第三百五十四話:ハクVSアーネ3
「知っているかい? 正義の味方は最初はピンチに陥るものだけど、最後はきちんと逆転して悪を倒すんだ。転生者なら、それくらいの知識はあるだろう?」
「まあ……」
詳しくは知らないが、そういう巨大な悪に立ち向かう正義の味方と言うのは最初は敵の罠にはまったり単純な実力差によってピンチに陥るものだ。そして、そこから仲間が駆けつけたり力に覚醒したりして逆転し敵を倒す。まあ、いわゆるお約束の展開と言う奴だ。
アーネさんが正義の味方だとするならば、今まさに私に追い詰められているピンチな状況。つまり、ここから逆転する用意があるということだろう。
でも、一体何をするつもりだろうか。地面に手を付けようものならその瞬間出てきたものを焼き尽くせるし、背後を取ったところで探知魔法とアリアの手助けがある私にはそんな奇襲は意味をなさない。
それに正直言って私は凄く手加減してる。さっきから放っている範囲魔法だって相当抑えめだ。本気でやったらここら一帯が焦土と化すだろう。
まあ、今の私が全力だと思っているんだとしても、植物を操る能力だけではこの状況を脱することはできないように思う。
私は油断なく構え、いつでも魔法が発動できる状態にした。
「今がまさにその状況さ。僕はここから君を倒し、君は死ぬ。遺言があるなら聞いてあげるよ?」
「死ぬ気はないのでいいです」
「そう。なら、これで終わりだ」
そう言って地面に手をつくと、再び茨の束が襲い掛かってきた。
なんてことはない、さっきと同じ茨攻撃だ。これなら即座に焼き尽くせる。私はそう思って手を掲げ、範囲魔法を放つ。
しかし、その瞬間、手が勝手に動いて私に顔に向いた。発動しかけだった魔法は止めることが出来ず、そのまま私の顔に向かって範囲魔法が放たれる。
「ははは! どうだい、自分の魔法でやられる気分は? 君は気づかなかったようだが、僕の放つ植物はみんな種を持っていてね、何らかの理由で破られた時に種を飛ばすのさ。そして、その種は僕の意思でいつでも発芽させることができる。もちろん、君の身体にもたっぷりとついていたよ、種が」
「……」
「そして、人体について発芽した植物はその人物の身体を操ることができる。寄生虫のようなものさ。後は君の魔法に合わせて自爆を誘ってやれば簡単、君は哀れ自爆して命を落とすってわけさ」
「……」
「いくら相性が悪くても体を操られてしまえば抵抗しようもないよね。殺すには惜しいくらい可愛かったけど、勇者が言うなら仕方ない。案外楽しめたよ」
……なにやら一人で色々説明してくれているが、別に私は死んでないんだけどな。
そりゃ、確かに火属性の範囲魔法ともなれば加減していたとしても相当な威力だ。生身の人間が食らったら一瞬で灰になるだろう。
だけど、生憎私は人間ではない。魔力生命体である精霊の身体である。
精霊は魔法に対して高い耐性を持っている。体が魔力でできている分、魔力に対しての抵抗値が高いのだ。もちろん無傷とはいかないが、せいぜい体の端々が焼け落ちる程度。
服はもちろん焼き尽くされて裸だし、その肌も真っ黒だから傍目には生きているようには見えないだろうが、原形が残っている時点で察してもいいとは思う。
幸いと言うかなんというか、とっさに片手で顔を庇ったので顔自体はそこまで損傷はない。大きな損傷は左腕の肘から先がなくなっているくらいだ。
十分大怪我ではあるが、これくらいなら治癒魔法をかけておけばすぐに治る。
「さて、必要ないとは思うけど援護に行くとしようか。それとも、もう終わってるかな?」
「……させませんよ」
私は倒れたままの状態で魔法を発動し、地面すれすれに水の刃を放った。
私とて、ここまでされたら流石にイラッと来る。お姉ちゃんが買ってくれた服もなくなってしまったし、少しくらい反撃しても罰は当たらないだろう。
