第三百五十六話:神剣ノートゥング
神剣ノートゥング。神々が作り出した数ある神剣の一振りであり、元々は魂を縛り付けて敵を輪廻の輪から外すという少し変わった効果を持つ剣だった。
しかし、神々が地上を去った後、この剣を使って竜殺しを成す者がいた。その当時は竜もまだ自らの役割を理解していない者も多く、いたずらに人々を蹂躙している竜も多かった時代だったため、その男は英雄として崇められ、死ぬまでに何匹もの竜を屠ってきた。
そうしてたっぷりと竜の魂を食らった神剣はいつしかその性質を変質させ、竜に対して絶対的な傷を与えるという呪われた剣に変化していった。
その剣で殺された竜は輪廻の輪から外れ、二度と転生することは叶わなくなる。その剣で傷つけられれば、壮絶な痛みを伴い、回復することも困難で、やがて死に至る。まさに呪いの剣。
竜についての常識を学ぶ際に、そんなことをエルに教えられた気がする。まさかこの目で見る日がこようとは思わなかったし、その剣によってエルが傷を負うなんて考えたこともなかったが。
とにかく、あの剣は竜にとっては猛毒だ。竜の血が入っている私も同じくだろう。だから、こんなに怖いんだ。
でも、私は立ち上がる。幸い、エルの傷は急所を外れている。治療すればまだ助かるかもしれない。
呪いの剣で切られた以上は気休めにもならないかもしれないが、とりあえず治癒魔法をかける。そして、勇者の方へと向き直った。
「なんだお前は。その竜の知り合いか? そんなところにいたら一緒に叩き切っちまうぞ」
「そんなこと、させない!」
私は即座に業火を出現させ、勇者を飲み込んだ。
あれは生かしておいてはダメだ、あれは排除しなければだめだ。頭の中で恐怖と怒りがないまぜになって埋め尽くされていく。
ノートゥングだけはどうあっても消さなくてはならない。竜のために、エルのために、ここで呪いを断ち切らなければならない。
殺しはダメだって囁く自分もいた。しかし、本能的な恐怖の前ではそんなもの何の気休めにもならない。
確かに勇者はどうでもいい。でも、それを扱うことができるのなら、竜にとっての最大の敵である。ならば消す。塵も残さず、灰も残さず、その魂に至るまですべてすべて焼き尽くす。
「なんだ、抵抗する気か? まあいいぜ、遊んでやらぁ」
完全に不意を突いたにもかかわらず、勇者は平然と業火の中から出てきた。
躱したわけではないだろう。そんな気配はなかった。であれば、防いだか。
手加減なんてしている場合ではない。全力で行かなくてはこちらがやられる。
「なんか妙な気配がするな。もしかして、あんたも竜人だったりするのかい?」
勇者の問いに答えるというわけではないが、私は即座に竜の力を解放した。
背中から巨大な翼を生やし、尻尾を生やし、鋭い爪を持つ手足を生成する。
目に身体強化魔法をかけるのも忘れない。ここから先、勇者の一挙手一投足まで見逃さないように集中する。
抑えられていた魔力が解放され、全身を巡っていく。また魔力が増えただろうか、予想よりも高揚感が強い。
私は即座に魔法陣を生成すると、勇者の頭上から雷を落とした。
「それが答えか。まあいい、竜人が相手だっていうなら俺の仕事だ、真面目に相手してやるよ」
勇者が幅広の方の剣を掲げると、勇者の身体が赤いオーラで包まれる。
恐らく、身体強化系の魔法に類似したものだろう。先程よりも鋭い殺気が突き刺さってくる。
そちらの方の剣はそこまで警戒すべきではない。竜の威圧を封じられるのは厄介だが、それだけならそこまで脅威ではないからだ。
やはり注意すべきはノートゥングの方。できれば刃を交えることすらしたくない。全部躱せるといいが。
「ハク、今加勢を……」
「お姉ちゃん達は来ないで!」
「なっ、で、でも……」
「これは、私達竜の戦いだから」
竜に特化した呪いの剣とは言え、その切れ味は神剣だけあってかなりのものだ。正直、一発でも当たれば人間などバラバラになってしまうだろう。ミスリルの剣で受けたとしても、どこまで耐えられるか。
だから、そんな危険な場所にお姉ちゃん達を巻き込むわけにはいかない。これは、私だけでけりをつける。
「竜人でなく竜と来たか。そっちの竜の子供ってところか? まあ、竜だというなら名乗りくらいは上げてやろう。俺は竜二、上条竜二だ。お前は?」
「……ハク」
「ハクか。まあ、お前を殺した暁にはせいぜい派手に語り継いでやるさ。エルとハクっていう親子の竜を倒したってな」
そう言って笑う勇者。やはり日本人らしい、どこにでもいそうな名前だ。
なぜ彼が勇者として召喚され、類稀なる力を持っているかはわからない。でも、その剣を持つことだけは認められない。
こいつはここで倒す!
「さて、まずは小手試しと行こうか」
勇者はそう言って一歩後退ると、それと同時にノートゥングを振るう。
先程と同じように斬撃が飛び、私目掛けて直進してきた。
正直、まだ怖くはある。あの剣を見ているだけで、足がすくんで動けなくなりそうになる。でも、エルを傷つけられて黙っていられるほど私は臆病ではない。
震えそうになる足を叱咤して横に飛びのき、斬撃を躱す。
飛ぶ斬撃と聞くとかっこいいが、所詮はそれだけの事。動きも直線的だし、避ける分にはそこまで難しくはない。エルが避けられなかったのは巨体だったせいもあるだろうが、ノートゥングの威圧効果もあったからだろう。
私は竜ではあるけれど、身体は精霊だし、それも人間寄りである。だから、ノートゥングの威圧もそこまで強いわけではない。
大丈夫、落ち着いていれば十分避けれる。慎重に行こう。
「はっ!」
私はお返しとばかりに数十本にも及ぶ炎の槍を叩き付けてやる。
しかし、勇者は冷静に剣を振るうとそのすべてを叩き落とした。
流石勇者と言われるだけはある。恐らく人族の中では最強だろう。防御力だって桁違いだ。
恐らく、ノートゥングの効果もあるのかもしれない。私の性質が竜だから、それに対する防御能力まで発揮されているのかもしれない。
でも、私は完全な竜ではないから、少しくらいは効いているはずだ。そう信じて攻撃するしかない。
私は続けざまに水の刃を生成し放つ。それと同時に雷を生成し、同時に着弾するように放った。
水は雷をよく通す。同時に決まれば相当なダメージアップに繋がるはず。そして、それらはただの現象に過ぎない。竜と言う私の性質も少しは薄れるかもしれない。
「火に雷に、お次は水と来たか。エルは氷竜だったようだが、お前は何だ? 三属性も持ってる竜なんて聞いたことないんだが」
「答える義理はありません」
喋りながら平然と剣を振るい、水の刃も雷も叩き落す。
流石神具と言ったところか、魔法すらも切るとはまるでルナさんのようだ。
あの時と同じと考えればそこまでの絶望感はない。なぜなら、あの時は仕込みがあったとはいえ普通に勝てたから。
勇者とはいえ、この勇者はお父さんを苦しめた最強の勇者とは違う。人が変われば強さも変わる。その神剣を握れようとも、すなわち竜が絶対に勝てないという証明にはならない。
私は魔法を放ち続ける。何度防がれようと、何度切り裂かれようと、今はそれが最善だ。
勇者と言う男を分析するには時間が必要になる。その時間を稼ぐためにも、足止めができるのならそれでいい。
私は魔法を放ちながら、その動きを見定め続けた。
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