第三百五十話:サフィVSプラーガ2
主人公の姉、サフィの視点です。
時間を操るとは言っても、そこまで大層なものではない。
別に時間を巻き戻せるわけでもないし、時間を完全に止めるわけでもない。出来るのは加速と減速のみであり、神の御業であっても所詮は人のスケールに落とされたまがい物に過ぎない。
とはいえ、それでも強力な能力に変わりはない。未だに見切ることはできず、剣と剣での戦いなのに未だに一太刀も刃を交わしていない。
攻撃の一つでも当てれば気の持ちようもあるが、それすら叶わない。私自身も怪我自体は負っていないが、それは手加減によるものだ。私の実力ではない。
一体どうすれば攻撃をぶち込める? どうすれば見切ることが出来る? 考えろ、考えろ……。
「向こうはどうなってるかしら。ミラは少し時間がかかりそうよね。あ、でも、血の気が多そうなお兄さんだったし、案外早く終わるかしら? アーネの方はもう終わっててもおかしくないわね、幼い女の子が相手だったし」
余裕と言わんばかりに独り言をつぶやくプラーガ。
ハクは……恐らく心配ない。アリアも付いているし、ハク自体も魔法に関しては私なんか足元にも及ばないほど多彩だ。早々後れを取ることはないはず。
ラルド兄も恐らく大丈夫だろう。あれでもAランク冒険者なのだ。きっと大丈夫。
大丈夫とでも考えないとやってられない。だって、私とてAランク冒険者ではあるが、現状は手も足も出ていないのだから、他の二人がやられないなんて保証はどこにもない。
聖教勇者連盟って言うのがいかに恐ろしい組織かわかる。こんなの、もはや人間ではない。
「……ッ!?」
「あら、ごめんなさい。よそ見してたわ」
私の肩に短剣が突き刺さる。
初めての負傷。傷はそこまで深くはないが、攻撃されたというのは大きな意味を持つ。
プラーガは私を殺すことに何のためらいも覚えていない。ただ虫を殺すか如く平然と人殺しができる殺人鬼だ。
まあ、考えてみれば当たり前ではある。なぜなら、彼女らは聖教勇者連盟で竜人を殺す仕事についているのだから。今更人間一人如きで躊躇するはずもない。
もちろん、まともな道徳観念を持っている人ならば人殺しは悪いことだと無意識のうちに躊躇することだろう。それが取り払われているのは、そういう風に教えられてきたからだ。
竜人は敵、竜人に味方する者も敵、敵は殺しても問題ない。そういう考え方が染みついているからこそ、彼女らは違和感を覚えない。
ハクが見つけてきたというカエデと言う少女はその辺りはまだ染まりきっていなかったようだが、それでも聖教勇者連盟の教えは道徳に反するだろう。
神の名の下に殺人を許す、か。とんだ神もいたものだ。
確かに、お互いに意見が合わず、争い合うことはある。その過程で殺してしまうこともある。ましてや、魔物に関しては襲われるからという理由で躊躇なく殺してしまっている現状、殺しが絶対悪というわけではないだろう。
しかし、激しい葛藤の故に仕方なしにした殺しと、笑いながら殺人を楽しむかのような殺しは全く違う。
神ならば、その辺りの裁量をきちんとしてほしいものだ。
「ふふ、刺されてもなお闘志を失わないその目、いいわ、凄くいいわね」
どうやらまだ興が乗っているらしい。再び戦闘と言う名の遊びが始まった。
そもそもの話、加速と減速と言う事象はどうやって引き起こされているのだろうか。
普通に考えて、加速や減速をするには推進力が必要だ。何も力が加わらなければ、物体は動くことはない。ならば、その推進力はどこから来るのか。
最も簡単な解釈は魔力によるものだろう。
多くの魔法は魔力によって推進力を生み出している。当初は精霊が力を貸し、その力によって魔法は生み出されていると考えられていたが、ハクの魔法を見ているうちに考え方が変わった。
魔法はすべて魔力で制御されている。だから、推進力を制御するのも精霊ではなく術者だろう。
ならばあの超技術も魔力によるものかと言われたら、そういうわけでもなさそうだ。
なぜなら、魔力を全く感じないから。
魔法を使えば、多少なりとも残滓が残る。それは常人にはほとんど見えないものだけど、私にはこれまで培ってきた経験からある程度それを見抜く術を持っていた。
プラーガを見ても、魔力の残滓は一欠片も見えない。巧妙に隠している、あるいは残滓が少なすぎて見えないのかとも思ったが、それにしては魔力を駄々洩れにしているから魔力制御にはそこまで明るくないと考えられるのでそれはないと思う。
