第三百四十四話:予想外の事態
結局、移住先は無人島に決まった。
聖教勇者連盟の手が一番届きにくい場所であり、大陸に近い場所であれば多少時間はかかっても飛んでお兄ちゃんに会いに行くこともできることから決まったらしい。
まあ、無人島だからと言って完全自給自足を求められるわけじゃないし、鳥獣人達なら大陸へ渡って色々と買い物をすることだってできるだろう。大きなものに関しては最初は私が支援する方向で行き、後にどうしても必要な場面があったらお兄ちゃんを頼るという形になった。
なんでも、空間の大精霊であるミホさんと契約をしたことによってお兄ちゃんも【ストレージ】に似たスキルである【アイテムボックス】と言うスキルを使えるようになったらしい。
【ストレージ】と【アイテムボックス】の違いは、入れたものの時間が経過するかどうかのようだ。【ストレージ】の方が上位互換っぽいね。
その後、移動の際の道案内や持っていく物の選別など、色々と話し合っていたら日が暮れてしまった。
ミホさんの結界で閉じ込めているとはいっても、あまり日が経ちすぎると解析されて壊される可能性もある。だから、移動は早めに明日ということになった。
「ハク、よくやってくれたな」
その日の夜はこの地で取る最後の晩餐と言うことで、ささやかながらみんなで食べ物を持ち寄って小さな宴会が開かれた。
皆、新天地での新しい生活を夢見て笑顔を見せている。今までずっと抑圧された日々を送ってきたのだ、それから解放されるとなれば喜びも大きいだろう。
そんな彼らの様子を端っこで眺めていると、お兄ちゃんが隣に座ってきた。
「まさか、ハクがここまでやるとは思っていなかった。獣人達のために色々手を尽くしてくれてありがとうな。代表として礼を言うぞ」
「お兄ちゃんのためだから」
そっと頭を撫でてくれるお兄ちゃんに甘えるように縋りつく。
私がこの世界で得た大切な家族。最初こそ、親に捨てられて愛など信じられなくなっていたけれど、お姉ちゃんは相変わらず優しくて、お兄ちゃんも同じく甘々だった。
竜としての家族ももちろん大事だけど、この二人も私の大切な家族なのだ。
二人と暮らすためならば多少の苦労はやってのける。むしろ、この程度で解決できるならいくらでも手を貸そう。
「あらあら、ハクは甘えん坊だね」
お兄ちゃんに甘えているところにお姉ちゃんがやってくる。
どうやらお酒を飲んでいたようで、少し顔が赤い。酒なんて嗜好品よくあったものだ。誰かの秘蔵の品かな?
お姉ちゃんも隣に座り、お兄ちゃんとの間に挟まれる形となる。
この感覚、長らく感じていなかったものだ。昔を思い出す。
こうして優しい二人と一緒に何気ない時間を過ごす。そんな些細な出来事でも、私にとってはかけがえのない宝物だ。
この先の未来を想像すると胸が高鳴る。お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に暮らす未来。私が待ち望んでいたもの。
こうなると、学園の卒業が待たれる。でも、学園は学園で楽しいんだよね。両立できればいいんだけどな。
「ラルド兄、ようやくハクに会えた感想は?」
「最高の気分だ。だが、同時に申し訳なさも感じるな」
「お兄ちゃんは何も悪くないよ」
「はは、そう言ってくれると助かるよ」
生存報告から約一年半もの間会えずじまいだった。それは手紙にも記されているようにお兄ちゃんにとっては苦渋の選択だったことだろう。
でも、今こうして出会えたのだから過程はもうどうでもいい。この先一緒にいてくれるだけで、私は嬉しい。
「お兄ちゃん、移住が終わったら、帰ってきてくれるよね?」
「もちろんだ。なんなら冒険者を辞めてずっとハクの下にいてもいいな」
「それは嬉しいけど、Aランク冒険者が簡単に冒険者辞めちゃだめだよ」
まあ、資金に関しては稼ごうと思えばいくらでも稼げるのでお兄ちゃんが働かなくても余裕で養っていけると思うけど、貴重なAランク冒険者がいなくなるのはギルドとしては損失がでかすぎるだろう。
