第三十八話:飛び入り参加
平静を装おうとしては見たけど、やっぱり落ち着かない。まさかアリアが捕まるだなんて思いもしなかった。
妖精は人間に捕まらないように隠密魔法が得意だったり逃げ足が速かったりとかなり多彩だ。それをもってしても捕まったということは、不意を突かれたか、疲れていたか。
この人混みで結構げんなりしていたし、そのせいだろうか。あの時無理を言ってでも一緒にいてもらえばこんなことにはならなかったのに……。
終わったことをいつまでも考えていても仕方がないか。とにかく行動を起こそう。
この大会では予選の間なら飛び入り参加が許されている。参加のタイミングは試合の直後。その試合の勝者と戦い、勝てば代わりに進出できる。
予選は明日まで開かれているから後半戦で試合数も少なく済む明日に参加した方が得ではあるけど、ここで下手に引き延ばすと人質が危険にさらされるかもしれない。
急いで観客席に戻ってみると、ちょうど今日最後の試合が繰り広げられているところだった。いや、もう終わってる?
審判の勝利宣言が聞こえる。早くしないと……!
私は足に身体強化魔法をかけると観客席の柵を飛び越え、フィールドへと降り立った。
唐突に飛び出してきた私の姿に会場がざわめき立つ。飛び入り自体は何度かあったはずだけど、私はその中でも最年少だろう。
「そこの少女、もしかして飛び入りかな?」
「はい、そうです」
「オッケー。新たな参加者の登場だ!」
審判が宣言すると会場から歓声が沸いた。先程まで戦っていたと思われる男に話しかけ、連戦を告げる。
私の対戦相手は髭もじゃの背の低い男だった。手には巨大な斧が握られ、それを軽々と片手で振っている。
「ガハハ! まさかお嬢ちゃんみたいなちっこいのがわしに挑戦してくるとはな! いいだろう、軽く捻ってやろう!」
斧がフィールドに打ち付けられると地面が揺れ、思わずよろける。そんな私の姿を見て、男は盛大に笑い飛ばした。
対戦相手とか見てる余裕なかったけど、あんなのに当たったら一撃死間違いなしだなぁ。
多少の怪我なら大会運営が用意した治癒魔法に長けた人材がいるから大丈夫だけど、下手したら首が飛びかねないんですが。いや、魔法で刃は落としてあるらしいからめちゃくちゃ痛いだけで済むかもしれないけど。
それでも威圧感は半端ない。オーガ戦を思い出す。
「両者、準備はいいか!」
「おうよ!」
「はい」
初期位置に立ち、男と対峙する。ここまで来てしまった以上は勝つしかない。目に身体強化魔法をかけ、視力を強化しておく。
両者睨み合う中、試合開始の鐘が鳴った。
私は即座に水の刃を複数作り出し、退路を塞ぐように三方に飛ばす。なんかいつもより刃の形が丸いけど、魔法にも非殺傷の魔法の効果は及ぶようだ。
男は水の刃を見て力いっぱい斧を振るう。ブオンと風を切る音と共に水の刃は弾け飛び、小さな水滴と化した。
流石にこの程度じゃやられてくれないよね。
そのまま突進してくる男に対してもう一度水の刃を飛ばし、後ろに跳び退りながら地面に手をつく。
「落ちろ……!」
同じように水の刃を払った瞬間、足元に大きな穴が開く。土魔法による地形操作だ。
すっぽりと穴に嵌まった足によってバランスを崩し、うつ伏せに転倒する。
よろける程度でもよかったんだけど、倒れてくれたなら好都合だ。
「放て!」
男の頭上から水の矢が降り注ぐ。男はとっさに斧を盾の様に構えたが、護りきれなかった部分には何本か矢が刺さっていった。
悶絶し声を上げる男だったが、それも一瞬の事。瞬時に起き上がると、一気に肉薄して斧を振りかぶる。
足にも刺さっているのにそれでも動けるのか……でも、それくらいなら対処は簡単だ。
足に身体強化魔法を施し、大きく跳躍する。斧を飛び越えるようにして一気に近づき、男の肩に着地した。
「なに!?」
「これで、終わり!」
至近距離からこめかみに向かって水の斧を振り下ろす。この人の様に体重は乗っていないけど、これだけの至近距離から重い一撃を受ければ脳が揺れるはずだ。