となれば、魔力ではない全く別の力と言うことになる。
魔力でないとすれば、スキル? 確かに【ストレージ】のように全く魔力を使わずとも扱えるスキルはいくつか存在する。
そう考えると、あの能力に上限はないとみるべきだろう。好きなだけ加速させ、好きなだけ減速させることができる。なんとも絶望的な結論だ。
「ほらほら、もっと私を楽しませてちょうだい」
際限なく加速と減速を繰り返すことができる。とすれば、どうにか時間を引き延ばして能力を使えなくするという方法はとれない。それにそもそも、そんなにぎりぎりになるまで遊んでいる馬鹿はいないだろう。せめて避ける手段を見つけなければ時間稼ぎすらできない。
消費する代償がなく使い放題だとすれば、対抗策はその能力を使えなくすることではなく、それに打ち勝つことだ。
私は竜の谷での出来事を思い出す。
私はあの時、大陸を守護する四体の竜と戦った。
もちろん、模擬戦であり、命を懸けた殺し合いではない。まあ、それでも格の違いを見せつけられ、負けに負け続けたわけだが。
竜達は本気で私に興味があったらしい。戦いの後も、色々とためになる話を聞かせてくれた。その一つに、私のスキルにまつわるものがあった。
【加速】と言うスキル。文字通り、自身を加速させ、足を速くするスキルだ。私の『神速』の異名はこのスキルのおかげであるし、今までも何度もお世話になってきた相棒とも呼べるスキル。
私は単純に足が速くなるだけのスキルかと思っていたが、竜が言うにはどうやらそういうわけではないらしい。
そもそもスキルとは、こうあれと強く望んだ結果生まれるものであり、都合よく覚えられるものではないらしい。もちろん、先天的に持っているものや、遺伝によって受け継がれるものもあるらしいが、後天的に付与されるスキルは大抵がそういうものらしい。
私の【加速】は後天的に付与されたものだ。私は足が速くなりたいと願った覚えはないが、どうやら理屈的にはそう願っていたということらしい。
そして、ここからが重要なのだが、スキルは使い手の在り方によって大きくその様相を変えるらしい。
例えば【ストレージ】。ハクは何でもないように容量無制限の時間停止付きと考えているようだが、実際はそんなに便利なものではない。
本来であれば、時間停止こそあるが、容量に制限はあるし、その量もせいぜいが馬車一台分程度だ。ハクはそういうものだと聞いたらしいが、きっとどこかの冒険者の間違った知識を聞いてそう覚えてしまっていたんだろう。
ハクは【ストレージ】が容量無制限だと信じて疑っていない。つまり、これはハクがそうあれと望んだからそうなっているわけだ。
であれば、私の【加速】も同じことができるはずだ。
私は今までなんとなく便利だという認識で使ってきただけだった。地道に使い続けて、生身の人には到達できないほどの速さに至り、もう十分だと限界を決めていた。
では、このスキルをきちんと理解し使いこなせば、私はもっと速くなれるのではないだろうか。限界などなく、どこまでも駆ける光のように。
「私は……望む」
誰よりも速く地を駆け、海を駆け、空を駆ける。何者をも寄せ付けぬ光が如き速さを、私は望む。
スキルの再定義が始まる。私は神速のサフィ、いつの間にかそう祭り上げられ、自身もそうだと思っていた。しかし、それでは足りない。
私が望むは光の速さ。すなわち、光速である。神速でも至れない速さを求め、私は、光速のサフィとなる。
「さて、そろそろ飽きてきたし、とどめを刺すとしましょうか。案外楽しかったわ」
プラーガがそう呟き、私の目の前で短剣を振るう。今まで全く見えなかった動きが、今は見えた。
遅い、遅い、遥かに遅い。私はなぜ限界を決めてしまっていたのだろう。そんな邪魔なものを取っ払えば、こんなにも素敵な世界が広がっていたのに。
「これで終わり……あれ?」
「遅い」
私は気づけばプラーガの背後に立っていた。
私もどのように背後に立ったかはわからない、それほどまでに速かったのだ。
だが一つ言えることは、もはやプラーガは私の脅威とはなりえないということだけだ。
私はきょろきょろと辺りを見回すプラーガの背に、勢いよく剣を突き立てた。
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