第三百四十九話:サフィVSプラーガ
主人公の姉、サフィの視点です。
転生者と言う存在を聞かされた時、私は特に何とも思わなかった。
だって、それ以上に理不尽な竜と戦ったことがあったし、そもそも転生者達は聖教勇者連盟という世界の平和を守るための組織に多く在籍していると聞いていたから、相当な極悪人にでもならなければ戦うことなんてまずないと思っていたからだ。
それがまさか、こんな形で戦う羽目になるとは思わなかった。
「あんたが私の相手みたいね。私はプラーガよ。あんたは?」
「サフィ。冒険者よ」
「そ、サフィね。まあ、忘れるまで覚えておいてあげるわ」
目の前に立つのは金髪の少女。この戦場には似つかわしくない貴族らしいドレスの上にダークウルフの毛皮だろうか、漆黒の外套を羽織っている。
得物は短剣だろうか、何やら煌びやかな装飾が施された短剣を片手で遊ばせながら、にやりと妖艶に笑う。
気配は、そこまでの強者ではない。だけど、私の勘は警戒しろと告げていた。
仲間の助けがあったとはいえ、この山は並の冒険者であれば即座に食い殺されるような魔物がうようよいるのだ。それを少数のグループだけで乗り切っているのだから、かなりの実力者と見るべきだろう。
私は愛用の双剣を抜き放つ。ハクやラルド兄の事も心配だし、出来るだけ速攻で倒す。
「まずは少し遊んであげる。どこからでもかかってきなさいな」
「それなら……!」
私は即座に加速し、背後を取る。私がいつもやっている戦い方だ。初見の相手であれば、大抵はこれでけりが付く。
しかし……
「なっ!?」
「遅い遅い。そんなんじゃあくびしながらでも避けられるわよ?」
背後を取ったはずなのに、気づけば私が背後を取られていた。
首筋に感じる冷たい感触に即座に身を引き、距離を取る。
プラーガは追撃することもなく、にやにやとした笑みを浮かべながら私の事を眺めていた。
「私より速いなんて……」
「あなたが遅すぎるのよ。それじゃ、今度はこっちから行こうかしら?」
プラーガはわざとらしくスタンディングスタートの構えを取ると、ご丁寧にも「行くわよー」と合図をしてみせた。
次の瞬間、プラーガは私の目の前に現れ、短剣を首筋につきつけていた。
「……ッ!?」
「はい、また取った。遅すぎなんじゃない?」
まるで瀕死の鼠を甚振る猫の如く、その表情は実に楽しそうだった。
さっきの攻撃、一瞬すら動きを把握できなかった。
私は『神速』と言う異名の通り、高速戦闘に長けている。だから、動体視力には自信があるし、どんなに速い相手だったとしても、その動きを見切ることが出来るという自負があった。
しかし結果はこのざま、相手がその気だったら私はすでに二回は死んでいることになる。
自慢ではないが、今まで私の速度に追いついた者はいない。いや、ハクを筆頭に多少反応してくる人はそこそこいたけど、それでも私よりは遅かった。だから、私は格上との戦いというものをあまり知らない。
あれはなんだ? まるで瞬間移動じゃない。あんなものに、一体どうやってついていけばいいというの……。
「あはは、そんなにショックだった? でも、そんなに落ち込む必要はないわ。ちゃんと種はあるもの」
「種……?」
「そう。まあ見てなさいな」
プラーガはおもむろに足元に落ちている小石を拾い上げると真上に放り投げる。そして、即座に小石に向かって手を掲げると、信じられないことが起こった。
落下している小石の速度が驚くほどに減衰したのだ。
目の錯覚とかではない。確かに小石が落ちる速度は落ち、空中に長く留まっている。
物が空中に放り出されれば落ちる。その当然の原理をプラーガは覆してみせたのだ。
「これが私の能力。物の時間を早くしたり遅くしたりできるのよ。わかった?」
時間を操る能力。それはもはや神話の時代に語り継がれる神業でしかなかった。
さっき私が背後を取ったつもりで背後を取られたのも、迫りくる相手に反応できなかったのも、すべては時間を操られていたから。
自在に時間を操れる相手にどう戦えと? いくら速さに自身があっても、その速さを減衰させられたのでは並の人間も同じだった。
「どう? これでわかったでしょ。あんたに万が一にも勝ち目はない。私としては見逃してもいいんだけど、勇者様直々に殲滅しろって言われちゃったからね、運が悪かったと思って諦めなさいな」
事実上の死刑宣告。神の力を前に、人は成す術はない。
私がここで死ぬ……?
私はただ、ラルド兄に会いたくて、ハクを連れ出しただけだ。ラルド兄が面倒事に首を突っ込んでいるのを見ても、ラルド兄ならなんとかできると思っていたし、ハクもいるのだからどうとでもなると思っていた。
しかし、現実はこれ。竜も理不尽だったけど、これはもっと理不尽だろう。しかも、今回は命の保証はない。
私がここで死んだらどうなるだろうか。さっきの口ぶりからして、ここにいるすべての人を皆殺しにするつもりなんだろう。その中にはラルド兄も、ハクも入っているだろう。
……そんなのは絶対に嫌だ!
私がここで彼女を止めなければ、次はラルド兄やハクの番だ。ならば、私が確実にここで殺さなくてはならない。
二人は絶対に私が守る!
「……へぇ、諦めないんだ。もう勝負はついていると思うけど?」
「ふざけないで。大切な人を殺すと言われて黙っていられる家族がいるもんですか!」
「ふーん……まあいいわ、そういうことなら少し遊んであげる。一瞬で終わったらつまらないものね」
私は即座に距離を取り、双剣を構える。
相手は超加速や減速を使える規格外の能力を持っている。幸い、力自体はそこまで強くなさそうではあるが、そんなの人間相手なら急所を一突きすれば殺せるのだ、何の障害にもならない。
今こうしている間にも懐に飛び込んでくるかもしれないし、背後を取られるかもしれない。ならば、私の選択肢は一つしかなかった。
「はあっ!」
自らのスキルに物を言わせて加速する。背後を取り、首に剣を突き立てる。それが私にできる唯一の方法だった。
しかし、それでどうこうなるわけもない。背後をとったと思えば逆に背後を取られ、思い切って正面から突き立てようとすれば隣に立っており、足払いでも仕掛けようものなら逆に足を掛けられた。
超加速と減速、どっちを使っているかはわからないが、結果はどちらでも同じこと。
私の刃は悉く回避され、逆に私の首に刃が突き付けられる。
もう何度死んだだろうか、プラーガがもし飽きてしまえば、私はすぐにでも殺されるだろう。それまでにどうにか、弱点を見つけなければならない。
「頑張るのね。そう言うの好きよ」
まるで孫と遊ぶ祖母のような柔和な笑みを浮かべつつ、次々と攻撃を躱すプラーガ。
これは戦闘ではなく遊びなのだと言わんばかりの余裕の態度に歯噛みするも、未だに策は浮かんでこない。
絶望的な状況なのはわかってる。打開策があるのかどうかすらわからない。それでも、私はこいつを倒さなくてはならない。
ラルド兄やハクを殺されてなるものか。他にも、エルさんやアリア、ミホさん、鳥獣人の方々も、決して奪わせてなるものか。
私は焦りを感じつつも一層奮起した。
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