第三百六十二話:事後処理
その後、ミリアムさんの方から聖教勇者連盟に報告がなされた。
その内容は、竜人達は殲滅したが、竜によって勇者を含む全員が戦死したというものだ。
これは鳥獣人達をこれ以上聖教勇者連盟に追わせないためと言うのもあるが、帰ってこないメンバーに対する言い訳という意味合いも含まれていた。
今回、生き残ったメンバーとして転生者が六人いるわけだが、そのすべてを聖教勇者連盟に帰すつもりはない。カエデさん達は元より裏切ったため帰るつもりはないだろうが、こちらで捕縛した残りの三人に関しても報告の辻褄を合わせるために帰すわけにはいかなかった。
本当なら、彼らはマルスさんと違って直接的な手を出してきたわけだし、殺されても文句言えないと思うのだが、鳥獣人達はもう聖教勇者連盟と関わり合いにはなりたくないらしい。
まあ、私が相手をしたアーネさんは心をぼっきぼきに折ってやったし、他の二人も似たような感じらしいので多分問題ないだろう。もし抵抗するようなら隷属の首輪をつけることもやむなしだが、そうならないことを祈るばかりだ。
これで誰も帰ってこなかったとしても問題はない。報告したミリアムさんも、最後に通信の途中でやられたように偽装したため生きているとは思わないだろう。
後に調査隊が派遣されるかもしれないが、その時は少し隠れていればいい。元々ミホさんが不可視の結界を張る予定らしいし、たとえ来られても見つけることはできないだろう。
これで聖教勇者連盟に関しては大丈夫。後の問題は、移住に関してだ。
「食料はこのくらいでいいだろう。先導はハクに任せるしかないが、本当に大丈夫か?」
「大丈夫。島に着きさえすれば帰ってくるのは一瞬だし、一週間もあれば戻ってこられると思うよ」
本来なら、お兄ちゃんとお姉ちゃんにはエルに乗ってもらい、そのまま一緒に帰る予定だった。しかし、エルが死亡している以上、飛んで先導できるのは私しかいない。
ならば『輪廻転生の杯』を早く作ってやればいいとも思ったが、死者蘇生のアイテムだけあって色々な制約があるようで、製作に二か月はかかるらしい。そして、使えるのは魔力が満ちる満月の日に限るというとても限定的なアイテムだ。
もちろん、死者蘇生ができるというだけでも凄いことなので仕方のないことだが、そういうわけで今すぐにエルを復活させるということはできなかった。
なので、エルの遺体は私が【ストレージ】に収納している。本来【ストレージ】には生き物は収納できないが、エルはすでに死んでいるからそういうこともできるわけだ。
そう考えると、少し悲しいものを感じるけど、絶対に生き返るという保証があるならまだ耐えられる。お兄ちゃんにはぜひ杯作りを頑張ってもらいたいところだ。もちろん、私も手伝うつもりだけどね。
「そうか。まあ、ハクだって精霊がついているのだし大丈夫だとは思うが、無茶はするなよ」
「わかってるよ」
「……いや、やっぱり心配だ。ミホも連れて行ってくれ」
「わ、私ですか? ラルド様の命とあらば構いませんが……」
「いや、それだとお兄ちゃんが危ないでしょ」
聖教勇者連盟の問題が片付いたとはいえ、まだ襲ってこないとも限らない。特に、お兄ちゃんはばっちり顔を覚えられているわけだし、もし見つかりでもしたらそのまま戦闘に入る可能性が高い。
今回もミホさんがいなければ結構危なかったらしいし、そんな状態のお兄ちゃんからミホさんを取るなんてことできるわけなかった。
幸い、なぜかは知らないが、私の魔力はかなり上がっている。これだけの魔力があれば、竜の魔法である天候操作も使えるだろう。それなら途中雨が降ってきたとしても安心だし、島の場所も記憶しているから道に迷う心配もない。仮に迷ったとしても、少なくともシャイセ大陸まで辿り着く自信はある。
鳥獣人達だって歴戦の戦士だし、アリアもいるのだからこれ以上の護衛はいらなかった。
「しかしなぁ……」
「心配しすぎだよ。なんか勇者にも勝てたんだし、大丈夫だって」
「いや、あれはあれで心配なんだが……」
お姉ちゃんの話ではどうやら私は完全に竜の姿になっていたらしい。
元々、私は竜の姿になれたのだが、封印の影響で中途半端にしか竜形態になれないのだとエルから聞かされていた。だから、完全に竜形態になっていたということは、その封印が破られたってことなんだろう。
