幕間:新しいお家
主人公の兄、ラルドの視点です。
ハクが無事に見つかった。そう連絡を受けてからどれほど経っただろう。
聖教勇者連盟とか言う邪魔な組織のおかげでだいぶ遠回りをしてしまったが、俺はようやくハクに会うことができた。
ハクは全く変わっていなかった。月のような銀髪も綺麗だし、エメラルドグリーンの瞳は美しいし、普段何を言っても表情が変わらないのに俺に会った瞬間綻んだ顔は可愛いし、すべてにおいて完璧だった。
本当に生きていてよかった。そして、また出会えて本当によかった。
俺はハクさえいればもう何もいらない。あ、いや、もちろんサフィも大事だ。二人さえいれば何もいらない。
「ラルド兄」
ハクは今、オルフェス王国の王都で暮らしているようだ。
王都にはいつだったか寄ったことがあったが、なかなかに悪くない町である。少なくとも、あんなしみったれた村よりは千倍くらいましだ。
今までは育ててくれた恩もあったし、定期的に仕送りしてやることくらいはいいかと思っていたが、ハクが魔力が全然なくて魔法が使えないとみるや森に放り捨てるようなくず親に払う金などない。速攻で縁を切り、今後一切あの村には近づくまいと思った。
サフィも同じように宣言していたので、あのくず親は稼ぎ頭の二人を失ったことになる。元々高い地位にいたというわけでもないし、いずれ村から追い出されるか、餓死して死ぬことだろう。いい気味だ。
「ねぇ、ラルド兄?」
あんなくず親のことはもうどうでもいい。今はハクについてだ。
ハクはどうやら現在学園に所属しており、寮暮らしをしているらしい。サフィは宿暮らしをしていて、離れ離れに暮らしているようだった。
まあ、学園の寮ともなると部外者は容易に入れないし、仕方のないことだろう。しかし、ハクと一緒に住む気満々だった俺からすればかなりショックな出来事だった。
この一年間、碌に冒険者活動をしてこなかったので金は全然ないが、少しばかり依頼を受ければ稼げるだろう。これでもAランク冒険者だからな。
【アイテムボックス】を手に入れた今、素材の換金率も跳ね上がるだろうし、稼ぐのなんてすぐだ。
まあ、今は仕方がない。サフィと同じく宿暮らしをしながらハクが卒業するのを待つほかないだろう。別に別々の町に住んでいるわけではないし、今までと比べたら相当ましな環境だ。文句を言っては罰が当たる。
「ラルド兄ってば!」
「なんだサフィ、うるさいぞ。今ハクと再び出会えた感動を噛みしめているんだ、邪魔をするな」
「いや、話聞いてよ」
今はサフィと共に王都の道を歩いているところ。なんか色々言っていた気がするが、ハクの事を考えていたのでどこに向かっているかは知らない。
まあ、大方町の説明だろう。俺もしばらくここで暮らすことになるのだから、店の場所を覚えておいて損はないからな。我が妹ならそれくらいの気を利かせてくれても不思議はない。
「なんだ、店ならもっと大通りじゃないか? ここじゃ少し離れていると思うが」
「何言ってんの。私達の目的はお店じゃないでしょう?」
王都は中央部と外縁部に分かれていて、ここは中央部と外縁部を隔てる外壁の中央部側。
中央部は比較的貴族が多く住んでいるから、俺達冒険者にとってはあまり縁のない場所だと思うんだが、だったらなぜこんなところに来たんだろうか。
いや待て、確か中央部には学園もあったはずだ。なるほど、ハクに会いに来たというわけだな? 今日は平日だから今行ったところで会えるかどうかはわからないが、ハクに会いに行くというのは賛成だ。むしろ今すぐ行きたい。
「ああ、学園に行くんだったな。ハクに会えるといいんだが」
「知ってたけど、話聞いてないでしょ。違う、私達が向かってるのは……ああ、ちょうど見えてきたね」
サフィが指さした先には一軒の屋敷があった。
他の家と比べれば少しこぢんまりとしているが、二階建てで庭もある立派な屋敷だ。
場所からして、恐らく住んでいるのは豪商か豪農か、あるいは下級貴族か、その辺りだろう。
知り合いでもいるんだろうか?
