第三百四十五話:聖教勇者連盟の奇襲
結界とは空間魔法の一つであり、私が考案した防御魔法よりもさらに強固な防御性能を誇っている。似たもので、闘技場のフィールドや集落に張られている魔道具によって作り出された結界があるが、あれも所詮はまがい物で、本物の結界には程遠い。
空間そのものを固定して作り出される結界は魔法でも物理でもすべての攻撃を弾くことが出来るし、その気になれば音や臭い、光に至るまですべてを遮断することが出来る。強度だってすさまじく、場合によっては竜のブレスすら耐えるような代物。普通に考えれば、この結界を崩せる者などそうそういないはずだった。
しかし、それに異を唱える者が現れた。その者は現在進行形で集落の結界を攻撃しており、その度に結界はミシミシと嫌な音を立てている。
この結界はもう長くは持たない。すぐにでも破壊されてしまう。そう確信することが出来た。
「敵襲! 即座に戦闘準備! 戦えぬ者は家に隠れろ!」
弾かれたように立ち上がったお兄ちゃんは即座に鳥獣人達に指示を出す。
明日にはこの地獄から抜けられる。そう思っていたところにこの襲撃。その絶望感は相当なものだ。
しかし、それでも鳥獣人達は即座に行動を起こし、ありあわせの武器をその手に携えて集まってくる。
相手は特殊な能力を持った転生者、一人でも一軍に匹敵するような力を持つ者だ。しかも、その数はカエデさん達を抜いても15人余りいるらしい。
まあ、全員が全員転生者ってわけでもなさそうだが、それでも少なくとも他に3人は転生者がいるとカエデさんは言っていた。それに加えて、空間の大精霊が張った結界を破れる援軍がいる。
状況は圧倒的に不利だ。正直、そんなにいっぺんに来られたらたとえエルが竜の姿を解放したとしても全員は守り切れないだろう。そして、その守り切れない中にはお兄ちゃんやお姉ちゃんまで含まれるかもしれない。
転生者達に殺されるお兄ちゃんやお姉ちゃんを想像してしまって少し吐き気を覚えた。
今はそんなこと考えちゃだめだ。とにかく、迎撃に集中しないと。
「ハク、お前も家の中に……」
「絶対嫌。私も戦う」
「……そうか、わかった。だが、絶対に死ぬんじゃないぞ。絶対だからな!」
私の覚悟を決めた目を見てお兄ちゃんも引いてくれたようだ。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
対人戦なんていつ以来だろうか。護衛依頼の最中に時たま盗賊と戦うことはあれど、あれは楽に無力化できる相手だったからそこまで苦労はなかった。
しかし今回は違う。向こうの実力は未知数、しかし、高いことは確実。どこまで加減できるかもわからないし、もしかしたら殺してしまうかもしれない。
でも、やらなくてはならない。お兄ちゃんやお姉ちゃんを守るためにも、私は戦わなくてはならない。
「破られます!」
ミホさんの声が響く。その瞬間、ばりばりと派手な音を立てて何かが崩れ去っていくような音がした。
目の前に現れる無数の集団。それらの前に立つのは幅広の刀身を持つ剣を携えた一人の男性。金色のサークレットを身に着け、紺色のマントを羽織り、この世界では割と珍しい黒髪黒目を持つ。
私は一目でそれが何なのかわかった。その容姿は人間なれど、この世界に住まう人間とは少し違う平たい顔、若干低い身長、そして黒髪黒目。たとえ日本人としての過去を持つ転生者でもその容姿を生まれ持って受け継ぐ例はほとんどないだろう。
彼はこの世界の住人ではないし、転生者でもない。日本人としての容姿をそのままにこの世界に転移してきた人物。すなわち――
「勇者……」
「うし、これで結界はなくなったな。お前ら、この世界に仇名す竜人達を殲滅しろ」
黒髪の勇者は、無慈悲な声で号令をかける。その瞬間、転生者や神官達が一斉に攻撃を開始した。
「エル!」
「承知しました」
私は即座にエルに指示を出し、自身も前に出る。
エルの竜化は切り札ではあるが、当に種は割れているし、出し惜しむ意味もない。
巨大な竜の姿であれば物理的に侵攻を押さえることが出来るし、攻撃を食らおうともちょっとやそっとでは傷はつかないだろう。もちろん、転生者や、まして勇者がいる前では全く油断はできないが。
「ぐぉぉおおお!!」
竜の姿となったエルが吠える。エンシェントドラゴンたるエルの咆哮はそれだけで畏怖を抱かせる。
今まで彼らを捕まえる際に使ってきた竜の威圧。それをまともに浴びれば転生者と言えど即座にひれ伏すことだろう。しかし、今回はそう簡単にはいかないようだった。
「ベルセルク、あいつらに力を与えよ!」
勇者が剣を掲げると、周囲に赤い光が散っていく。その光は転生者達に当たると身体に纏うように広がり、包み込んだ。
するとどうだろう。今まで呆気なくひれ伏していた転生者達が果敢に立ち向かってくるではないか。
どういう絡繰りかはわからないが、竜の威圧ですぐに制圧と言うことはできないらしい。きちんと戦うほかなさそうだ。
「ハク、サフィ、ミホ! 俺達もやるぞ!」
「うん!」
「任せといて!」
「かしこまりました!」
エルであれば即座にこの場を凍り付かせることもできるだろうが、それでは鳥獣人達まで巻き込んでしまう可能性がある。それでは意味がない。
なので、竜形態と言えど十全に力を発揮するのは難しいだろう。しかしそれでも、この場において最も強いのは確かだ。
必然、エルの相手は最も強いであろう勇者と言うことになる。エルも勇者もそれを感じたのか、向かい合ってお互いに殺気を飛ばしていた。
その間、隙間から次々と転生者達が集落に侵入してくる。私達の役目は、彼らを押さえることだ。
「エル、しばらく頼んだよ!」
〈お任せを!〉
お兄ちゃんは刀を抜き、お姉ちゃんも双剣を抜き放つ。どちらも魔法が使えるが、基本的には物理が主体なのだ。
私は二人のように前に出ることはできない。でも、だからこそ二人のサポートならできる。
出来ることなら、転生者達を殺すことはしたくないけど、命を狙われている以上は反撃するのは仕方ない。
願わくば、犠牲があまり出ませんように……!
