第三百四十六話:ラルドVSミラ
主人公の兄、ラルドの視点です。
乱戦と言うのは好きじゃない。俺の得物が馬鹿長い太刀って言うのもあるが、敵味方を区別するのはそんなに得意じゃないのだ。
俺にとってはハクとサフィ以外は有象無象であり、特に興味のないものだ。ただ、少し愛想よくすれば向こうも愛想よくしてくれるから仲良くしているだけに過ぎない。信頼って言うのはいろんな場所で役に立つから、愛想よくしておくのは処世術の一つと言えるだろう。
まあ、だからと言って相手の命が危ぶまれれば心配もするし、助けもする。俺はそこまで外道ではない。もちろん、ハクの命とどっちかを取れと言われたらハクを選ぶが、そうでないならできる限り協力する。
周りからはお人好しだのなんだの言われることもあるが、別にそんなことはない。俺は俺のやり方で生きているだけで、別に誰かれ助けて回る様な善人ではないのだから。
さて、それはともかく、今の状況は俺にとって好都合だった。なぜだか知らんが、向こうは俺と一騎打ちをお望みらしい。
わざわざ大層な魔法を使ってハクとサフィと引き離したのだからそうみていいだろう。
ハクが一人になるのは心底心配だが、ミホの話ではハクの傍には精霊がかなりの数いるらしいから多分大丈夫だろう。
精霊がかなりの力を与えてくれるというのはミホで実証済みだ。まあ、契約って言うのを結ばないとあまり意味はないらしいが、ハクの場合は契約関係なしに加護が大量に付与されているらしいから同じようなものだろう。
「さて、名乗りくらい聞いてやる。名前は?」
「名前? 名前かぁ……まあ、いっか。僕はミラだよ。まあ、覚えてくれなくてもいいけどね」
「ミラか。俺はラルド。この集落の代表を務める者だ」
「へぇ、大将格なんだ。まあ、それならそこそこ楽しめるかなぁ」
ミラと名乗った男はかなりの軽装だった。言うなれば、まるでその辺の町人かのような格好だ。
魔術師ならば重い鎧を付けられないというのもわかるが、こいつが魔法を使った場面は一度も見ていない。いや、あまりにも異様なその光景はある意味魔法とも言えるかもしれないな。
こいつは特に何もしてこない。防御も回避もする様子がなく、相当に無防備だ。しかし、いざ攻撃を仕掛けるとどこからともなく斬撃が飛んできて斬りかかった方が倒れる。
詠唱するそぶりもなかったし、本当に何をされたのかわからない。だからこそ、容易に攻撃する手段はとりたくなかった。
しかし、攻撃しなければ倒せないというのも事実。なんとか絡繰りを暴きたいが、流石に会話だけでは推察するのは難しい。
ひとまず、打って出てみるしかないか?
「ほら、攻撃しておいでよ。僕は逃げも隠れもしないよ」
「……んなら、遠慮なく!」
俺は一息にミラの目の前まで移動すると、大太刀を袈裟斬りに振り下ろした。
宣言通り、ミラは微動だにせずにその一太刀を受ける。しかし、斬撃を受けたのは俺の方だった。
「ぐっ……!」
「ラルド様、ご無事ですか!?」
「あはは、なかなかの威力だね。その調子その調子」
俺が切りつけた場所と全く同じ場所に向かってどこからともなく斬撃が飛んできた。
幸いにして、間一髪ミホが極小の結界を張ってくれたおかげで致命傷は免れたが、まるで俺が俺自身に向かって太刀を振り下ろしたが如き一撃だった。
こいつ、一体何をしたんだ……!
「ほら、もっとかかっておいでよ? 僕はまだ何もしてないよ?」
「ほざけ!」
俺は再び斬りかかる。
狙いは首、魔法には詠唱が必要だが、優秀な魔術師ならば詠唱を行わずとも魔法を発動させることが出来ると聞く。実際、ミホも詠唱なんてしてないしな。
だから、一撃で首を刎ねてしまえばそんな器用な芸当もできなくなるだろうと思っての攻撃だ。
しかし、結果は同じ。切りつけたはずなのに斬撃は俺自身の首に飛んできて、間一髪のところでミホの結界に弾かれる。
これもダメか、一体どういう絡繰りなんだ……!
