりはしてくれていたけど、その機会も結構減ってしまい、なんとなく疎遠になっていた。
まあ、疎遠と言っても私としては普通に友達だと思っているし、会いに行きたければいつでも会いに行けると思っているから別に興味をなくしたというわけではない。カムイさんを調べた時のように頼る時もあるし、たまに開かれるパーティではいつも参加してくれている。
以前は普通に話していたのだし、別に話しかけられること自体に違和感はないけれど、なんか新鮮だった。
「君は相変わらず美しい。満月に映えるその銀髪はまるで月女神の現身のようだ」
「ありがとうございます。王子もいつもお綺麗ですよ」
「そ、そうか? あ、ありがとう」
以前は何度となく聞いた口説き文句だが、これを聞くのも久しぶりな気がする。
今の王子は私を落としたいというよりは本気で力になりたいという風に見える。
なんというのだろうか、恋人になるというのが目的と言うよりは、恋人になれなくてもいいから私のために力を尽くしたいって感じがするんだよね。
なんか、好きな人が幸せになれればそれでいいみたいな思考に似ている気がする。
私としては、王子と結婚する未来はないと思っているし、そういう考え方にシフトしてくれたのはある意味で嬉しいことだけど、そう考えると王子がなんとなく不憫だなぁと思わなくもない。
王子と結ばれるのは嫌だけど、断ったことによって王子の人生が狂ってしまうのは少し嫌って言う難しい感情。
以前だったらそんなこと考えなかった気がするけど、これも多少なりとも王子の人となりを知ったからだろうか。
出来ることなら、ずっと友達でいてほしいなと思う。恋人に関しては……いい人を探してあげようかな。アリスさんでもいいけど、なんか吹っ切れちゃったみたいだし。
「今回の修学旅行、割と多く観光の時間があるだろう? もしよければ、私の班と一緒に回らないか?」
修学旅行での行動は結局グループごとに分かれることになった。
一グループ四人だったので、私はサリアとエルとカムイさん、そしてシルヴィアさん、アーシェさん、ミスティアさん、キーリエさんが組んで一緒に回ろうということになった。
行く場所に関しては自由に決められるから、これでも全然問題はない。ただ、歴史についての話や魔物を相手にした実戦練習なんかの時はグループごとに分かれて行動することになるので、そこが少し残念なところ。
まあ、60人近くが一気に同じ場所に訪れたら入りきらないだろうし、仕方ないことだけどね。
「私は構いませんけど、王子の班の人の了解は得てるんですか?」
「ああ、もちろんだ。みんないい奴だから心配はいらない」
「……だそうですけど、皆さんはどうですか?」
学園では皆地位は平等だということになっているが、それでも王子はやはり王子だ。私は気にしないけど、王子と言うだけで気にする人はいるだろう。
ざっと皆の反応を確認すると、シルヴィアさんとアーシェさんは少し緊張した様子。ミスティアさんはいつも通りの顔で、キーリエさんはメモ帳を握り締めている。サリアとエルに関してはすでに深く関わっているからかあまり興味はなさそうだ。
シルヴィアさんとアーシェさんが若干乗り気じゃなさそうかな? まあ、普通はこういう反応だと思うんだけど、ちょっと王子は身近すぎてあまり王子と言う感じがしないんだよね。
「だ、大丈夫ですわ」
「ええ、よろしくお願いします、アルト王子」
「ああ、よろしく頼む」
一応、許可は下りたようだ。向こうの他のメンバーがわからないのが少し不安ではあるけど、王子が連れてくる人ならそう悪いことにはならないだろう。
これで12人。結構な大所帯だなぁとは思うが、まあ多分大丈夫だろう。
久しぶりに王子と一緒にいられるというのも悪くない。懸念材料はあるけれど、目一杯楽しむことにしよう。
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