第三百七十四話:修学旅行
「修学旅行、ですか?」
「ええ、今朝先生が話していたでしょう?」
授業と授業の間のちょっとした休み時間、私は隣で話しかけてくるシルヴィアさんの言葉を聞いて目を丸くした。
修学旅行が何なのかくらいはわかる。ただ、この世界でそれがあるとは驚きだった。
なにせ、この世界では普通に魔物や盗賊が出現する。長距離移動の際はそれらを常に注意しなくてはならないし、運が悪ければ野営をしなくてはならないため非常に危険だ。
もちろん、学園の生徒ならそこらの一般人よりは魔法に長けているし、多少の障害は跳ねのけられるだろうが、危険なことに変わりはない。
学園に通っているのはほとんどが貴族の子息子女だ。中には将来貴族の当主になる子もいるし、死んでしまったら相当面倒なことになる。だから、そう言うものはないと思っていた。
「三年生のBクラス以上の人達は任意で修学旅行に参加することができるらしいですわ。確か目的地はエーセン王国だとか」
「目的はその土地の歴史を学ぶことではありますが、ほとんど観光に近いと言っていましたわ」
エーセン王国というと、確かこの大陸の北の方にある国だったかな。地理の授業で習った気がする。
なんか、行為自体は前世と変わらなさそうだな。どういう場所かは知らないけど、修学旅行に選ばれるくらいなら多分観光地としても有名な場所な気がするし、行けるのなら行ってみたいかもしれない。
「でも、結構遠いんじゃ?」
「そこは転移魔法陣で行くと言っていましたわ」
「ああ、その手があったか」
確かに馬車での長距離移動は危険が伴うけど、転移魔法陣による移動ならそこまで危険はない。満月の時にしか使えないという難点はあるが、それでも道中の危険をカットできるのは大きいだろう。
あれ、となると向こうには結構滞在することになるのかな。満月は大体一か月おきに来るし、帰りも転移魔法陣を使うとなると最低でもそれくらいは滞在することになる。
三泊四日でも結構長いと感じる修学旅行なのに一か月くらい滞在するとなるとちょっと大変だな。と言うか、これだとまたアリシアに任せっきりになってしまう気がする。
うーん、でも、年に一度のイベントだろうし、参加しない手はないか。次の修学旅行の時にBクラス以上である保証はないし。
「ハクさんももちろん行きますわよね?」
「私、ハクさんと一緒に町を回りたいですわ!」
「まあ、どっちかって言うと行きたいですね」
恐らく、ほとんどのクラスメイトが参加することになるだろう。
一応、参加しない者はその間補習と言う形になるようだが、少人数でダラダラと補習をしているよりは修学旅行に参加した方が有意義と言うものである。
ちらりとエルとサリアの方を見ると、エルは静かに頷き、サリアはワクワクした様子でじっと見つめている。行きたいんだね。
「出発はいつ頃になりそうですか?」
「確か、一か月後だと聞きましたわ」
一か月後となると、初夏かな。そろそろ暑くなってくる頃だろうし、タイミング的にはばっちりかもしれない。
詳しくは知らないのだけど、一体どんなところなんだろうか。面白そうな場所があればいいんだけど。
「それじゃあ、その時は一緒に回りましょうね」
「ええ、こちらこそ!」
「よろしくお願いしますわ!」
なんだかんだ、シルヴィアさんとアーシェさんとは友達の中でもかなり親しい関係だ。サリアやエルには及ばないけど一緒にいる時間も多いし、一緒に見て回ることに抵抗は何もない。
Bクラス以上と言うことはAクラスの人達も参加するだろうから、もしかしたら王子も来るのかな? 別クラス同士でグループを組むのかはわからないけど、機会があったら誘ってみようか。竜としての力が強くなってしまったせいか、最近あんまりお茶会にも誘ってくれないし。
「話は聞かせてもらったわ!」
と、そこにカムイさんが割って入ってくる。
せわしなく犬耳がぴくぴくしているからずっと聞いていたんだろうか。そんなことしなくても普通に会話に入ってくればいいのに。
「ハク、私もあなたと一緒に回るわ。そして隙を見て殺す!」
「あー、そうですか。まあ、私は構いませんが」
もはや殺すという言葉に対して反応する者はいない。シルヴィアさん達でさえ、いつもの事かと思っている。
まあ、最近では『サモナーズウォー』で盛り上がっているし、誰も本気だとは思わないだろう。
「ふっふっふ、修学旅行と言う特殊な状況なら隙を見せるに違いない。いい加減私も目的を果たさなければ!」
一応、カムイさんは自分が聖教勇者連盟の人だとは名乗っていないが、もう言っているも同然である。
正体を隠したいのかそうでないのか全然わからないが、多分本人は本気なのだろう。ここは聞こえてないふりをしておこう。
「シルヴィアさんとアーシェさんは大丈夫ですか?」
「ええ、構いませんわ」
「ハクカム、と言うのもいいかもしれませんわね……」
「しっ! 聞こえますわよ」
何やらアーシェさんがぶつぶつと言っていたが、ハクカムってなんだ?
まあ、それはさておき、サリアやエルも別に構わないということで、カムイさんも一緒に回ることになった。
これで六人か。一つのグループがどれくらいかは知らないけど、下手したら溢れるのでは?
それとも、グループとか関係なく自由に動いていいのだろうか。それだったら楽だけど、先生の負担が大変なことになりそう。
まあ、もし別々のグループになったら合流して一緒に回ればいいだけの話か。そこまで気にする必要はない。
「ハクー、私もいいかなー?」
と、さらにそこへミスティアさんが入ってくる。
ミスティアさんは研究室ではよく会うが、教室ではあまり絡んでこない印象がある。まあ、大半の理由は一緒にいるキーリエさんに振り回されているからな気がしないでもないけど。
自称記者であるキーリエさんはいつものようにメモ帳片手にミスティアさんの隣に立っている。どうやら彼女もまた一緒に行きたいようだ。
「期待の新人であるカムイさんとハクさんとの関係、これは記事にできますよ!」
「うん、あんまり騒ぎ立てないでくださいね?」
キーリエさんのおかげで『サモナーズウォー』の売れ行きが伸びたのは嬉しかったが、それ以外にも色々とあることないこと書き立てるので油断すると根も葉もない噂が学園中に広がることになる。
一応、口止めすれば止めてくれるだけ良心的だが、カムイさんには及ばないまでもキーリエさんもなかなかの問題児だと思う。
「これはー、私が責任もって抑えとくからー、一緒に回ろー?」
「構いませんよ。人数は多い方が楽しいですし」
キーリエさんが少々不安材料だが、ミスティアさんがそういうなら多分大丈夫だろう。
結構大所帯になってきた。大丈夫かなぁ。
「観光地に関してはばっちり調べておきますので、その辺はご安心を!」
「それじゃあ、修学旅行の時はお願いねー」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」
一応、名目上はその地の歴史について学ぶのが目的のわけだし、私も少しは調べておいた方がいいかな。
図書館にでも行けば多少は載っている本があるだろうか。一応、この世界にも観光ガイドみたいな本はあるみたいだし。
修学旅行なんて久しぶりだ。当日は目一杯楽しむことにしよう。そんなことを考えながら、次の授業の準備に取り掛かった。
感想ありがとうございます。