第三百五十二話:ハクVSアーネ
主人公の視点に戻ります。
最初は転生者なんて数えるほどしかいないと思っていた。
私は特殊な例だとしても、アリシアやテトさんの例を見る限り、ほんの時たま神様が気まぐれを起こして、異世界の魂をこの世界に呼び込んでいるのだと思っていた。
しかし、実際には相当な数がこの世界に降り立っている。しかも、彼らの年齢層を見る限り、ここ10~30年の間に集中しているようだった。
その時期に何かがあったのか、それともただの偶然なのかはわからない。でも、元々この世界には合わない価値観を持っていて、且つ一人でも十分に戦える戦闘力を持っていると考えると、転生者と言う存在はあまりにも危険だ。
今こうして集落を襲われていることからもわかる。たとえ誤解だったとしても、力ある者の前では意見は捻じ曲げられてしまう。だから、転生者は一か所に集まるのではなくばらける、あるいは集まったとしたならそれを監督する立場の者は常に世界に公平でなければならない。
聖教勇者連盟はとてもじゃないがその条件を満たしているとは思えない。世界平和を謳ってはいるが、結局のところやっているのは一部の種族の排除だ。しかも、とんでもない冤罪を内包したものである。
聖教勇者連盟に楯突けば世界の敵とみなされて攻撃される。だから、たとえ聖教勇者連盟が間違っていたとしても止める者は誰もいない。そして、転生者達は聖教勇者連盟が正義だと信じ、何でもないように平然と殺人を犯す。
だから、きっと誰かが変えていかなければならない。そのためには、聖教勇者連盟の柱たる転生者、そして勇者をどうにかする必要があるだろう。
彼らのかけられた洗脳にも近い思想を解く手段はわからない。しかし、だからと言って殺してしまうのは私の倫理に反する。
ならばどうするか? 殺さない程度に痛めつけて言うことを聞かせるしかない。
恐怖で人を縛り付けるなんて悪役のやることかもしれないが、一度自分達が間違っているってことを自覚させないといつまで経っても変わらないだろう。そのためには、心を折り、自分達が本当に正しいことをしているのかどうか疑問を持たせる必要があるのだ。
もちろん、私自身のこの考えが合っているという保証もないし、やっていることはただの脅迫でしかない。私は彼らの上に立つような立派な人間ではないし、引っ張っていけるだけのリーダーシップもないだろう。だけど、それでも、同じ場所からやってきた同胞が間違いを犯している姿を黙ってみている事はあまりしたくなかった。
「こんな子供が相手とはねぇ。外れを引いちゃったかな」
私の目の前に立ち塞がる男は頭を掻きながらそう独り言ちた。
お兄ちゃんとお姉ちゃんを分断し、茨を操る転生者。いや、実際に転生者かどうかはわからないけど、地面に手をついただけで自在に植物を操る能力なんて今まで聞いたこともないから恐らく転生者で間違いないだろう。
防寒着に身を包んではいるが、覗いている顔や手には刺青のような黒い模様が入っており、かなり不気味だ。いつかかけられた呪いの文様を思い出す。
私はじりっと一歩引き、少し様子を見ることにした。
「こんな小さな女の子まで戦わせるなんて、竜人は卑劣な奴なんだね。そりゃ殲滅されても文句は言えないわ」
「彼らは竜人じゃないです。それに、私は私の意志でここにいます」
「ほぉ、何とも気の強いお嬢さんだ」
今のところ判明しているのは、地面に手をつくことで茨や巨木を発生させることができるということ。
恐らく、植物を操るとかそういった能力だろう。あまり聞いたことはないが、創作の世界では割とありふれた能力だと思う。
ただ、どの程度操れるかによって脅威度はかなり変わるだろう。さっきまでやっていたように茨を鞭のように動かして相手を絡めとる、程度の動きならまだ対策のしようはある。だけどもし、それ以外にも何か隠し持っているのなら警戒しなくてはならない。
「それなら、ここで僕に殺されても文句は言わないね?」
「殺されるのはごめんです。ですが、私はあなたを殺したくはない。出来ることなら、交渉を望みます」
