幕間:集落の復興
転生者、マルスの視点です。
俺の前世はどうしようもないものだった。
中学時代は背が高いというだけでいじめられ、いつも教室の隅で身を縮こまらせながら怯える毎日。高校生になってようやくいじめから解放されたと思ったら、今度は頑固者だとはぶられる。
俺はただ、自分の思ったことを口にしていただけなのに、どうしてこんなことになってしまうのか理解が出来なかった。
そんな俺の癒しは猫だった。ある日、捨てられていた猫を拾ったのが始まりで、それ以来俺は猫の虜になった。
頭を撫でればゴロゴロと喉を鳴らし、餌を上げれば一心不乱に舐め、猫じゃらしを放れば飛び出していく。
そんな猫に魅せられて、次第に家には猫が増えていった。最終的には十匹以上はいただろうか、自分の食事代よりも猫の餌代の方が高かった気がする。
そうやって猫と共に暮らしていたが、最期も猫と一緒だった。猫が車に轢かれそうになったところを庇い、代わりに轢かれたのだ。
後悔がなかったとは言わない。でも、猫がいなければとっくの昔に折れていただろうと考えると、猫を助けられたことは俺の誇りだった。
そんな死に方をしたからだろうか、俺は転生した際に猫を自在に召喚できる能力を授かった。さらには、自分の頭に猫耳が生えているというおまけ付きで。
能力については、まだわかる。俺の願いはずっと猫と共にいたい、だったからその願いが叶ったのだろう。しかし、まさか自分まで猫になるとは思ってもいなかった。
しかも、生まれが悪かったらしく俺の今世での親はいきなり俺を捨ててきた。もう訳がわからない。
幸いにして、すぐにとある組織に拾われ、何不自由なく育てられたが、この猫耳だけはあまり好きになれなかった。
「さて、と」
とある組織、聖教勇者連盟と言うのだが、そこは俺のような転生者を保護する組織らしい。保護されたからと言って組織に属する必要はなく、やりたいことがあればそれを全力でバックアップするし、どんな道に進んでもいいという。ただ、この組織の本来の目的は勇者召喚の儀によって召喚した勇者を筆頭に世界に蔓延る魔王とそれに属する竜や竜人を倒すことであり、もし気が向いたら協力してほしいと言っていた。
異世界に転生し、しかも何やら特別な能力を持っている。それに相手は命の恩人でもある、ならば、力を貸すことになんの疑問もない。俺は喜んで魔物や竜人達を殺していった。
だが、今回の作戦で自分達のやっていることが本当に正義なのか疑問を持った。
相手は竜人と聞いていたが、実際には鳥獣人であり、竜人とは違う。それなのに、みんな平然と殺そうとしている。完全な冤罪だ。
それに、竜はただの魔物ではなく、世界の管理をする特別な存在であり、竜人は竜の子供と言うだけであって特に悪さをしているというわけではないと聞いた。
大半の者はそれを信じなかったが、よくよく考えれば確かにおかしな話だと思ったのだ。
これまで、何人かの竜人を殺してきたが、いずれも抵抗らしい抵抗はしてこなかった。戦いを挑んでくる者もいたが、こちらを殺そうとしてくる者はいなかった。
聖教勇者連盟の言う通り、魔王に与する邪悪な存在だとするならば、なぜ抵抗しないのか、なぜ殺そうとしてこなかったのか。魔物であれば、たとえ圧倒的な実力差があっても挑んでくることの方が多い。竜人が魔物と一緒だというなら、なぜ挑んでこないんだと思った。
今思えば、彼らは戦いなど望んでいなかったのだろう。彼らの願いはただ一つ、平穏に暮らすこと。それを、正義面した俺達が奪ってしまった。
到底許される行為ではない。しかし、だからと言って他の奴らを説得しようとしたところで、今回の結果を見れば誰も聞かないであろうことは目に見えている。
だから、俺は死のうと思った。死んで償おう、それしか道はないと。
しかし、襲撃した鳥獣人達は俺を許してしまった。この命を先祖代々の土地を守ることに活用しろと言ってきた。
今更俺が正義を語れるわけもない。騙されていたのだとしても、俺はただの殺人鬼だ。そんな俺に何ができるのかとも思う。でも、少なくとも、俺の死を悼んでくれる人はいるようだ。
「そっちはどうだった?」
「粗方倒してきたわ。すっかり魔物の巣窟やねぇ」
俺は戻ってきたカエデに確認を取る。
俺は今、鳥獣人に託された先祖代々守ってきた土地とやらにいる。大層なことを言っているが、実際はただの小さな集落だ。
一応、縄張りとしては山の麓まであるらしいのだが、そこは魔物の襲撃が激しいので、少し離れたこの場所に集落を築いていたようだ。
俺達が襲撃を仕掛けてから一年半ほど。建物はすっかりボロボロになっており、魔物が蔓延っている。
