第三百七十話:魔法の授業
火魔法の授業の担当になったのは担任の先生だった。
まあ、初めに火魔法の担当だと言っていたし当たり前ではあるか。
三年生になっても授業の内容は二年生の時とあまり変わりない。まだ詠唱句に自信がない人は書き取り、多少自信のある者は実戦もかねて訓練室で練習という流れだ。
二年生の時点では詠唱句を覚えている人なんて数えるほどしかいなかったが、三年生にもなると多少は覚えてくるのか、訓練室に向かう人は割と多い。
まあ、実戦は魔力も消費するし、場合によっては事故もありうるのでやる気のない人はあえて書き取りのために教室に残る人もいるが、この学園に入っている人でそういった思考の人はあまりいない。
なにせ、オルフェス魔法学園はいわばエリートが集う学園だ。たとえ平民であっても、魔法の技術に関してはその辺の一般人よりもかなり高いと言える。そして、彼らは皆将来は国の魔法騎士団などの要職に就きたいという願いがあるので、吸収できることはできる限り吸収しようとしている。そんな中で手を抜けば落ちこぼれになることは必至なので、皆頑張って勉学に励むのだ。
まあ、それは置いておいて、訓練室に向かう中には当然カムイさんの姿もある。
実力に関してはまあ、あるんだろうけど、知識面ではどれほどの実力なのだろうか。
一応、貴族ではないものの、貴族家に養われているわけだし、あれほど優雅に振舞えるなら知識に関しても割と高いのかもしれない。
私を含め、友達は皆詠唱句は覚えているので一緒に訓練室に向かいつつ、それとなく観察してみる。すると、その視線に気が付いたのかカムイさんがこちらを指さして大きな声で話しかけてきた。
「ハク、どちらが的に多く当てられるか勝負よ!」
私の視線を挑発とでも受け取ったのか、そんな宣言をしてきた。
訓練室には魔法の的がいくつも置かれている。六年生の間でも制限時間以内にどれだけの的を倒せるかという勝負は頻繁に行われているらしいので別に勝負は構わないが、今は仮にも授業中。他にも生徒はいるし、私達だけで的を独占するのはいかがなものかと思う。
ちらりと先生の方を見てみると、小さくため息をついてカムイさんの肩に手を置く。
「カムイさん、そういうのは休み時間とか放課後にやってください。今は授業中です」
「え、あ、す、すいません……」
先程までの剣幕が嘘のようにしゅん、と肩を落として落ち込む。
これで言うこと聞かないなら問題だけど、素直に言うことを聞くだけカムイさんは良心的と言える。少なくとも、同じ言語を話しているのに言葉が通じない系の人よりはよっぽどましだ。
言語と言えば、カムイさんは普通にこの大陸の共通語を話しているけど、トラム大陸はまた別の言葉だった気がするんだけど、いつ習ったんだろうか。
私を倒すために学園に入学してきたのだとすると、元々の拠点は向こうの大陸だろうし、言語もそっちの言葉を使っていた可能性が高い。
もし、こっちの大陸に来ることが決まってから学んだんだとしたらかなり詰め込み教育だと思うんだけど、その割には結構流暢だ。
記憶力に自信がある私でも文字を覚えるにはそこそこ時間がかかったのに、カムイさんは文字も書けているように思える。
ドジっ子ではあるけど、地頭は結構いいのかもしれない。
「はい、それじゃあ各自的に向かってファイアボールを放ってみてください。わからないことがあれば無理をせずにすぐに聞きに来ること、いいですね?」
「「「はい!」」」
魔法の実践は知識で覚えていても意外と難しいものらしい。
魔法はイメージが大切なので、多少詠唱が間違っていたところで発動自体はするが、かなり不安定になる。仮に詠唱句を完璧に言えたとしても、詠唱はイメージを簡略化したものなので、自分がイメージしているものと詠唱句で呼び出される魔法陣とずれが生じ、失敗する可能性もある。
まあ、学園での教えは精霊への祈りが重要らしいから、そもそも精霊をあまり見たことない生徒からしたらイメージもしにくく、だからこそあまり強くない魔法しか撃てないのだけど、稀に精霊の加護を受けた人ならそれでも十分強力な魔法が放てるため誤解を生んでいるんだとは思う。
でも、本気で強い魔法を使いたいのならそもそも詠唱なんてせず、イメージだけで発動した方がいいと思う。私のような魔法陣を考えてそれを丸々暗記して使えって言うのは難しいにしても、ただイメージするだけだったら割と簡単だと思うんだけどな。
一応、宮廷魔術師であるルシエルさんからもこの理論は正しいとお墨付きを貰っているが、発表する気はない。
別に私だけの魔法だから独占したいとかではなく、単純に面倒だからだ。
そもそも、私はただの生徒であり、魔法を研究している研究者ではない。それっぽいことはやっていたけれど、世間の評価的には生徒、あるいは冒険者と言ったところだろう。
冒険者としてはそこそこ名が売れてはいるが、冒険者はそもそも魔法の研究をするような職ではない。
だから、そういうのは本職の人が発表すればいいと思う。その方がよっぽど信憑性があるし、後世にも残りやすいだろう。
ルシエルさんには私の理論を自分の理論として発表してもいいとは言っているんだけど、なかなか首を縦には振ってくれない。そこらへんはやはり、自分で辿り着きたいようだった。
まあ、別に発表しなかったところでそこまで困るわけでもない。魔法は確かに強力ではあるが、戦闘の主体は未だに武器による接近戦であることが多いし、身を守りにくい魔術師は場合によってはお荷物になる可能性もある。だから、今のままでもそこまで問題はないはずだ。
「ハクさん? どうかしたんですの?」
「ぼーっとしておられましたけど、気分が悪いのですか?」
ぼーっと魔法の練習に勤しむ生徒達を見て考えていると、シルヴィアさんとアーシェさんが声をかけてきた。
二人とも得意属性は火属性なのでこの授業では一緒である。他に一緒なのはエルだけ。サリアは取っていない。
エルに関しては詠唱句はすでに覚えてはいるようだが、適性がないため使えないようだ。なので、ここにいる意味は薄いのだが、そこはやはり私の傍にいたいらしい。
私としても、二度とエルを手放したくはないので一緒にいてくれるのは嬉しい。傍にいてくれるだけで元気が出てくる。
「大丈夫ですよ。ちょっと考え事してただけです」
軽く手を振って返し、私も適当に練習に付き合う。
私の場合、詠唱を使ったとしてもすでに思い描いている魔法陣があるため魔法の威力は簡単に調整できる。ただ、今は竜の力が強くなっている状態なのでいつもよりもかなり控えめに調整して撃ってみた。
すると、飛んでいった火球は一直線に的に直撃し、的を粉々に粉砕した。
以前は一応的を破壊しない程度には手加減できていたので、やはり威力が高くなってしまっている。
本来なら、魔法陣にきっちり描き込みさえすれば余計な魔力は入らないはずなのだが……魔力がありすぎるとそれも無効のようだ。
まあ、入学した時みたいに的をすべて面破壊するってことがないだけましだろう。的一つ壊すくらいの調整ならちょっと強い程度、のはずだ。
「そういえば、カムイさんは……」
今日の私はカムイさんの実力がいかほどなのかを確かめる目的もあったのを忘れていた。
ちらりとカムイさんがいる方を見てみる。すると、ちょうど魔法を放つタイミングのようだ。
私は露骨になりすぎないようにチラ見しつつ、その瞬間を待った。
感想、誤字報告ありがとうございます。