私の魔力が上がっているのもそのせいかもしれない。前から人状態でいると魔力が溢れそうになってたまに発散しないと気持ち悪かったのだが、今はその傾向が強い。
その内制御できなくなりそうで怖いから、近いうちにお父さんのところに行って判断を仰いだほうがいいかもしれない。今なら一瞬で行けるし、そう時間はかからないだろう。
「ハクを一人で行かせるって言うこと自体が心配でならん」
「なら、お兄ちゃんも来る? 抱えることになるけど」
「いや、それだと自由に動けないだろう。もしもの時にそれは困る」
部分竜化すればお兄ちゃん一人程度だったら抱えて運んでいくことも可能だ。しかし、お兄ちゃんのいう通りとっさには動けなくなる。
常に一緒にいたいと言っていたお兄ちゃんだったが、それで私が危険になるという選択は取りたくないようだ。
まあ、私も下手したらお兄ちゃんを海に落とすことになりそうだし、今回ばかりは一緒にはいきたくないけども。
「……そうだ、ミホ、お前なら転移魔法とかで何とかできないか?」
「えっ? え、ええと、そうですね、転移魔法陣を描けば転移させることも可能ですが……」
「それだ!」
転移魔法陣は王都にもある多人数を特定の場所に転移させるための魔法陣だ。
まあ、転移する先にも同じ魔法陣が必要だし、魔力が満ちる満月の日にしか使えないという制約はあるが、遠くに一瞬で安全に移動できるという点ではかなり便利な魔法である。
まあ、転移魔法なんて儀式魔法化しない限り人族には早々使えない魔法ではあるが、空間の大精霊たるミホさんならそれも可能と言うわけだ。
確かに、移動中に不慮の事故に遭う可能性もあるし、安全に移動できるならその方がいいかな?
「ただ、どちらにしろ島の方に転移魔法陣を刻む必要があるので誰かに行ってもらう必要がありますが……」
「まあ、私しかいないよね」
島の場所を知っているのは私とアリア、そしてお姉ちゃんだけである。そして、アリアに任せるくらいなら転移魔法で一瞬で戻ってこれる私が行った方が効率的だ。
アリアには少し待ってもらう必要があるが、それは仕方のないことだろう。
「なら、今度こそミホを連れて行ってくれ。ミホがいなければ魔法陣が描けないだろう?」
「まあ、そうだね」
紙に描いてもらうという手もあるが、どれほどの規模で描けばいいかもよくわからないし、ここは本職が直接行った方が楽だろう。
となると、私が道案内でついていき、場所を教えるというのが簡単か。
「わかった。でも、代わりにアリアを置いていくから一緒にいてね」
「アリア?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてないな」
ああ、そう言えばミホさんを紹介された時も、その後も結局アリアは姿を見せていなかった気がする。
空間の大精霊がお出ましなのだから出てきてもいいと思うのだけど、人見知りでもしたんだろうか。
まあ確かに、お姉ちゃんにも最初は秘密にしていたし、私がいいと言わなかったから出てこなかったのかもしれない。悪いことをしたな。
「アリア、出ておいで」
「はーい」
私の呼び声にアリアが姿を現す。
一応精霊になったらしいが、精霊であるミホさんよりだいぶ小さい。精霊は皆少なくとも人間の子供並みの大きさがあるらしいのだが、アリアはそれには当てはまらないようだ。
なんでかは知らないけど、まあ、可愛いからいいか。
「初めまして、ハクのお兄さん。私はアリア、よろしくね」
「あ、ああ、よろしく頼む」
思ってたのと違ったのか、お兄ちゃんはちょっと拍子抜けしたような顔で頷いた。
さて、そうと決まれば早速向かうとしよう。鳥獣人達を連れて行かなくていい分、時間は短縮できるはず。ミホさんは……まあついてこれるだろう。
私は背中から竜の翼を出す。
あ、この服いつものじゃないから穴開けちゃったか……まあ、仕方ないか。
また今度お姉ちゃんに選んでもらうことにしよう。私はミホさんを伴って、空に駆け出した。
感想ありがとうございます。
今回、『今日の一冊』という場所で今日から二週間ほどこの作品が掲載されることになりました。詳しくは活動報告に書きますのでもしよければ覗いてみてください。