俺達のせいだと考えると少し胸が痛むが、それを気にしている暇はない。俺はこの土地を守るように言われた、そして繁栄させてみろとも。
こんな辺鄙な場所をどうやって発展させればいいんだとも思うが、それが俺に課せられた罰だというならばやるしかない。
こうして付き合ってくれる奴もいるのだ、必ず成功させてみせる。
「酷いもんや。これじゃあ徹底的に駆除せんと人は住めんとちゃう?」
「そうだな。一応、結界を張ってもらったからしばらくは魔物は入ってこないと思うが、今後どうなるかはわからん」
まずは集落としての体裁を整えないといけないだろう。であれば、とりあえず人に住んでもらわないと困る。
流石に、俺達だけここに住んだところで発展など望めないだろう。鳥獣人達もそれは望むところではないだろうし、誰かに住んでもらうというのは正しいはずだ。
ただ、先祖代々守り抜いた土地だというのに、他の獣人達を住まわせてもいいのかどうかは少し気になる。鳥獣人だけで統一しろと言われたら相当きついのだが。
まあ、その辺りは後々聞けばいいだろう。今やるべきことは、とりあえずこの集落を使える状態にすることだ。
「カエデ、家の修復はできそうか?」
「んー、まあ何とかなるんちゃう? やったことはあらへんけど」
カエデの能力は魔法を自在に操る能力。いや、正確に言えば魔法少女になれる能力か。
生憎魔法少女と言うのがどんなものなのかはよく知らないが、魔法少女と言うのだから魔法に明るいのだろう。戦う場面でも、よく魔法を使っているのを目にする。
修復魔法、なんていう都合のいい魔法があるかどうかは知らないが、あるに越したことはない。仮になくても、土魔法が使えれば多少の修復くらいはできるだろう。
どうしようもないところは面倒だが一度取り壊して新しく作るしかない。俺の猫達は力持ちなので材木とかを運ぶくらいはできる。後は見よう見まねで作っていくしかないな。
「……なあ、マー君」
「マー君言うな! で、なんだ?」
「マー君はもう、人殺しとかせえへんよね?」
カエデが少し不安そうな目で俺を見つめてくる。
俺とカエデは割と前からチームを組んでいた。でも、カエデは人殺しとかそういうのは全然ダメで、情報を得るのに専念していた気がする。もっぱら対象を殺すのは俺で、カエデはそれを申し訳なさそうな目で見ていた。
カエデは元々聖教勇者連盟の考え方に賛同していなかった。俺と同じように、助けてもらった恩があったから協力していただけで、人殺しを推奨する組織の在り方に納得いっていなかったんだと思う。
だから、今回俺が考えを改めたことで、今一度確認したくなったのだろう。あの時の覚悟は本当に本物なのかどうかを。
「……ああ、しない。少なくとも、俺達に危害を加えない限りはしないと誓う」
絶対にしないなんて保証できない。俺の手はすでに血で濡れている。だから、どうしようもない時は殺すだろう。だけど、それは一方的な正義のためではなく、自らの自衛のために、あるいは誰かを守るために使いたい。
「……そっか。なら安心したわ」
「それでいいのか?」
「絶対に殺さへんなんて言っても、所詮は口約束や、それで後でどうしようもなかったから殺したと言われるより、初めから殺す可能性があるって言ってくれた方がまだ気が楽やわ」
この世界の命の価値は安い。誰かを殺さなければならない場面なんていくらでもある。この土地を守り、繁栄させていくとするならば特にその機会は増えていくだろう。
下手をすれば、恩人である聖教勇者連盟をも敵に回すかもしれない。でも、だからと言ってそのまま罪もない命を奪い続けるのはよくないだろう。
間違いを犯すなら死んだほうがまし、あの時の覚悟は本物だ。こうして命を繋いだ今でもまだそう思っている。でも、生きてこの罪を償えと言うのなら、徹底的に抗うことが正解だろう。
たとえ、その行く末で死ぬことになろうとも。
「マー君、ちょっとカッコよくなったなぁ」
「マー君言うな! それより、ミリアムはどうした? まだ偵察中か?」
「そうみたいやね。まあ、その内戻って来るやろ。一人で突っ走る様なキャラじゃあらへんし」
俺は適当に話をそらして会話を終了させる。
俺は確かに死ぬ覚悟をしていた。でも、一つだけ後悔もあった。それはカエデを残して逝くことになるからだ。
カエデは俺の事をただの友達かなにかだと思っているのかもしれない。でも、俺にとってカエデは猫と同じくらい、いや、それ以上に大切な存在だった。
だから、不謹慎ながらも俺は今幸せである。この先どんな困難が待っていようとも、カエデと一緒なら乗り越えられる。そんな気がしていた。
「ほな、先に作業してよか。マー君はそっちよろしくな」
「だからマー君言うな!」
感想ありがとうございます。