第三百五十七話:焦り故に
先程戦ったアーネさんは植物を操る能力こそ強かったものの、動き自体は素人も同然だった。隙もかなり多かったし、私が初めから殺す気で動いていたら速攻で決着がついていたことだろう。
しかし、勇者は違う。剣を、それも二本も抱えていてなお動きにはキレがあり、隙と思って攻撃しても容易に防がれる。明らかに戦闘慣れした動きだった。
転生者が動きが鈍いというのは何となく理由はわかる。幼少の頃から聖教勇者連盟で教えを受けていたとしても、実際に魔物などと戦うのは成人かそれに近い年になってからだろう。今回出会った転生者は皆15~18歳くらいに見えたから、実戦経験が浅いと思われる。そして、その強力すぎる能力が故にまともな戦い方をしてこなかったと考えれば、動きが素人で無駄に自信のある人物が出来上がってもおかしくはない。
であれば、転移者である勇者も同じように動きが鈍いのに強いっていう人物になりそうな気がするが、この勇者は動きも洗練されている。
転生者と転移者は別物と言うことなのだろうか、それともこの勇者だけが特別なのか。勇者は聖教勇者連盟にとっての最高戦力だから、鍛え方が違うというのもあり得るかもしれない。
正直、そういう戦闘慣れした人と戦うのは苦手だ。私は魔術師としてはそこそこ戦闘経験を積んでいるが、未だに自分のスタイルと言うものは持っていない。
あるとすれば、対魔物に対して首を切り落とすっていうのがあるが、あれはスタイルと言うよりはただの横着だ。適当に水の刃を飛ばしてスパッと切る、ただそれだけ。
一応、相手に合わせて効果的な魔法の属性を模索したり、こうすれば効果的なんじゃないかと色々考えてはいるが、相手が戦闘慣れしていればしているほど私の浅知恵では追いつけなくなってくる。
間違いなく、勇者は今まで戦った中で最強だろう。しかも、竜の天敵である神剣ノートゥングまで持っている。
さて、どうやって攻略したものか。額から一筋の汗が流れた。
「流石竜人、子供でも侮れんな。でも、いつまで持つかな?」
「くっ……!」
勇者は合間合間に攻撃を仕掛けてくる。ほぼ隙間なく魔法を打ち込んでいるにもかかわらずだ。
幸い、飛ぶ斬撃に関してはそこまで脅威ではない。当たったら大惨事だが、落ち着いて躱せばまず当たることはないからだ。
それよりも厄介なのはもう一振りの剣。恐らく大剣に分類されるであろう大きな剣であるのに、勇者は平然と片手で振り回してくる。
しかも、その一撃一撃がかなり重い。一太刀振るわれる度にぶおんぶおんと風切り音が鳴り、地面にぶつかればそこを中心に小さなクレーターが出来上がる。
間違いなく、人間が受けていいレベルの一撃ではない。竜形態の私とて、受ければ吹っ飛ばされるだろう。硬質化しているとはいえ、生身の部分に受けたら斬り飛ばされるかもしれない。
それだけならまだいいが、合間にノートゥングの斬撃まで飛んでくるのがかなり厄介だ。
あの剣の攻撃は一撃たりとて受けたくない。竜に対しての呪いの剣であるあれは竜の鱗すらやすやす切り裂く。しかも、治癒を阻害する呪い付きだ。
しかも、神剣である故かウェポン系魔法で生成した武器ではまるで歯が立たない。鍔迫り合いすらできない。
攻めているのはこちらのはずなのに、合間に飛んでくるのは即死並みの攻撃。緊張で手が震えた。
「どうした? 手が止まってるぞ?」
「うるさい!」
勇者はまるで戦闘を楽しむかのように軽口を叩いてくる。いや、実際遊んでいるのだろう、あれだけ割り込めるのなら私の身体を切り裂くのなんて容易いはず。
悔しいが、そうでもしてくれないと勝負にならない。私に対する特攻を持つ剣と優れた防御力。決して私の攻撃が通っていないというわけではないと思うけど、その牙城を崩すのはかなりの時間を要する。
なんとしても、この遊びの間に隙を見つけなければならない。
『ハク、落ち着いて!』
『落ち着いてる!』
『全然落ち着いてないよ! 焦りすぎて防御が疎かになりすぎてる!』
アリアの声が頭に響く。