まあ、その反撃は容易に両足を切断する威力であったが。
「……は?」
アーネさんの歩みが止まる。何気なく踏み出した足は足首から先がなく、赤黒い断面を覗かせている。
一思いにスパッと切ったからその断面はかなり綺麗だ。だが、それ故すぐには状況が飲み込めないようだった。
しかし、次第に感覚が戻ってきたのか、アーネさんはこの世のものとは思えないような叫びを上げた。
「ぎゃぁぁあああああ!?」
その場に倒れ伏し、のたうち回る。暴れ狂う本体とは裏腹に、分けられた足先は綺麗に揃えられて微動だにしなかった。
私はとりあえず起き上がり、自分の身体を確認する。
誤爆攻撃は顔に向かって放たれたため、下半身に損傷はあまりない。それでも余波で服はすべて焼け落ちてしまったため、今は全裸だ。顔も左手で庇ったおかげかそこまで傷はなく、少し髪が焦げてしまった程度。左手の肘から先がなくなっている以外は被害は服だけで済んでいるようだ。
私は【ストレージ】から適当な服を取り出して羽織る。流石に全裸は体裁が悪いからね。予備を持っていてよかった。
「痛い痛い痛い! 何が、何が起こったんだ!?」
「ただ足を切り離しただけで大袈裟な」
「なっ!? き、君は死んだはずじゃ!?」
「まあ、死にかけましたけどね」
もし全力でやっていたらもしかしたら消し飛んでいたかもしれない。竜状態なら耐えられるかもしれないけど、生身だと流石に厳しい気がする。
うーん、もう少し防御面の心配をするべきだろうか。頑丈とは言っても、転生者みたいな奴を相手にするとなるとちょっと力不足かもしれないし。
アーネさんはのたうち回りながら必死に後ずさりしている。どうやら私が怖いらしい。ようやく心が折れてきたかな?
「そ、そうだ、また操作すれば……」
「残念ですけど、その手はもう通じませんよ」
さっき身体を調べた時、すでに怪しげな魔力反応は取り除いてある。と言うか、自爆によってほとんどが自滅したみたいだけど。だから、私がまた操られるということはない。
種が割れてしまえばこんなものだ。植物を操る能力さえなければ相手はただの一般人に過ぎない。いや、多少は頑丈かもしれないな、足切り落としてもまだ喋る元気があるようだし。
「き、君は一体何者だ!? 人間じゃなかったのか!?」
「さあ、それはあなたの想像にお任せします」
「く、来るな! 来るなぁ!」
「降参してくれるならもう何もしませんよ。降参してくれますか?」
「する! するから助けてくれぇ!」
何とも呆気ない。こんなことならさっさと足を切り落としておけばよかった。
いやまあ、部位欠損は治せないわけではないけど、治すには時間がかかるからあんまりやりたくなかったって言うのはあるんだけど。でも、斬った先が残ってればすぐにくっつけられるし、思い切ってやってもよかったかな? まあ、今さらか。
とりあえず、暴れられては治療もできないので闇魔法で眠らせる。ついでに闇の鎖でがんじがらめにして拘束しておけば起きても何もできないだろう。
足をくっつけた後、ふぅと息を吐く。いや、こんなことしてる場合じゃないか。早いところ援護に行かないと。
そう思って辺りを見回すと、いつの間にか巨木はなくなっていた。どうやら、術者が気絶したことによって効果が解除されたらしい。それぞれの先には、黒色の箱の前で蹲っているお兄ちゃんと、泣きじゃくる少女に背を向けているお姉ちゃんの姿があった。
「「ハク!」」
二人は私の姿を認めるなり、即座に走り寄ってくる。
お姉ちゃんの方はそこまで怪我は見られないが、お兄ちゃんの方は酷いものだった。
私は即座に治癒魔法をかけて安静にするように言う。
一体どんな無茶をしたのか……生きていてよかった。
私は二人の無事を喜び、ぎゅっと二人に抱き着いた。
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