案の定、ふらふらと揺れる足元を払って転倒させ、水の剣を突きつける。
その瞬間、試合は決した。審判の決着の声が響き渡り、観客が一斉に沸く。
ふぅ、どうにか勝てた。
「お嬢ちゃん、ちっこいのにようやるな! わしの負けだ!」
剣を引っ込めると、大きな手で私の頭を撫でてくる。
ごつごつとして硬い手だけど、撫でてくれるその感触が嬉しくて思わず目を細めてしまった。
「わしの分まで優勝目指してくれよ!」
「はい、わかりました」
会場が沸く中、私はフィールドを後にした。
まずは一勝。明日の第三、第四試合で勝てば本選に出場できる。
優勝すればアリアは戻ってくるだろうか。青年の方ならワンチャン返してくれるかもしれないけど、アリアはわからない。賞金を手にしてそれで買いたいものが買えたとしても、それでアリアを返す理由にはならない。返す可能性の方が低いだろう。
なんとしてももう一度あいつらに会わなくてはならない。そして、どうにかしてアリアを救い出すのだ。それしかない。
「あ、いたいた、ハク! こっちよ」
ふと顔を上げると目の前にお姉ちゃんの姿があった。近くにはゼムルスさんの姿もある。
「やあ、お嬢ちゃん。飛び入り勝利おめでとさん」
「あ、ありがとうございます」
「びっくりしたよ! まさかハクが飛び入りで出場するなんて。何かあったの?」
「……いや、別に」
一瞬、話してみようかとも思った。でも、呪いがどういうものかわからないし、下手なことをしてあいつらに伝わっても困る。
紋章が残る左腕をぎゅっと握りしめ、努めて平静を保とうとした。
「ハク凄いね! 魔法が使えるようになったとは聞いてたけど、あんなに早い魔法見たことないよ!」
「盗賊退治の時も思ってたっすけど、なんかコツとかあるんすかねぇ?」
「あはは……。あの、何で二人は一緒に?」
ゼムルスさんはお姉ちゃんのこと知ってるみたいだったけど、もしかして知り合いだったのかな?
「ハクを待ってたらたまたま会ったのよ。ハクと一緒に観戦してたみたいだし?」
「お嬢ちゃんがいなくなったと思ったら飛び入り参加してたもんで、ここで待ってたら偶然ね」
ああ、そういえば私に手を振ってたし、ゼムルスさんの事を見ててもおかしくないのか。あの大勢の観客の中で個人の顔を覚えられるお姉ちゃんはどれだけ視力がいいのだろう。
「ま、面白そうだし今後とも楽しみにさせてもらいますよっと。それじゃ、また明日」
そう言って、ゼムルスさんは人混みの中に消えていった。
「私達も帰ろっか。明日は遅刻しないようにしないとね」
「ああ、そうだね」
飛び入り参加したということで選手登録をするために係員と少し話した後、宿へと帰る。
宿に着いた途端、どっと疲れがやってきたのかベッドに力なく座り込んでしまった。
思えば今日は結構な頻度で身体強化魔法を使っていたし、その反動が来たのかもしれない。
「大丈夫?」
「あ、うん、平気……」
隣に座ったお姉ちゃんはそっと私の頭を撫でてくれる。その手つきはとても優しくて、まるで柔らかな羽毛に包まれているかのようだった。
頭を撫でられるととても落ち着く。今日一日、色々なことがあったけど、お姉ちゃんが傍にいれば何とかなるのではないかという気がした。
「あら、ハク?」
「お姉ちゃん……」
気が付けば自然とお姉ちゃんに寄りかかってしまっていた。
甘えるように首筋を擦り付け、ふと目を開けた時に目に入った豊満な胸にハッと我に返る。
い、今私は何をしていた?
年甲斐もなく? いや、この身体なら年相応かもしれないけど! いい年して子供のように甘えていたのが恥ずかしい。
慌てて顔を離したが、お姉ちゃんはにやりと笑うと私に抱き着いてきた。
ちょ、だから胸ぇ!
暴れてみてもお姉ちゃんの力は意外に強く引きはがせない。
しばらくの間、私はお姉ちゃんの胸に溺れることになった。
いつも誤字報告ありがとうございます。