私は別にそれでもかまわないけど、辞めるにしても何か手に職を付けて欲しいものだ。私が好きなのは、強くてかっこいいお兄ちゃんだからね。
「さて、明日は忙しくなるだろうし、そろそろ寝とくか?」
「そうだね、準備も必要だし……」
「ら、ラルド様!」
宴会も終盤に入り、そろそろ終わろうかという時、ミホさんが慌てた様子でやってきた。やってきたというか、突然現れたって感じだけど、転移でもしたんだろうか。
まあ、それはともかくとして、精霊は基本的には人前に姿を現さない。話すにしても【念話】で、隠れたまま話しかけることが多い。なのに、こんな風に姿を晒して慌てて駆け寄ってくるってことは、何かあったということだ。
「どうした、なにかあったか?」
「そ、それが、留置所の方の結界が何者かに破られたみたいで……!」
「なんだと!?」
ミホさんの持ってきた話はとんでもない内容だった。
この山にいた聖教勇者連盟の面々はミホさんが作った結界が張られている簡易的な留置所に収容されている。この結界は、集落に張っているような不可視の防御結界であり、相当な強度を持っている。
場合によっては竜のブレスすら防いでしまうほどの強度があるのだ、それが破られたとなるとかなりの大事である。
そもそも、あの結界の近くには容易に近づけないように空間の歪みが作られていたはずだ。通常であれば、見つけることすら困難のはず。ならば内部の者が破ったのかとも思ったが、この短時間で解析できるとも思えないしそれはないはず。
一体何が起こっているの?
宴会ムードから一変、不穏な空気が流れる。しかも、その不安をさらに増幅させるように、私の持っている通信の魔道具に着信が入った。
「ハクちゃん聞こえるか!? うちや! カエデや!」
「か、カエデさん? 一体どうしたんですか?」
「さっき通信が入ったねんけど、どうやら竜の討伐のために援軍が来るらしいねん。で、その時にマー君の猫がやってきたらしくて、留置所の奴らを解放したとか言うねんで」
「そういうことですか……」
マルスさんの猫、あれは魔力生命体で、言うなれば精霊みたいなものだ。だから、ミホさんの結界をすり抜けることが出来たんだろう。
猫を自在に召喚できる能力があるのだ、猫を通して会話することだってできるだろう。そうして援軍に場所を伝え、救出してもらったに違いない。
仮に見つかったからと言ってそう簡単に壊れる結界ではないはずなのだが……現実に結界は破壊され、聖教勇者連盟の面々は自由の身になってしまった。
これでは、明日の移動は決行できない。また捕まえる必要が出てくるだろう。しかも、今回は向こうも警戒するだろうからより難しい。厄介なことになった。
「それで、彼らは今どこに?」
「マー君の話では山頂の方に飛んでいく竜を見たって言ってんねん。やから、竜が飛び去った方へ向かうって……」
「それは……」
これはかなりまずいのではないか?
飛び去った竜って言うのは十中八九エルの事だろう。カエデさんを町に送った後、そのままエルに乗って集落に戻ったのだから間違いない。
そして、その足跡を追っているということは、じきにこの集落に辿り着くということである。マルスさんの目撃証言がどこまであてになるかはわからないが、それでも結界を破壊できるだけの人物が向こうにはいるのだ、もし見つかれば集落の結界は破壊され、無防備を晒すことになる。
「とにかく、うちらもすぐに向かうさかい! 気いつけてな!」
終始慌てた様子の通信が途切れる。
一瞬の静寂が私達を包み、お互いに顔を見合わせる。
来ない可能性だってある。一年以上もの間奴らの目を欺いてきた結界なのだ、近くに来た程度では突破はされないはず。
そんな希望的観測だったが、次の瞬間にはそれは打ち砕かれた。
「結界に攻撃!」
ミホさんが叫んだ瞬間、集落を包む結界がみしりと嫌な音を上げた。
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