第三百五十九話:残された希望
気が付くと、私は多くの人々に囲まれていた。
お兄ちゃんやお姉ちゃん、アリアにミホさんに加え、カエデさんやミリアムさんまでもが私の顔色を窺っていた。
「みんな……?」
「良かった、目を覚ましたか!」
どうやら私はお兄ちゃんに膝枕されているらしい。抱き着いてくるお姉ちゃんの手をそっと叩きながら、状況を整理する。
どうにも、あまり記憶が明瞭ではない。
勇者と戦い、エルが私を庇って斬られたところまでは覚えている。だけど、そこから先がどうにも曖昧だ。
しかし、その過程で重要なことを思い出すと、がばっと体を起こした。
「エルは!? エルは大丈夫!?」
「ハク……エルさんは……」
私の言葉にお姉ちゃんは黙って身を引いた。開かれた視界に映るのは、倒れ伏す竜状態のエルの姿。
その雄々しい姿からは想像できないくらいぐったりとしていて、まるで死んでいるようだった。……いや、実際に死んでいる。あれは夢ではなかったのだ。
「エル……」
私はそっとエルの亡骸に近寄り、体に手を伸ばす。
あれからどれくらい経ったのかはわからないが、だいぶ身体は冷たくなっていた。あの時は人状態だったが、恐らく人化しているだけの魔力が尽きたのだろう。
もしかしたら、あれは夢ではないかと思った。記憶が曖昧だし、あんな悪夢でも夢であるなら安いものだ。
でも、実際にはそれは現実だった。エルは死んでおり、もはや動くことはない。
「なんで、なんで……」
涙が溢れてくる。
なぜエルが死ななければならないのか。エルは何も悪いことはしていない、ただ竜であるという理由だけで殺された。
それは聖教勇者連盟の教えであり、彼らにとっては竜を殺すことは当たり前なのかもしれない。でも、なぜ何もしていない、むしろ世界の平和のために働いている者がなぜ殺されなければならないのだろう。
世界平和のため? ふざけるな。世界の平和を乱しているのは貴様らの方だ。
人間如きが世界平和を語るな。異世界から人を拉致してこなければ何もできない分際で、大層な目標を掲げるな。一万歩譲って目標を持つのはいいとしても、それでこちらを巻き込むな。
エンシェントドラゴンを失うことが世界にとってどれだけの損失であるのかを知れ、そして、その家族がどれだけ悲しむかを知れ。命とは、そんな安っぽい平和の名の下に奪われていいものではない。
「ハク……」
「こんなのってないよ……」
どんなに嘆いてもエルの命は戻ってこない。
身内が死ぬというのがこんなにも悲しいことだとは知らなかった。涙が止まらない。
気が付けば勇者がいないだとか、左手が再生しているだとか、そんなことがどうでもよくなるくらい、悲しみに暮れていた。
でも、いつまでも泣いていてもしょうがない。泣いたところでエルは帰っては来ないのだから。
「……勇者は、どうなったの?」
「死んだよ。跡形もなくな」
お兄ちゃんが指さした先には何もなかった。ただただ、地面がガラス質になっている箇所があるだけで、塵一つなかった。
曰く、私がやったらしい。全然覚えていないけど、どうやら私は勇者に勝利したようだった。
勇者を倒せたことは喜ばしい。殺してしまったことに少し思うところはあるけれど、竜の天敵である神剣ノートゥングの使い手だと考えれば殺してしまった方が竜にとっては何百倍もよかったはずだ。
それに、よくわからないけれど、思ったよりも罪悪感はない。エルを殺したからだろうか、死んで当然だと思っていた。
「……ノートゥングは」
「それも消えた。多分、燃え尽きたんだろうな」
「……そう」
神剣ノートゥングは神具だ。その中でも、恐らく使われているのはヒヒイロカネだと思う。だとしたら、相当頑丈なはずだが、どうやら私の火はそれすらも焼き尽くしたらしい。
確かに、アダマンタイトの時は四重魔法陣を使うことで跡形もなく消し飛ばすことができたが、それと同じようなことをやったということだろうか。全然記憶にない。
それほどの大魔法を使ったにも拘らず魔力は全然減っていないどころかむしろ増えているし、一体私は何をしたんだろうか。
とはいえ、ノートゥングが破壊されたということは、それに捕らわれていた魂も解放されたということである。もちろん、エルの魂も。
これでエルは輪廻の輪に戻ることができ、いつの日か転生することができるだろう。それだけは救いだった。
「なあ、ハク、エルの事なんだが……」
「……」
「ああ、泣くな。そう悪い話じゃない。むしろいい話だぞ」
エルは命を落とした。しかし、その体はれっきとした竜であり、冒険者にとってはその死体は宝の山だ。
普通の冒険者であれば、喜んで解体していくことだろう。しかし、お兄ちゃんがそんなことをするとは思えない。
ならば、埋葬の話だと思ったのだが、どうもそういうわけではなさそうだ。
「ハク、もしかしたらエルを生き返らせることができるかもしれないぞ」
「……え?」
今の私は酷く滑稽な顔をしていることだろう。しかし、それだけお兄ちゃんの言葉は衝撃的なことだった。
エルを生き返らせられる? もしそれが本当だとしたら、私はどんなことだってする。
私は食い気味にお兄ちゃんに抱き着くと、続きを促した。
「どういうこと!?」
「お、落ち着け。説明するから」
首が取れるほどの勢いで肩を揺らすが、お兄ちゃんは喋らない。
私はなおも揺さぶりを激しくしようとするが、途中でお姉ちゃんやカエデさんに止められてしぶしぶ手を放した。
でも、期待は収まらない。これで嘘でしたと言ったら、お兄ちゃんと言えど許さないよ。
「こほん。お前にも話したと思うが、俺は死者を蘇らせるための方法を探していた。これは知ってるよな?」
「う、うん」
お兄ちゃんがこの大陸に来たのは、死んだと思われていた私を生き返らせるための方法を探しての事だ。それは知っている。
「そして、その方法をミホから聞くことができた。それが『輪廻転生の杯』と呼ばれるアイテムだ」
「そういえば……」
この集落に来た時、確かにそんなことを言っていた気がする。
確か、その杯を作るために鳥獣人の集落を訪れ、親交を深めている間に聖教勇者連盟の連中がやってきて身動き取れなくなったという話だったはずだ。
死者を蘇らせることができる杯。なるほど、それを使えば確かにエルを蘇らせることができるかもしれない!
「そ、それはどうやって作るの!?」
「必要なのは妖精の粉や世界樹の枝など様々だが、ある程度は見つけ出した。残り足りないのはフェニックスの羽根、そして神金属だな」
「神金属……」
神金属って、あの神金属? アダマンタイトとかヒヒイロカネとかの? だとしたら私は持っている。それも大量に。
「フェニックスの羽根は鳥獣人達が代々守り神として崇めているらしくて、この集落にもある。ただ、神金属だけはどうにも見つからなくてな……それさえあれば出来るんだが……」
「アダマンタイトなら持ってるよ」
「……何?」
私ははやる気持ちを押さえながら【ストレージ】からアダマンタイトを取り出す。
それを見て、お兄ちゃんは目を見開いた。
これで鳥獣人達がフェニックスの羽根を提供してくれれば、材料はすべて揃ったことになる。これなら、エルを復活させられる!
「……でかした!」
お兄ちゃんが私の頭に手を置いて撫でまわしてくる。それが杯を作れることの証明のように感じて、私は嬉しくなった。
エル、待っててね、すぐに生き返らせてあげるから!
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