第三百六十三話:やることを終えて
鳥獣人達の移住は恙なく終了した。
流石空間の大精霊だけあって、空間魔法に関する知識はかなり深く、あの複雑で見てもさっぱりだった転移魔法陣をものの数分で描き上げていた。
なんでそんなに詳しいのかと聞いたら、どうやら精霊としてこの世界に生まれた時からなぜか頭の中に空間魔法の使い方がインプットされていたらしい。しかも、妖精として生まれたわけでなく、初めから大精霊としての器を持っていたようで、気が付けば空間の大精霊と呼ばれていたのだとか。
この辺りは特殊だな。精霊は皆妖精として生まれた後、長い時間をかけて精霊になるものだが、ミホさんの場合は初めから精霊だった。これって、私と同じようなパターンってことだよね?
初めから精霊としての器を用意されていて、そこに偶然ミホさんの魂が宿った。そういうことになるんだろうけど、精霊の器が自然に用意されるなんてありえるんだろうか。
私の場合は、お父さんとお母さんが体を作ってくれたようだけど、ミホさんはお父さんに呼ばれたわけではなく、この世界に何の関連もなく生まれた身。誰かが体を用意してくれたとは考えにくい。
となると、体を用意できうる存在と言えば、神様だろうなぁと思う。
他の転生者と同じように、ミホさんは精霊として生まれたいと願った。だから、この世界に転生する際に精霊としての器が用意されたのかもしれない。
まあ、なぜ精霊になりたいなんて願ったかはわからないけど。
ミホさんもその辺りはよく覚えていないようで、なんとなく、不老不死を願ったような? とか言っていた。
不老不死。確かに、精霊は不老不死だな。精霊光と言う、人間にとっての心臓のようなものを散らされてしまうと死んでしまうが、精霊の死は疑似的な転生であるため、数年もしたらまた妖精として生まれてくる。だから、完全に死ぬということはない。
そういった意味ではミホさんは願いを叶えてもらっていると言える、かな。なんか少し違う気もするけど。
まあ、それはともかくとして、転移魔法陣によって鳥獣人達は無事に無人島へと移動させることができた。
軽く島の調査もしたが、山菜や豊富な漁場など食料資源は問題ないように思えた。少し魔物が巣くっていたようだったが、鳥獣人達なら余裕で退治できるだろう。しばらくは様子を見るつもりだが、多分彼らだけもなんとかやっていけそうな気配はした。
「ハク、大丈夫そうか?」
〈うーん、多分? ちょっとドキドキする感じはあるけど〉
鳥獣人達は新たな土地を用意してくれたことに礼を言い、約束通りフェニックスの羽根も用意してくれた。
これで材料はすべて揃ったので、後は作成するだけである。お兄ちゃんもミホさんに聞いただけの知識しかないようなので苦戦はしそうだが、まあミホさんがついていれば大丈夫だろう。
マルスさんは鳥獣人との約束を守るため、放置されていた集落を訪れ、色々と調査を行っているらしい。
カエデさんとミリアムさんも残るようで、いずれここが発展したら遊びに来てほしいと笑いながら言っていた。
まあ、一応聖教勇者連盟の調査の手が及ぶかもしれないので何かあったら呼ぶようにと通信の魔道具はそのまま渡したままにしてきたから何かあれば呼ぶだろう。
ミリアムさんはともかく、カエデさんはしっかりしていそうだし、マルスさんもやる気に満ちていたのであまり心配はなさそうだが。
「……なんて言ってるの?」
「……多分、大丈夫ー、とかじゃないか?」
〈あ、これ竜語になってるのか〉
この大陸でやるべきことはすべて終わった。なので、今は王都に帰るために準備中である。
正規の方法で帰るというのも手だが、流石にそれでは『輪廻転生の杯』を作るのが相当遅れてしまう。この大陸で作ってもいいが、お兄ちゃんは聖教勇者連盟にとっては敵みたいなものだし、総本山があるこの大陸よりは隣の大陸に渡ってから作った方が安全だと思う。
