第三百五十三話:ハクVSアーネ2
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「……僕は夢を見ているのかな? こんな小さな子が上級魔法を? そんなまさか……」
「夢でもなんでもないですよ」
どうやら私が範囲魔法を放ったことは思ったよりも衝撃的だったらしい。動揺を隠そうともせず、驚愕に目を見開いている。
確かに、私は見た目10代にも満たないような幼女だし、成人前の子供は魔力がまだ体に馴染んでおらず、そんな強力な魔法は使えないというのが通常の認識だ。
もちろん、魔法学園に通う生徒の中には優秀な者も多いけど、それでもできて中級魔法が限界。上級魔法を使う子供などエルフくらいなものだろう。
だから、アーネさんが驚くのはわかるけど、だからと言って呆然としすぎじゃないだろうか。もし私が殺す気だったらとっくに焼き尽くされていると思うんだけど。
「い、いや、この世界の子供が僕達転生者に勝てるはずがない。大丈夫、落ち着いていこう」
しばらくして納得したのか、アーネさんは再び茨を準備する。
ここでアーネさん自身に攻撃するのは簡単だ。だけど、それだけではアーネさんを屈服させることはできないと思う。
人って言うのは、ただやられるだけじゃ心を折ることはできない。完膚なきまでに、手も足も出させずにぼこぼこにして、それを何度も繰り返してようやく屈服させることができる。
セシルさんの時は竜の威圧を使って簡単に終わらせたけど、あれを使わないなら圧倒的な力を見せつけるしかない。今は竜の威圧も効いていないようだしね。
であれば、私のやるべきことはただ一つ。すべてにおいて完膚なきまでに勝つこと。
相手が攻撃してきたなら全て往なし、防御してくるのならそれを貫通し、避けるのならば先回りする。正直、そこまでできるかわからないけど、さっきの感じを見る限り攻撃を全て往なすことくらいは簡単にできそうだ。
もちろん、だからと言って油断していいわけじゃないけど、いざとなれば竜の力もある。出来るだけ早く決着を付けたいのは山々だが、ここは地道にやっていくことにしよう。
『ねぇ、アリア』
『なに? 助けは必要?』
『いや、それはいいけど、もし私がやりすぎるようだったら止めてくれる?』
念のため、保険もかけておく。アリアに任せておけば、少なくとも殺すことはないだろう。
アリア自身は人間をよくは思っていないだろうけど、私が殺すことによって私が落ち込むことは目に見えているだろうから、わざと殺させるようなことはしないはずだ。
見えないアリアにちらりと目配せをした後、再び茨を焼き払う準備に入る。
さて、どこまで持つかな?
「ば、馬鹿な……ありえない……」
そうしてしばらく経過した。茨による攻撃は出始めを狙ってすべて焼き尽くし、ならばとパターンを変えてきた奇襲攻撃も華麗に往なし、胞子のような粉を飛ばしてきた時も風魔法ですべて吹き飛ばし、完璧に攻撃を止めてみせた。
アーネさんは愕然とした表情で立ち尽くしている。よほど自信があったのだろう、その表情は絶望に染まっていた。
「な、何なんだ君は!? ただの子供が僕の攻撃をこんなに防げるわけ……」
そこまで言いかけて、アーネさんははっとしたように目を見開いた。
「……なるほど、君も転生者なんだね? おかしいと思ったんだ。ただの子供が上級魔法をポンポン放てるわけない。つまり、僕と同じ転生者で何か特別な力を授かってるというわけだ」
ようやく合点がいったと言わんばかりににやりと口元を歪ませる。
まあ、その答えは当たらずとも遠からずだ。実際私は転生者ではあるが、彼らと同じというわけではない。私は転生の際に神様とやらに会った覚えはないし、特別な力も貰っていない。ただ、体が精霊であり、竜の力を持っていたがために常人よりちょっと魔力が多くて体が頑丈なだけだ。
「さしずめ魔力無限と言ったところかな? しかも火属性使い。僕には相当相性が悪い相手だ」
