第三百四十八話:ラルドVSミラ3
主人公の兄、ラルドの視点です。
「ミホ、入り口を閉じるのにどれくらいかかる?」
「え、えっと、そうですね……五分ほどいただければ」
「わかった。こっちのことは気にするな。全力で入り口を閉じろ」
「しょ、承知しました!」
ようやく掴んだ勝機、ここで逃すわけにはいかない。
俺には空間魔法の理屈はわからないから確かなことは言えないが、そこは空間の大精霊たるミホの事だ。何かしら方法があるのだろう。
ミホはできないことはできないとはっきり言う奴だ。五分で何とか出来るというならば、必ず五分以内に入り口を閉じてくれるはず。
五分、予想よりはだいぶ短い時間ではあるが、それまで不可視の攻撃を避け続けなくてはならないと考えると少々厳しい。
もう出し惜しみはなしだ。全力で時間を稼ぐ、それが俺の勝ち筋。
「さっきからぶつぶつ言ってるけど、独り言かい? 相手の事を考察するならせめて口に出さないようにした方が身のためだよ?」
「てめぇにそんなことする必要ねぇだろ。自分一人では何もできない能無し野郎が」
「言ってくれるね。じゃあ、その能無し野郎にぼこぼこにされている君は何なのかな?」
どうやら本気でミホには気づいていないようだ。
気づいていないのなら背後からこっそりと攻撃してもらうことも考えたが、あの反射能力が任意で働くのかそれとも自動で働くのかわからない以上はあまり手は出さない方がいいだろう。
ミホは精霊だからちょっとやそっとじゃ死なないだろうが、万が一があると困る。
一応、守ってやるって約束したからな。大精霊が人間なんぞに守られる必要があるのかどうかは疑問だが、それがあいつの望みなら叶えてやらないといけない。契約までしてもらってるしな。
「返す言葉もないって感じかい? そりゃそうだろうね、能無しより悪いとなるとゴミかな? それとも虫けらとか? まあ、どっちでもいいけど、はっきり言えるのは君じゃあぼくには一生勝てないってことさ」
「それはどうだかなぁ。殺すのは無理かもしれんが、捕縛するくらいはできると思うぞ」
「あは、僕を捕まえるって? 愉快なことを言うね。そんなボロボロの状態でどうやって僕を捕まえるって言うんだい?」
俺が少し無言だったのを言い返せないと思ったのか、にやにやと意地の悪そうな笑みを浮かべながら捲し立ててくる。
まあ、確かに捕まえるのだって難しいかもしれない。原始的な縄で縛る方法を取ったとして、ちょっとした技術があれば縄抜けなんて簡単にできるだろう。
気絶させるにしても攻撃はすべて反射されてしまう。だが、ハクが一時は捕まえていた奴なのだ、弱点がないわけではない。
ハクはエルを使って適当に脅したと言っていたが、そうなると竜の咆哮の事だろう。竜の咆哮には聞いた者を無意識のうちに委縮させてしまう効果があるからな。並の精神力の奴じゃ竜の前では立つことすら許されないってわけだ。
まあ、今はその威圧もどういうわけか無効化されちまっているようだが、それならもっと単純に薬でも嗅がせてやればいい。
流石に直接体内に入ってきたものを反射することはできないだろう。毒を使えば殺すことも可能かもしれない。
まあ、今はどっちも手元にないのが残念だが。
「もう飽きたって言ったでしょ。御託はいいから早く死んでよね」
「くっ……!」
このまま会話だけで時間が過ぎればとも思ったが、どうやらそういうわけにはいかないらしい。再び攻撃が始まった。
俺は瞬間的に刀で攻撃を往なしながら、詠唱を開始する。
先程まではミホが結界を張って攻撃を防いでくれていた。しかし、今は入り口を閉じるのに集中していてその支援は受けられない。ならば、自分でかけてしまえばいい。
空間の大精霊であるミホと契約した俺は一部の空間魔法を使うことが出来るようになっていた。
ミホの話では、空間魔法は人間にはほとんど使えないという話だったが、ミホの加護のおかげで一部ながらも使えるようになったというわけだ。
そして、その一つには結界も当然ある。むしろ、空間魔法の基本は結界なのだから当たり前だ。
ただ、これは魔力消費がとてつもなく激しい。一回結界を張るだけでも相当な消費量だし、それを維持するとなるとものの数分で干上がってしまう。
だが、今はそれで十分。数分の時間を稼ぐことさえできれば、後はミホが何とかしてくれるはずだ。
「我が身を覆え、結界!」
本来ならば自分を中心にドーム状に囲うところだが、今回は体にぴったりと張り付かせるように展開する。