そこで、勇者を倒す時に私が完全に竜になっていたということを思い出し、実際にやってみたのだが、割とあっさり竜形態になることができた。
大きさとしてはエルより一回りか二回り小さいくらいだろうか。尻尾の先端についた棘や翼の色などはかなりとげとげしいが、鱗自体はかなり滑らかでそこまでチクチクする印象はない。硬いは硬いけど。
竜としてはそこそこ小柄な方だと思うが、アリア達を含めて人を七人乗せるくらいだったら少し狭いが何とかなる。
捕縛した転生者を連れて行かなければ楽なんだけどね。流石に、このままこの大陸に残していったら聖教勇者連盟に回収される可能性もあるし、連れて帰るほかない。
『これでわかる?』
「あ、【念話】。うん、これなら聞こえるよ」
「【念話】まで使えるのか。器用になったな、ハク」
『まあね』
完全に竜形態になると人間の言葉まで喋れなくなるというのは想定外だったが、【念話】が使えれば特に問題にはならなかった。
ちなみに、お兄ちゃんも【念話】は使えるらしい。やっぱり、密談とかする時には便利だし、冒険者にとっては必須レベルのスキルなのだろうか。
『それじゃあ、乗って』
私は体勢を低くして背中に乗るように促す。
急に四足歩行になったせいでだいぶ動きはぎこちないけど、飛ぶ分にはそこまで問題はなさそう。これだけ大きな翼なら、たとえ七人を乗せていても楽々飛ぶことができるだろう。
お兄ちゃんはアーネさん達を背中に放り投げるようにして乗せていく。
ちなみに、みんな闇魔法で眠らせているので抵抗されることはない。流石にずっとこのまま寝かせておくわけにはいかないから王都に着いたら王様の指示を仰ごうかと思っているけど、まあ、腐っても聖教勇者連盟だし多分適当に城の一室か家を割り当てられてそこで暮らすことになるんじゃなかろうか。
私にとっては無実の竜人達を殺してきた罪人ではあるけど、聖教勇者連盟に表立って対立するのは国が滅ぶことにも等しいので、特に野心を起こさなければ相応の待遇が約束されることだろう。
あれに懲りて、心を入れ替えてくれると楽でいいんだけどなぁ。
「ハク、みんな乗ったよ」
『それじゃあ、いくよー』
ばさりと翼をはためかせ、大空へと飛び立つ。
上空にいること自体は転移魔法の練習だったりエルに乗せてもらったりで結構体験していたが、自分で空を飛ぶのは久しぶりだ。
しかも、今は竜となって体が大きくなったせいか、風の抵抗を強く感じる。
私は楽しいが、乗っている人にとっては風が強すぎてたまったものではないだろう。エルのようにうまくできるかはわからないけど、私も風魔法で風の膜を作り、背中に風の影響が出ないように工夫してみる。
しばらく飛んでも文句が出てこなかったので、多分うまくいってるんだろう。よかったよかった。
「竜に乗れるって言うのも凄いことだが、こうして海の上を高速で飛んでいくのも凄いな! 船があんなに遅く見えるぞ!」
「これ、エルさんより速いんじゃない? ハクはスピード型なのかな」
『まだ全然本気じゃないけどね』
初めて空を飛んだであろうお兄ちゃんは眼下に広がる海を見下ろしながらはしゃいでいる。
スピードに関しては、多分小柄な分空気抵抗が減って速度が出ているんだろう。その気になればもっと速く飛べるが、恐らくエルも本気ではなかったと思うのでどっちが速いかは正直わからない。
ただ、このペースなら六日もあれば王都に着きそうだなとなんとなく思った。
道中、お兄ちゃんとお姉ちゃんが笑いながら談笑しているのを微笑ましく思いながら、私は一路王都への道を飛んでいった。
感想ありがとうございます。
今回で第十章は終了です。幕間を数話挟んだ後、第十一章に入ります。