第三百五十一話:サフィVSプラーガ3
主人公の姉、サフィの視点です。
「ぎゃぁぁあああ!?」
辺りに甲高い悲鳴が広がっていく。
背後を取られたと瞬時に理解して自分を加速させ、距離を取ったのは褒めるべきだが、ある程度の距離を取って私の方をわなわなと肩を震わせて見つめているのは悪手だろう。
まあ、いきなり相手が自分より速くなったなんて信じられるわけないだろうし、無理もないことかもしれない。私だって、最初抜かれた時は絶望したしね。
私は血に濡れた双剣の一振りを軽く振り、血を払う。
手ごたえ的には案外浅かった。と言うのも、私自身まだこのスピードに慣れておらず、視界がぐらついてしまったというのが原因の一つに上がる。
プラーガの攻撃を見切れたことからもわかるように、私の動体視力は相当上がっているらしい。
恐らく、【加速】の再定義による賜物だと思うが、その優れた動体視力をもってしても私の速度は見切れないのだ。
私は自分の限界を切り捨てた。神速より速く、光速でありたいと願った。しかし、実際に光の速度がどの程度かは知らない。
光速と例えたのは、ただ単に自分の使う魔法が自分より速かったからそれくらい速くなれたらいいなと思っただけの事だ。
先程までプラーガの移動を瞬間移動かと思っていたが、今度は自分が瞬間移動しているかのような錯覚に陥る。あまりに速すぎて制御できないって感じだ。
これは、ちょっと練習しないと使いこなせないかもしれないね。
「な、なぜ! どうして!? なんで私より速く……!」
「そうあれと願った。ただそれだけの事」
「そんな単純なことで速くなれるわけないじゃない! 私の能力は秒速数百キロ単位まで制御できるのよ!? 人間がそれを超えるなんてありえない!」
「でも、私はそれを超えた。それだけのことよ」
正直、秒速数百キロなんて言われてもよくわからない。とてつもなく速いんだろうなと言うことはわかるけど、私の速度には追い付けなかった。
ならば、そこまで気にする必要はない。もはや、プラーガの加速減速は脅威ではない。
「くっ、この! 死ねぇ!」
「おっと……」
馬鹿正直に正面からやってくるプラーガを前に、回避しようと少し足を運ぶ。すると、その一足で数百メートル以上離れてしまった。しかも、勢い余ってよろける始末。
やはり速すぎる。きちんと制御しなければ、いらぬ場所でトラブルを生みそうだ。
昔、足の速さを生かして配達人の仕事を請け負ったことがあるけれど、今なら一瞬で届けられる気がする。
「ど、どこ!?」
「こっちだよ」
普通に歩いて近づいていくと、今度は超加速することなく普通に歩くことができた。
どうやら、瞬間的に反応する場合は超速度を無意識のうちに出してしまうらしい。
背後を取られたとしても瞬時に離脱できるなら確かに便利ではあるが、距離が問題だ。離れすぎてしまっては戦闘中はあまりよくない。
よし、少し練習するとしよう。ちょうどいい練習相手もいることだし。
「私と遊んでくれたんでしょ? なら、今度は私が遊んであげる」
「ふ、ふざけないで……!」
プラーガが切りかかってくる姿はこうしてみるとまるで素人だった。
私も速さに任せて相手の裏を突くという単純な動きをしていただけだから人のことは言えないが、プラーガはまず足運びから違う。
一応走ってはいるようだが、その動きはまさに女児のそれだ。恐らく、碌に運動などしていなかったのだろう、あれだけの速さを持ちながら、足運びはまるで素人だった。
ナイフの持ち方に至っても両手で握ってはいるが、煌びやかな装飾が邪魔をしてしっかり握れていない。見るからに、あれは観賞用の短剣であり、とてもじゃないが戦闘向きではなかった。
こうして冷静に見る時間があるからこそわかる相手の素人さ。なるほど、これでは強者には見えないだろう。私の目は間違っていなかったわけだ。
彼女が強いのはその圧倒的な速さを得る加速や相手を減速させることによる時間操作。それは確かにもの凄い長所だし、実際ほとんどの相手はそれだけで倒せるだろう。
しかし、いざその速さを超えられたらどうしようもない。私がそうであったように、一芸特化ではそれを破られた時にどうしようもなくなるのだ。