「避けに徹しろ! 陣形を組め! 一歩たりとも集落に侵入させるな!」
「「「おおー!」」」
集落は戦場と化した。転生者達の攻撃はかなり多彩で、各種魔法はもちろん、剣や槍、弓など数多の武器を使って攻め立ててくる。
だが、それだけならまだましな方だ。強力な魔法や武器を使うからと言って、それは結局この世界基準であり、まだ戦える範囲である。
鳥獣人達とて屈強な戦士であり、武器の優劣はあれど、それくらいであればまだ対抗することが出来ていた。
恐らく、あれは転生者ではなく初めからこの世界に存在していた住人だろう。それぞれの分野において他の人より優秀であったがために転生者ではないかと思われて保護された人物。これならまだ勝機があるのではとも思った。
しかし、現実にはそんな甘いわけはなく、一部の本物の転生者の存在がそれを阻む。
「はは、竜人ってこんな感じなんだね。久しぶりに歯ごたえがある敵と戦えそうだ」
「そうだね。魔物相手に実験するのも飽きちゃったし、ちゃんとした人形が欲しかったところだ。存分に可愛がってあげようね」
転生者の戦い方は異様だ。地面に手を置いただけで唐突に茨が出現し、鳥獣人達を絡めとっていく。かと思えば、こちらが攻撃していて向こうは動いていないにも拘らずいつの間にかこちらの方がボロボロになっていたり、あるいはこちらの動きが急に鈍くなり、逆に向こうは急加速したりとどうしてそうなっているのかを理解するのが難しい現象ばかり起きる。
転生者は何かしらの特殊な能力を神様から貰っている。その能力は恐らく神様ではなく、転生者自身が決めているのだろう。だからこそ、自分の思った通りに力を使うことが出来る。
個としての強さ、群としての強さ、それぞれの違いはあるだろうが、それはこの世界には元々ないものだ。当然、それを見たことがある人はおらず、初見でそれを掻い潜れることは少ない。鳥獣人達が次々と討ち取られていくのは必然と言えた。
明日になれば安全な場所に行くことが出来る。そう言って笑い合った人達が殺されていく。その様子に私は歯噛みした。
強い力を持っていても、だからと言ってすべてを守れるわけではない。お父さんですら、勇者を前に私を逃がすことしかできなかったのだ。それはよくわかっているつもりだった。
でも、だからと言って納得できるはずもない。中には彼らが竜人ではないと気づいている人もいるのに、攻撃をやめようとしない。彼らにとって鳥獣人達は都合のいい獲物でしかないのだ。
確かに、考え方なんて千差万別だ。同郷の者だからと言って必ずしも私と同じ考え方になるはずはない。でも、それでも、平然と人殺しをする感性は理解できなかった。
「なんか人間が混じってるなぁ。どうする?」
「殺しちゃっていいんじゃない? なんだか強そうだし、せっかくだからみんなでわけあおうよ」
「おお、賛成。じゃあ、分断しちゃうね」
茨を操っていた者が再び地面に手を置くと、今度は茨ではなく巨木が生えてきた。しかも、それはちょうどお兄ちゃんとお姉ちゃんを分断する形で生え、お互いに完全に見えなくなってしまう。
私達を邪魔と見て最初に排除しにかかってきたか。でも、それならそれで好都合。お兄ちゃん達が心配ではあるけど、これ以上、鳥獣人達をやらせるわけにはいかない。何としても、ここで倒さなくてはならない。
私は目の前に立ちはだかる男を鋭い視線でねめつけた。
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