私が焦っている? そんなはずはない。確かに、ノートゥングを持つ勇者をいち早く処理しなくてはならないとは思っているが、だからと言って突貫しているわけでもないし、ちゃんと攻撃も避けている。焦りなどないはずだ。
今だって、こちらの攻撃を躱されこそすれ、向こうの攻撃もちゃんと対処できている。何も問題はない。
『ハク!』
『アリア少し離れてて。こいつは私がやる』
一瞬、アリアに手伝ってもらえばいいのではとも思ったが、精霊にとってもあの剣は毒だ。永遠の再生が約束された精霊がそれを封じられるのだから当たり前である。
ましてやアリアは私にとってとても大切な友達。ここで失うようなことがあってはいけない。
だから、私はあえてアリアを突き放した。幸い、姿を消しているアリアならば少し離れていれば攻撃が飛んでいくことはないだろう。
なおも語り掛けてくるアリアの【念話】を遮って、私は攻撃を続ける。
もう、特殊属性も含めて全部の属性を試した。それでも、勇者は倒れない。せいぜい、少し服が乱れてきた程度だ。
何なら効くんだこいつは! 結界を張っている様子はないのに、なぜ攻撃が通らない!
「さて、そろそろ本気出しますか。あんまり時間かけてると寝る時間が減るんでね」
その瞬間、勇者は幅広の剣の方で私の事を殴り飛ばした。なぜかそれは剣の腹を使ったものであり、衝撃こそあれど切り裂かれることはなかったが、その反面下から突き上げられるようにして跳ね上げられたため、私の身体は宙を舞った。
あまりの衝撃に意識が飛びそうになる。ちゃんと竜の手でガードしたのに、どうして……!
「それじゃ、さよならだ」
ノートゥングの飛ぶ斬撃が発せられる。空中ではあまり身動きができない。いくら直線的な攻撃と言えど、避けるのはかなり難しかった。
それでも、私はとっさに翼で羽ばたき、軌道を変える。
斬撃は先程まで私がいた場所を通り過ぎたが、私自身に当たることはなかった。
大丈夫、まだやれる。本気を出すってことはもう遊びは終わりだということだろうけど、まだ私は負けてない。
ひとまず地上に降りたら態勢を立て直すためにいったん離れよう。そう考えていたときだった。
「ま、そう来るよな」
「なっ……!?」
地上に足を付けた瞬間、私の目線と同じくらいの高さに剣筋が迫っていた。
まさか、私の動きを予測して……!?
着地の衝撃でとっさに動くことはできない。防ごうにも、相手はノートゥングだ、防御魔法や結界を張ったところで生半可なものでは貫かれる。
今思えば、地上に降りるのは悪手だった。勇者は今のところ空を飛ぶそぶりを見せていなかったのだから、体勢を立て直すなら翼を使って空を飛び、そこで考えるべきだった。
人間としての癖、竜の血こそ流れていても長年培ってきた人間としての性質が私のある場所を地上へと定めてしまった。
もちろん、平静であればきちんと空へ逃げる選択も取れたことだろう。それが出来なかったのは、ひとえに私が焦っていたからだ。
そう、焦っていた。アリアの言う通り私は焦っていたのだ。
あの時アリアの言葉をよく聞いていれば……。
後悔したところでもう遅い。もはや刃は避けられない距離にまで迫っていた。
頭を切られれば私とて無事では済まない。そして、ノートゥングの特性によって私の魂は永遠に剣に閉じ込められる。
ふと、今までの光景が蘇ってきた。前世の記憶を取り戻し、魔力溜まりでアリアと出会い、お姉ちゃんと再会し、素敵な友達に恵まれ、本当の両親に出会い、念願だったお兄ちゃんとも再び会うことができた。
こういうのを走馬灯と言うのだろうか。せっかくたくさんの人と出会ったのに、もう二度と会うことができないと思うと切ない気持ちになる。特に、お兄ちゃんとは出会ったばかりだというのにお別れと言うのは悲しかった。
もっと、早くに出会えていればよかったのに……。
後悔してもしきれない。私は自分の行く末を悟り、静かに目を閉じた。
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