竜達には感謝しなければならないだろう。私はようやくそれに気づくことができた。これからはもっと速さに頼らない戦い方も学ぶことにしよう。
「な、なんで! なんでよ! 加速も減速も両方使っても追いつけないなんて、ありえない!」
「私に聞かれても困るよ」
もし仮にプラーガが私と同じように【加速】のスキルを持っていたなら、私と同じように願えば私と同じ速度に至れるかもしれない。でも、プラーガのそれは【加速】とは違う。故に、そんな奇跡は起こらない。
もし仮に、この場で【加速】を修得できたとしても、それを確認しているだけの余裕はもはやないだろう。
とはいえ、相手を甚振るような真似はあまりよろしくない。私はそこまで外道ではないのだ。
「そろそろ、終わらせてあげる」
「い、いや、来ないで!」
必死に逃げようとするプラーガ。しかし、どれほど距離を取ろうとも、今の私はそれを瞬きの間に詰めることができる。
有言実行とばかりに間合いを詰め終え、剣を振り上げる。これで終わり、これでハクの脅威はいなくなる。
私は勢いよく剣を振り下ろし……寸前でピタリと止めた。
なぜ止めたのか、それは私にもわからない。しかし、剣を振り下ろす間際、唐突にハクの顔が浮かんだのだ。
ハクは転生者であり、この世界とは別の世界からやってきた。そしてそれは、今目の前にいるプラーガにも当てはまる。
ハクは同郷の者を殺すのを嫌がっていた。いや、そもそもハクは人殺し自体を忌避していた。
もちろん、真っ当な人間であれば人殺しはよほどの理由がない限りは悪いことだと思っているし、ハクもその一人なのだと考えれば納得はいく。しかし、ハクは味方はおろか、敵にすら慈悲を与えようとする。
直近で言えばエルフの国の賢者。数十年に渡って不正をやらかし、国を乗っ取ろうとした極悪人だ。しかし、ハクは止めを刺せたにも拘らずそれをせず、裁判によって公平に裁かせた。
まあ、結果的には処刑されたから結果は同じとはいえ、ハクは善人だろうが悪人だろうが等しい命だと考えているようだ。
それなのに、姉である私が人殺しをしてしまってもいいのだろうか?
もちろん、私は今までにも幾人もの人を殺している。とは言っても盗賊ばかりだが、それでも人を殺めていることには変わりない。
今更姉面して人殺しは悪いことだからしちゃいけませんと堂々と言える立場ではないのだ。
でも、それでも、ハクが望むのなら殺さずに生かしておくべきではないだろうか。
プラーガの能力は極めて危険だ。私ですら追いつけなかったほどの速さなのだから、プラーガに速度で対抗できる者は恐らくこの世にはいないだろう。プラーガがその気になれば、大量虐殺なんて朝飯前だ。
聖教勇者連盟は世界の平和を守る組織ではあるが、裏ではこうして罪もない人を殺して回っている。こんな危険な人物を生かしておくくらいなら、殺してしまった方が救われる命は多いかもしれない。
でも、だからと言ってプラーガを殺したからと言ってどうにもならない命もある。
人は簡単に死ぬ。魔物に食われたり、盗賊に襲われたり、災害や暗殺なんかでも簡単に死ぬ。であれば、ここで殺さずともよいのではないだろうか。
人はいつか死ぬ。しかし、こんな少女のうちに死ぬこともないだろう。まだやり直せる時間があるのなら、その機会を与えるべきだ。
「……」
「……殺さない、の?」
私は剣を降ろし、鞘にしまう。
色々言っては見たが、結局のところはすべてハクのためだ。ハクが同郷の者を殺したくないと願ったから、私はそれを叶えたいと思っただけの事。
それによって救われない命があったとしてもそれは私には預かり知らぬところだ。それに、もし私の身内に手を出すようなら私が止めてやればいい。私は今のところ、唯一プラーガに速さで勝る人間なのだから。
「勝負はついたわ。その命、きちんと考えて使うことね」
「う、うぁ……うわぁあぁあああん!」
緊張の糸が切れたのか、泣きじゃくるプラーガ。
彼女が今後更生するかどうかはわからない。でも、ここで救った命が後に誰かの助けになることを願うばかりだ。
私は地面に突っ伏して泣き続けるプラーガに背を向けると、すぐさまハクの援護に向かった。
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