奴の攻撃の距離を考えると、下手をすると結界の中から攻撃するとかいう芸当をしてくるかもしれないからだ。
多少省略した形になってしまったが、そこはミホの加護がある。問題なく結界は発動し、俺の体を覆いつくした。
直後、攻撃が飛んでくるが、結界は十全に効力を発揮し、攻撃をはじき返してくれた。
よし、これでしばらくは大丈夫のはず。
「やたら硬いなぁ。ほんとに人間?」
「俺はれっきとした人間だよ」
俺が自分の防御力だけで耐えているとでも思っているのか、ミラは不思議そうに俺を見つめている。
小声だったとはいえ、結界って思いっきり言ってるんだけどな。こいつ人の話を聞いてないのか? だとしたら相当な馬鹿だ。
「まあいいや、なら死ぬまで攻撃を続けるだけだ」
攻撃の激しさが増す。結界は空間そのものを固定して作り出すものだからいくら攻撃を受けたとしても内側に衝撃が伝わってくることはない。まあ、許容量を超えれば硝子のようにバラバラに砕け散ってしまうが。
結界を鎧のように使うのは初めてだったが、これなら案外戦闘で役に立つかもしれない。とはいえ、こうしている間にも魔力ががりがり削られていく。
持って後30秒ってところか。ミホは……まだ時間かかりそうか? 結界を張っている間に終わってくれた楽だったんだがな。
「ちっ……!」
結界が消え、再び刀による受け流しをしなくてはなくなる。しかし、俺がやたら硬いことに苛立ちを覚えたのか、先程よりも速い速度で攻撃が飛んでくる。
俺の太刀は長い分小回りが利きにくい。いや、それをどうにかするための技法を習得してはいるが、それでも限界はある。
一個を受け流す間に二個の攻撃が俺の身体を引き裂いていく。腕を、足を、腹を、顔を、かろうじて致命傷は避けているが、それも時間の問題だ。
早く、早く攻撃よやんでくれ……!
「これで終わりだ!」
とどめの一撃とばかりにミラが吼える。すでに俺の身体はボロボロで、立っていることすら難しい。
もはやこれまでか……そう諦めかけたその時だった。
「……あれ? 攻撃が……」
確実に仕留めに来たと思われた攻撃は飛んでこなかった。それは向こうにとっても想定外の事だったのか、必死に腕を振っている様子が見て取れる。
「……ミホ、やってくれたな」
「はい。遅くなって申し訳ありません……」
「いや、十分早いさ」
申し訳なさげに顔を俯かせるミホ。あれからどれくらい経ったのかは定かではないが、多分五分も経っていないだろう。
俺が傷つけられるのを見て急いで仕上げてくれたのだろう、ミホは案外抜けているところがあるが、本気を出せば俺なんかよりよっぽど強い。特に、自身が司っている空間に関しては右に出る者はいないだろう。
「な、なんで! なんで攻撃が出ない!?」
「お前の亜空間は閉じた。もう攻撃はさせんぞ」
「亜空間? 何のことだ!」
「む、知らないのか」
まさかこいつ、無意識に使っていたのか? 自分の能力だろうになぜ把握していないのだ。
話を聞いていないのは強者からくる余裕だと思っていたが、どうやら本格的にアホなのかもしれない。
凄い力を持っているのに性格は馬鹿とか一番厄介なパターンだな。聖教勇者連盟はよくこんな奴を制御できているものだ。
「まあいい。さっさと捕縛してしまおう」
「あ、それならお任せを」
攻撃を封じたとはいえ、反射能力は健在。一思いに首を刎ねたくなるが、それでは俺の首が飛んでしまう。
どうやって捕縛したものかと考えていると、ミホが手を上げた。
何をするつもりなのかと見ていると、ミラの周りを光も通さぬ黒色の結界で囲い閉じ込めたではないか。
なるほど、奴自身を攻撃しなければ反射は発動しない。それにそもそも結界は攻撃ではない。それなら反射が発動しないのも道理か。
「なあ、ミホ」
「はい、なんでしょうか?」
「……初めっからそれをやっとけばよかったのでは?」
「あっ」
そもそも相手を閉じ込める結界を作れるなら初めからそれで捕縛しておけばよかっただけの話だ。確かにここには結界を破れる強者がいるようだが、受け身でしか真価を発揮できないこいつがその強者と言うわけはないだろう。
視界すらも奪えるのなら、攻撃されることもなかっただろうし、俺は完全に無駄に怪我を負っただけだ。
「ご、ごめんなさい! お、思いつかなくて!」
「……まあ、勝ったからいいさ」
やはり、ミホはどこか抜けている。だけど、そこもまた魅力なのだろうとそう思った。
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