「ここは?」
「話聞いてなかったみたいだから改めて言うけど、ここが私達の新しいお家だよ」
「……は?」
新しいお家? と言うことは、この屋敷は俺達の持ち物と言うことだろうか。
いやいや、俺はこんな屋敷を買った覚えなどない。サフィとて、ここ数日は俺と一緒に宿に泊まっているだけで特に何かしていた様子はなかった。こんな屋敷を買う手続きをしていたとは思えない。
そりゃ、確かにいずれはハクと一緒に暮らすための家が欲しいとは思っていたが、それを買うための資金はこれから集めるつもりだった。サフィにはハクのために資金を調達するように頼んでいたが、それはあくまでハクを生き返らせるための資金としてであって家を買うためではない。だから、家を買うなら自分で稼ぐつもりでいた。
それなのに、目の前には新しいお家と言う屋敷が立っている。ちょっとどういうことかわからない。
「お前、いつの間に家なんて買ったんだ?」
「買ったのは私じゃなくてハクだよ。ハクが私達に住んでほしいって言って買ってくれたらしいの」
「……は? ハクが?」
百歩譲ってサフィが買ったというなら、前もって手続きをしていたとか考えればわからなくもない。だが、ハクが買ったというのはどうにも信じられなかった。
いや、ハクは確かに強い。魔法が使えないなんて言われながらも色々な偶然が重なって無事に魔法を使えるようになったようだし、挙句の果てには竜の力にまで目覚めて俺なんか目じゃないくらい強くなっているというのはわかる。
だが、それでも冒険者ではBランクであり、エリートと呼ばれる類ではあるもののポンとこんな屋敷を買えるほど稼げるわけがない。ましてや、ハクは現在学園に通っていて、冒険者活動は王都近くの魔物の討伐や薬草採取などの軽い仕事ばかりでほとんど働いていないも同然だったと聞いた。それなのに、なぜこんな屋敷を買うことができるのか、理解が出来なかった。
「……いや、ここ中央部だよな? 外縁部と比べたら土地代くそ高いよな? なんでそんな大金持ってるんだよ」
「なんか、前に竜の谷に行った時に宝石ゴーレムを大量に貰ったらしくて、その一部を売ったらあっさり集まったらしいよ」
宝石ゴーレムはその名の通り宝石を元に生成されたゴーレムの事だ。
大きさにもよるが、全身が宝石でできているため倒せれば一攫千金も夢じゃないラッキーな魔物である。
ただ、出現するのは火山などの険しい場所にある洞窟ばかり。しかも、そこまで出現率は高くない。一体倒せるだけでも相当に運がいいはずだ。
それが大量ってことは、よほど人が立ち入らない洞窟だったのだろう。確かに竜ならばそんな場所も知っていそうだ。
ハクが俺達のために家を用意してくれたというのは素直に嬉しい。ただ、サフィはまだ年が近いからともかく、妹に金を払わせるって言うのは兄としてのプライドが……。
「ほら、ぼさっとしてないで入るよ。引っ越し作業もしなきゃいけないし、忙しいんだからちゃんと手伝ってよね」
とんでもないことのはずなのに、サフィはあまり気にした風もなく家に入っていく。
これがハクと一緒にいられなかった時間の差だということか、なんだか悲しくなってきた。
いや、こうして帰ってきた以上、俺にだってまだチャンスはある。今まで会えなかった分、存分にハクと一緒にいればいいのだ。
そのためにも拠点は必要、ハクからのせっかくの贈り物だ。ここはちゃんと活用させていただこう。
俺は心の中で何とか納得し、サフィの後を追いかけた。
感想、誤字報告ありがとうございます。
400万PVを達成しました。ありがとうございます。