第三百六十話:最後の生き残り
今すぐにでもその『輪廻転生の杯』と言うのを作りたかったが、まだ作れると決まったわけではない。なぜなら、その材料の一つであるフェニックスの羽根はまだ入手したとは言えないからだ。
フェニックスの羽根は鳥獣人達が代々崇めている秘蔵の品らしい。当然、個数も限られているだろうし、信仰の対象ならば譲ってくれるかどうかもわからない。
でも、そこはお兄ちゃんの事だ。これまで時間をかけて友好関係を築き、一年以上もの間鳥獣人達を脅威から守り続けたという実績がある。だから、きっと大丈夫のはずだ。
私は早速鳥獣人達に聞いてみようと振り返る。しかし、今はそれどころではないということに気が付いた。
鳥獣人達は未だ武器を構えて警戒状態を続けている。私達が戦っている間に鳥獣人達の方も粗方倒したようだが、どうやらまだ一人だけ倒せていない人がいるようだった。
それは猫耳フードを被った小柄な人物。先程からずっと姿が見えなかったマルスさんだった。
「マー君、まだやる気かいな?」
その姿を認めた途端、役目とばかりにカエデさんが前に出た。
今回捕まえた転生者の中で、唯一味方を引き込まれたチームであり、恐らくカエデさんに対して特別な感情を持っているであろうマルスさん。
その能力は猫を自在に召喚し、操ることができるという特異なもので、今もその周囲には無数の猫が侍っている。
襲撃してきた転生者達は皆討ち取られ、一部は裏切り、頼みの綱である勇者ももうこの世にはいない。もう残っているのはマルスさんだけだ。
いくらマルスさんが強くとも、状況的にもはや勝ち目はないのはわかるはず。なのに、なぜここにきて出てきたのか、それがわからなかった。
「いや、もう戦う気はない。魔力もほとんど残ってないしな」
マルスさんは両手を上にあげて降参のポーズをとる。
その瞬間、付き従っていた猫も消え、残されたのはただの小柄な少年だけだった。
戦ってもいないのに何で魔力切れなんかになるんだろうか。それが不思議だったが、その目に野心のようなものはないし、本当に何もする気はないらしい。
鳥獣人達はその様子を訝しみながらも武器を降ろした。
「マー君、どういうつもりなん?」
「ふん、ちょっと考えが変わっただけだ」
マルスさんはその場にドカッと座り込み、後は煮るなり焼くなり好きにしろと言わんばかりに微動だにしない。
私は一応警戒しながら、注意深く魔力の流れを探る。しかし、本当に何もない。
勇者が倒されるのを見て勝ち目はないと悟った? だとしても、ここまで出てこなかったのなら隠れていたはずだし、そのまま逃げればよかっただけのはず。
竜人討伐隊が返り討ちにあっただけでなく、勇者まで死んだとなれば聖教勇者連盟にとってはかなりの痛手だろう。だとしても、ここで全滅するよりは少しでも情報を持ち帰って次に繋ぐ方が有益なはずである。
ではなぜ今になってわざわざ殺されるかもしれない場所に出てきたのか、彼の意図が読めない。
「俺は、ずっと聖教勇者連盟こそが正義なんだと信じていた。ショーティーの忌み子として捨てられた俺を助けてくれたし、他にも似たような境遇で助けられた奴がたくさんいたからな。だから、聖教勇者連盟が敵視している竜人を殺すことが世界の平和に繋がるんだと本気で思ってた」
マルスさんは語り始める。
忌み子と言うのは、その猫耳フードを脱いだことで露わになった猫耳の事だろう。
マルスさんの種族はショーティー、つまり小人であり、本来ならそんな耳はつかないはずだった。もちろん、ショーティーと獣人が交われば、背の低い獣人が生まれてもおかしくはない。しかし、マルスさんの親はそうは思わなかったようで、物心つく前には捨てられてしまったらしい。
それを助けてくれたのが聖教勇者連盟であり、救ってくれたのみならず、勉強を教え、衣食住を保証し、何不自由なく育て上げてくれた。
だからこそ、そんな組織に恩返しするために必死で能力を使いこなし、言われるがままに竜人を殺して回っていたらしい。