「なら、降参してくれますか?」
「まさか、僕は正義の味方だよ? いくら同じ転生者とは言っても、世界に仇名すような輩を生かしておくわけにはいかない」
正義の味方とは、言いえて妙だ。その矛先が竜人排除に向かっていなければ完璧だっただろう。
転生なんて、前世ではちょっと本屋を覗けばそれにちなんだ題材の小説なんてたくさんあった。彼らは皆主人公であり、それぞれの思想に沿って自分なりの正義を実行してきた。
それと似たような境遇である今、自分は主人公であり、自分が成すことは正義なんだと思うのは仕方がないことなのかもしれない。でも、主人公が常に正しくあり続けるとは限らない。
もしかしたら、アーネさんは本当に自分が正義の味方だと思っているのかもしれない。聖教勇者連盟の謳う世界に仇名す種族である竜人を排することが世界平和に繋がるのだと本気で信じているのかもしれない。
でも、竜の目線を知る私から見ればなんて馬鹿なことをしているんだろうと思うわけで、結局のところ見方一つで正義の在り方なんて変わっていく。
まあ、竜の役割を世界に広められていない私にも責任はあると思うけどね。
「あなたはなぜ、私が世界に仇名す敵だと思うのですか?」
「当然だろう? 竜人に与する者は皆敵だと教えられた」
「では、なぜその教えが真実だと思うのですか?」
「そりゃあ、聖教勇者連盟は世界平和のための組織だろう? そんな彼らが言うのだから、当然じゃないかい?」
「無実の人を殺すことが本当に世界平和に繋がると、本当に思っているんですか?」
「むっ、妙なことを言うね。無実も何も、彼らは魔王に与した邪悪な種族じゃないか」
「それはいつの話ですか? もう700年も前の話でしょう? 未だに人族に対して敵意を持っている竜人が今までにいましたか?」
竜人はその生まれからして謙虚な者が多い。たとえ自分は何もしていなくても、先祖がやってきたことに罪悪感を覚えて、可能な限り人に尽くそうと考える者が多数を占める。だからこそ、不要に町には近寄ったりしないし、人目を気にして翼を隠そうとする者もいる。迫害されても、決して反撃せず、追われれば戦うのではなく逃げる。
もちろん、そんな人ばかりではないかもしれないが、大半の竜人はそういうタイプだ。そんな竜人が世界に仇名す敵? ちゃんちゃらおかしな話だ。
そもそも、竜人は竜から生まれた子だ。つまり、竜が親である。であれば、そんな竜人を攻撃すれば親である竜が出張ってきてもおかしくはない。
竜人ばかり殺して竜に対してはほとんど何もしていない連中が竜に対抗できるかと言われればそんなことはないだろう。今回引き下がらなかったのが不思議なくらいだ。
危ない橋を渡っているという自覚がない証拠。その気になれば竜にだって勝てると思っている証拠だ。
「敵意を持っていないからと言って過去の罪が清算されるとでも? そもそも彼らは魔物だ。魔物を倒すのに理由なんていらないだろう?」
「彼らは人族ですよ。竜と人族から生まれた子なのですから」
「だとしても、関係ないことだ。いつまた魔王を復活させるかわからない存在を生かしておくなんて危険すぎるし?」
「そもそも、その魔王って言うのが間違いなんですけどね。あなた達には言ってもわからないでしょうが」
竜は世界の管理者であって人族に危害を与えるような存在ではない。魔王と言う存在がいたとしても、竜がいる限りそれはほんの一時の脅威でしかない。むしろ、聖教勇者連盟のしていることは魔王を排除するのに邪魔なのだ。
言って聞かせたところでどうせ彼らは信じないだろう。もしそれが叶う場があるとすれば、聖教勇者連盟、ひいてはセフィリア聖教国との戦争を意味する。
ダメ元ではあったが、やはり説得は無理な様子。でも、アーネさんとて私に勝てないことはわかっただろう。それなのに、一歩も引く気配がない。
まだ何か隠し持っていそうだ。私は警戒しながらも悲しげな瞳でアーネさんを見つめた。
感想、誤字報告ありがとうございます。