「あれ、どうしたの? 攻撃しないと勝てないよ?」
「……」
「あれぇ、もしかして無防備な相手すら殺せないとか? そんな大層な刀持っててだらしないなぁ」
あからさまな挑発。しかし、俺はそれを黙殺し、しばし観察することにした。
通常であれば警戒を怠ることはないが、俺はあえて隙を晒し、刀を降ろす。
あからさまな隙であるため、本来なら即座に攻撃が飛んできてもおかしくはないが、奴は攻撃しようとはせず、挑発を繰り返している。
俺が攻撃した時のみ反撃し、他では攻撃してこない。となると、カウンター一点狙いと言うことなのだろう。
いや、カウンター狙いと言うより、それしかできないのかもしれない。
俺に仕掛けてきた攻撃はいずれも俺が攻撃した個所と同じ場所だった。つまり、どういう理屈かはわからないが、俺の攻撃をそっくりそのまま反射しているということなのではないだろうか。
魔術師と言う風でもないのに俺の斬撃と同等の力を出せるということから見てもその可能性は高い。
つまり、俺から手を出さなければあいつは何もできないということだ。
「もう諦めちゃった? つまんないなぁ、せっかくこんなところまで来たのに、こんな腰抜けが相手なんて」
「はっ、そうやって挑発して相手に攻撃してもらわなければ何もできない分際でよく言うぜ」
「むっ」
ミラの顔が一瞬曇る。どうやら図星らしい。
攻撃しなければ相手はただの一般人も同然。いや、もしかしたら魔法やら剣術やらは多少嗜んでいるかもしれないが、少なくとも今は剣も杖も持っていない。
攻撃してダメならば拘束すればいいだけの話だ。まさか、縄まで反射するということはあるまい。もし向かってくるすべてを反射するのであれば、食事すらできないだろう。
ただ問題があるとすれば、今は縄を持っていないということと、拘束しようとすれば少なからず抵抗するってことだろう。
気絶させようにも、その攻撃は反射されてしまう。間違っても俺が気絶するようなことがあれば、後はどうとでも殺せるだろう。
ミホがある程度防いでくれるとは言え、あまり危険な行動はとりたくなかった。
「ふ、ふふ、僕の反射能力を見破ったのは褒めてあげるよ。でも、君が何もしなければ攻撃できないなんて誰が言ったかな?」
「なに?」
「つまり、こういうことさ!」
不敵に笑うミラが掛け声をかけると、左腕に激痛が走った。
見てみると、二の腕の部分に何かに引き裂かれたかのような傷が出来ている。
俺の斬撃ではない。これはどちらかと言うと、魔物かなにかの爪による攻撃に似ている。
どういうことだ、俺が攻撃しなければ何もできないのではなかったのか?
「ラルド様、大丈夫ですか?」
「ああ、これくらいならまだ戦える。しかし、今のは……」
「僕の反射能力は何もその場で返す必要はないのさ。攻撃を反射するタイミングは僕が自由に選ぶことが出来る。つまり、予め攻撃を受けて吸収しておけば、いつでもそれを解放することが出来るのさ」
上機嫌な様子でミラが語る。
つまり、今のは正真正銘魔物かなにかの攻撃だったってことか。以前受けた魔物の爪攻撃を即座に反射せずに残しておき、今この場で解放して攻撃して見せた。
奴が今までどれほどの攻撃を受けてきたかは知らないが、恐らく相当な数になるだろう。しかも、その攻撃は皆人の命を一瞬で奪いかねないほどの威力を持っている。
フォレストウルフみたいな雑魚ではないだろう。少なくとも、Cランク以上は間違いない。
向こうが攻撃するそぶりを見せてくれるならまだ対処できるが、攻撃自体はどこからともなく飛んでくる不可視の刃である。これでは、対処のしようがない。
「さあ、蹂躙を始めようか。たっぷり甚振ってあげるからね」
ミラが手を掲げる。俺はどうにか対処法を考えようと構えながら思考を巡らせるしかなかった。
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