それが当然だと思っていたし、正しいと思っていた。しかし、今回の件でその自信が揺らいでしまったらしい。
「竜人が群れを成していると聞いたから来てみれば、どこに竜人がいるんだ? どう見たって竜人って感じじゃない、鳥獣人だと言い張っているのも単なる言い訳かと思っていたが、どう見たって鳥だった。それなのに、みんな竜人として殺そうとしてる。流石に俺もおかしいと思ったよ」
元々、マルスさんにはここにいるのは竜人ではなく鳥獣人だということは伝えていた。しかし、それは敵の嘘だと信じ、本当は竜人なのだろうと思っていたようだ。
だけど、実際に見てみれば本当に鳥獣人だった。それなのに、みんな竜人だとして襲い掛かっている。
聖教勇者連盟の敵が竜人だというなら、それは理解できる。しかし、どう見ても間違いなのに殺そうとするのは理解できなかったらしい。
「お前らの戦闘はすべて見てた。勇者の声も聞いた。でも、みんなただ暴れたいだけなんだなって感じたんだよ」
中には本当に鳥獣人達を竜人だと信じて攻撃してくる人もいた。けれど、大半は竜人ではないと理解しながら攻撃してきていた。
勇者も、竜は自分に倒されるためだけに存在していると豪語し、使命感で戦っているわけではないことも言っていた。
ならば、自分達が戦っている理由って何なんだ? これが本当に世界の平和のためになるのか? そう疑問に思ったと。
「見方を変えてみて思ったよ。俺達は正義の味方なんかじゃない。ただの暴力集団だってな」
迷いを決定づけたのは私が言った竜の在り方についてのようだ。
竜は世界の管理者であり、魔物が増えすぎないように管理している。人に危害を加える存在ではなく、むしろ守る存在である。自分達が魔王と呼ぶ存在は竜のリーダーであり、世界平和の要であると言う話。
もちろん、竜全部が善性の存在と言うわけではないだろう。ワイバーンのような最下位竜は知恵もあまりなく、そこらの魔物と同等だと言われても仕方がない。
でも、竜が世界を守っているというのも事実。そのことを知ってほしくて留置所でなるべく噛み砕いて説明した記憶がある。
大半の者は信じはしなかったが、マルスさんはそれに思うところがあったらしい。その後、今回の惨状を見て、自分達が間違っているのではないかと気づいたようだ。
「今更寝返ろうなんて都合のいいことは言わない。でも、これ以上奴らと一緒にいればまた腐っていってしまう気がする。だからここに来たんだ」
つまりは、これ以上過ちを犯さないうちに死のうと思ったわけだ。
ショーティーであるため、正確な年齢は測りかねるが、高めに見積もって恐らく十代後半くらいだろう。成人して間もないって感じな気がする。
この世界では立派な大人だが、前世で言うならまだ子供と言っても差し支えない年齢。前世の記憶があると言っても、その判断をするにはかなりの勇気がいることだろう。
注意深く見れば、若干体が震えているのがわかる。
今まで迫害してきた相手の前に無防備を晒す。これほど怖いことはないだろう。どれほど惨い殺され方をするかわかったものではない。それでも、それがせめてもの贖罪になると信じてこうして出てきたのだ。
「マー君……」
私がマルスさんを許すのは簡単だ。でも、それで鳥獣人達が納得するかどうかはわからない。
今回の戦闘で少なくない人数が犠牲になってしまっている。なのに、自分は助かろうとするのかと非難の声が飛んできてもおかしくない。
私達が戦った転生者達だって、命は助けたとはいえこの後殺される可能性だってある。そして、それを止める権利は私達にはない。
私達はただの部外者である。これは鳥獣人達の集落に起こった問題であり、決定権は彼らにあるのだから。
辺りが静寂に包まれる。ただ、鳥獣人達の鋭い視線がマルスさんに突き刺さっていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。