第三百六十一話:鳥獣人の選択
「待って! 待ってぇな!」
声を上げたのはカエデさんだった。
カエデさんはその身を翻すと、マルスさんを守るように鳥獣人達の方に向き直る。
マルスさんとカエデさんは元々チーム同士だ。少なからず親交はあっただろうし、仲もよかったことだろう。
捕まえる際に私に対して殺さないでと嘆願するほどだ。裏切ったとはいえ、やはり仲間が殺されるのは見ていられないようである。
「確かにマー君は聖教勇者連盟の一員やけど、今回はまだ何も手出してへん! それに、今まで竜人を殺してたんも私が嫌がったから仕方なくやってくれてん! だから、だから……」
言っていることはわかる。この襲撃に関してマルスさんは手を出していないだろう。しかし、カエデさんの話では、この集落の場所を特定できたのはマルスさんのせいだし、直接的原因ではないとしても鳥獣人達を襲撃した事実は変わらない。
それに、どれだけ言い繕おうと、今までに竜人を殺してきたのは事実だし、たとえそれが仕方のなかったことだとしても許される行為ではない。
カエデさん自身、それはわかっているのだろう。必死に擁護しようとしても、完全にマルスさんを無実にできるわけはない。
鳥獣人達の冷たい視線が突き刺さる。
そもそも、カエデさん自身も裏切り者だ。仲間になったからと言ってこうして敵を擁護しているようでは反逆の意思ありとみなされて殺されても文句言えない。
それでも、カエデさんはマルスさんを庇う。それが仲間としてなのか、それとも特別な存在としてなのかはわからないが、涙を流しながら必死に言い繕うその様は悲痛だった。
「……ラルド様、彼に沙汰を下してもよろしいでしょうか」
「ああ。これはお前達の問題だからな」
村長が一歩前に出て、お兄ちゃんに確認を取った。
ここでお兄ちゃんが殺すなと言えば恐らく鳥獣人達は従うだろう。だけど、それではここまで築き上げてきた信頼関係も終わりである。
そうなれば、フェニックスの羽根は絶対に手に入らない。それに、何度も言うようにこれは鳥獣人達の問題だ。お兄ちゃんは今や指導者と呼べるほど鳥獣人に好かれているが、あくまでお兄ちゃんは人間で部外者である。
だから、マルスさんの道を決めるのは彼らでなければならない。
「そ、村長さんやんな? あ、あの、あのな……」
「カエデ、もういい。黙ってろ」
「マー君……」
「これは俺が決めた道だ。口を挟むな」
なおも言い繕おうとするカエデさんだったが、マルスさんの声によって引き下がる。
マルスさんはもうここを死に場所と定めているようだ。怯えこそみられるが、その意思を曲げる気は一切ない。
カエデさんを押しのけ、村長さんが前に出る。そして、マルスさんを見下ろしながら裁定を下した。
「貴様らが行ってきたこれまでの数々の妨害や殺人は到底許される行為ではない。無実の罪で我らを迫害し、住処を奪った罪は死罪を持って償うのが妥当だと考える」
「そうか……」
「だが……」
村長さんは一呼吸置き、再び話し始める。
「我らは戦士である。戦いによって討ち取った首ならば誉れなれど、無抵抗の者の首を取る得物は持ち合わせておらぬ」
「……何?」
「我らはこの地を去る。しかし、先祖より受け継いだこの地を捨てるのも惜しい。なればこそ、貴様はこの地を守り、受け継いでいくことで罪を償うがよい」
「それはつまり……」
「生きて罪を償えと言っているのだ。二度は言わんぞ小さき者よ」
先祖より受け継いできた土地を守る、それは大役なれど、命に関わるものではない。
あれほどの事をされておきながら、村長さんはマルスさんを許したのだ。
「この地を守って見せよ。栄えさせてみせよ。いつの日か我らに献上できるような素晴らしい土地に仕上げてみせよ。今後の働きによって、その罪を許すものとする」
「……そうか」
マルスさんは嬉しそうな、それでいて不機嫌そうな複雑な表情をしながら静かにその言葉を受け取った。
自分が今まで犯してきた罪は消えない。けれど、その命を有効に使えと言われたからには、そうせざるを得なかった。
鳥獣人達が代々守ってきた地。それは決して大きくはなく、産業も何もない場所ではあるけど、それを発展させることが贖罪となるならば全力を尽くす。そんな覚悟を決めた目をしていた。
「ま、マー君……うわぁぁぁん! マー君、よかったなぁ!」
「うわっ! おい、くっつくな暑苦しい!」
カエデさんが感極まった様子でマルスさんに抱き着く。
ほぼ死罪が確定していた状況から生き残った。それだけでも素晴らしいことだ。カエデさんの気持ちはわからないでもない。
わんわん泣き喚くカエデさんを鬱陶しそうにしながらも、どこか嬉しそうな表情なのはカエデさんが相手だからだろうか。
この様子だと、カエデさんはマルスさんと共にこの地に残るだろう。まあ、仲間になったからと言って必ずしも一緒にいる必要はない。新たな道を見つけられたなら、そっちに進むのも全然ありだ。
「よかったのか?」
「はい。我らはもう件の組織とは関わりあいたくありません。ここで処刑でもして恨みを持たれたらたまったものではありませんからな」
戻ってきた村長さんがそんなふうに呟いた。
まあ、この惨状はいずれ聖教勇者連盟に伝わることだろう。特に、勇者が死んだということに関してはいずれ知られることになる。
それを誰がやったかと聞かれたら私なんだろうけど、聖教勇者連盟は鳥獣人達がやったと思うことだろう。
今更マルスさん達を見逃したところでもう遅いとは思うが、まあ、正確に報告してもらえばヘイトは私だけに向くかもしれない。
聖教勇者連盟に狙われるのは面倒だけど、やってしまったのは私だし、しっかりと罪は被らなければならないだろう。
少なくとも、鳥獣人達はこの地を離れればしばらく追われることはないだろうし、安心できるんじゃないだろうか。
そう考えれば助ける意味は一応あるかな。
「予定通り移住はするか?」
「はい。まあ、今回の戦闘で亡くなった者を弔ってやらねばなりませんので出発はしばらく先になりそうですが」
「まあ、そうだろうな」
今回死亡したのは十名余り。少ないように聞こえるが、集落全体の人数が少ないためこれでも相当な人数だ。
まあ、勇者まで出張ってきてこの被害なら少ないと言えるかもしれない。
一緒に移住できなかったのは残念だが、せめて彼らの冥福を祈ることにしよう。
「あー、それで、こんな時に言うのもあれなんだが……」
「わかっております。フェニックスの羽根の件でしょう?」
言いにくそうに切り出したお兄ちゃんに村長はあっけらかんとした様子で返す。
「あの竜がいなければ、もっと被害は多かったことでしょう。彼女が勇者を止めていてくれなかったら、全滅していたかもしれない。そんな彼女を助けるためであれば、譲るのも吝かではありません」
「助かる。ありがとうな」
「いえいえ、こちらこそ、守っていただきありがとうございました」
そう言って頭を下げる村長。村長だけでなく、その後ろにいた他の鳥獣人達も一様に頭を下げ、こちらに礼を尽くしていた。
エルの死と言う受け入れがたい結果。しかし、それを覆すことができるアイテムがあるという救い。
これで材料は揃った。後は、それを使ってエルを助けるだけだ。
私は鳥獣人達に礼を言いながらお兄ちゃんの方を見る。お兄ちゃんは頼もしく胸を叩くと、任せておけと力強く言ってくれた。
感想ありがとうございます。