「残念ながらそれは無理だよ。勇者が直々に殲滅しろと言っているからね。この場にいるすべての生き物は僕らの敵なのさ」
やはり、エルが今相手にしている人物は勇者らしい。
勇者の情報はそこまでないが、転生者と同じように類稀なる力を持ち、神具を自在に操ることができるとかなんとか。私より遥かに強いお父さんでさえ苦戦したのだから確実に私より格上だろう。
エルもどこまで耐えられるかわからない。早く援護に行きたいが、お兄ちゃん達も心配だ。
だが、何にしてもまずはこいつを倒す必要がある。殺さずに無力化となると結構難しいが、やるしかない。
「あ、そうそう、名乗っていなかったね。僕はアーネ。聖教勇者連盟に所属する植物マスターさ」
「そうですか。私はハクです。よろしくお願いします」
「さあ、そろそろ始めようか。一応は魔術師なんだろう? なら、少しは僕を楽しませてくれ」
「はい、あなたはここで止めます」
「それじゃ……まずはこれはどうかなっ!」
そういうや否や、勢いよく地面に手をつけると、その瞬間太い茨が複数本束になって襲い掛かってきた。
私はとっさに飛びのいて躱すが、茨は意思を持っているかのように方向を変え、私を追尾してくる。
本当に茨自身が意思を持っているのか、それともアーネさんが操っているのかは知らないが、少し面倒そう。
「はっ!」
ひとまず、水の刃を放って茨をバラバラに切り裂く。耐久力はそこまでないのか、一瞬で茨は粉々になったが、いかんせん数が多い。すぐに代わりの茨が伸びてきて私を拘束しようと迫ってくる。
切り裂くだけでは効果が薄いかもしれない。となれば、次はこれだ。
私は一瞬だけ後ろを振り向くと、その瞬間に巨大な火の玉を放った。
「おっと、火魔法が使えるのか。少し厄介だね」
植物系の魔物は総じて火に弱い。ならば、同じ植物である茨も火に弱いのではないかと思ったのだ。
予想通り、茨は焼き尽くされ、残った茨にも火がついている。これならしばらくすればすべての茨が燃え尽きることになるだろう。
しかし、そう簡単にはことは進まないようだった。
「だけど、それくらいじゃあ僕の茨は止められないよ」
あいつは一度茨を引っ込めて地面に引き戻すと、すぐさま新しい茨を差し向けてきた。
新しい茨を作り出したのか、それとも土をかぶせることによって鎮火したのかはわからないが、これでまた振出しに戻る。
「ふふ、逃げられるかな?」
さらに本数を増やし、本格的に拘束しようと迫りくる茨達。
あれには本数制限のようなものはないんだろうか。流石に何の消費もなしにってことはないだろうが、あれをすべて燃やし尽くすのは少し骨が折れそうだ。
いや、まあ、出来ないことはないんだけど、あんまり派手にやるとアーネさんにまで被害が及びそうでちょっと怖い。
魔物と違って人族はその属性の魔法が得意であっても身体自体の属性はなし、つまり無属性であることが多い。だから、植物を操るからと言って火がよく効くってわけではないと思うけど、やっぱり少し心配ではある。
一応、知っている限り転生者は体力も魔力も比較的多い。だから、たとえ上級魔法であっても当たり所が良ければ普通に助かる可能性の方が高い。
うーん、ちょっと控えめに放ってみるか? 方向に気を付ければ案外大丈夫かもしれない。
「……せやっ!」
私は試しと言わんばかりにアーネさんを巻き込まないように方向を変えると、上級魔法である範囲魔法を放った。
火属性の範囲魔法は相当威力が高い。基本四属性の中で火属性は最も火力があるとされており、それの範囲魔法ともなれば一軒家が一瞬にして燃え尽きるほどの火力である。
迫りくる茨は一瞬にして業火に飲まれ、そのすべてが灰と化した。すべてまとめて焼き尽くしたので追撃もやむ。アーネさんに被害は……多分なさそうかな? よかった。
まあ、茨をすべて消したからと言ってまたすぐに追撃を出せるだろうから意味はないかもしれないけど、これは実験だしね。
何か信じられないものを見たという顔でぽかんと口を開けているアーネさんを見ながら、どうやって屈服させようか思案した。
感想ありがとうございます。