第三百四十二話:これからのこと
聖教勇者連盟の在り方については大体わかった。そして、どうあってもわかり合えないということがわかった。
私としては、誤解を解いて穏便にお帰りいただこうと思っていたけど、洗脳にも近い考え方はちょっとやそっとじゃ変わらないだろう。
一応、留置所にいる転生者や神官達に竜の正しい知識を教えてみたりしたけど、いずれも悪魔の甘言として受け入れてもらえなかった。
そりゃまあ、初めからうまくいくなんて微塵も思っていなかったけど、あんまりぼろくそに言われるものだから少し落ち込んでしまった。
彼らの言うところでは、私は人間の裏切り者、悪魔の手先、魔王の復活を企む者、世界の平和を乱す破壊者、などなどそんな認識らしい。
私はただ、鳥獣人を竜人として殺そうとするのをやめて欲しいって頼んだだけなんだけどな。竜人は悪だなんだと騒ぎ立てるから竜の在り方について語ってやったらこのざまだ。
私、そんな間違ったこと言ってる? そりゃまあ、人族にとっては間違いなんだろうけど、いくらなんでも過剰反応しすぎでしょう。
宗教と言うのは恐ろしいものだ。私は絶対に宗教なんてやらないからね。
「ハクちゃん、大丈夫か?」
「はい、ちょっと残念ですが」
「外にも聞こえとったで? まったく、ハクちゃんを悪魔呼ばわりするなんてとんでもない奴らやな、ちょっとしばいたろか?」
「まあ、お気持ちだけもらっておきます」
カエデさんはまるで自分の事のように怒ってくれている。そうやって自分の事で怒ってくれるだけありがたいものだ。
ミリアムさんは、相変わらず何を考えているのかわからないけど。
「ハクお嬢様、これからどうしますか?」
「うーん……」
私のプランでは、どうにかして彼らを説得して穏便にお帰りいただこうかと思っていたんだけど、それはどうにも叶いそうもない。
理解するまでたっぷり教え込んでやろうとも思ったけど、それでは脅迫による洗脳になってしまうし、そもそもそんな時間も人員もない。
いつまでもここに収容しておくわけにもいかないし、出来れば彼らには味方になって欲しかったけど、最悪頃合いを見て送り返すしかないだろうなぁ。
ただ、そうなると鳥獣人達をどうにかしないといけない。
鳥獣人達は元々山の麓近くに住んでいたからちゃんとした武器さえあればある程度戦うことが出来る。しかし、かといって魔物蔓延る山の中ではお兄ちゃんがいなければ流石に厳しいだろう。
私の目標はお兄ちゃんを連れ出すことだから、それでは困るのだ。
この山がだめとなると別の場所に移動する必要がある。今なら監視の目もないし、安全に移動することが出来るだろう。
しかし、聖教勇者連盟をどうにかできていない以上、大っぴらに住むことはできない。どうしても、どこかに隠れ住まなくてはならなくなる。そして、同じ大陸なら隠れ里なんて数年もすれば見つけられてしまうだろう。
何も悪くない鳥獣人達にそんな苦労を強いるのもなんだか違う気がするし、かといって聖教勇者連盟を潰すとなると勇者や転生者を相手にする必要が出てくる。お父さんすら苦戦するような勇者を相手にするなんて私には無理だ。
「どこか安全な場所に移り住んでもらう、しかないよねぇ……」
結局、私にできることなんてそれくらいだ。
聖教勇者連盟の手の届かない安全な場所に彼らを移動させる。逃げの選択ではあるが、それしか方法はない。
問題は、どこへ移動させるかだ。
「とりあえず、お兄ちゃんに聞いてみないと」
どうやって移動させるのか、などの問題もあるし、まずはお兄ちゃんに意見を聞いてみないことには始まらない。
パッと思いつくのは竜の谷だけど、あそこは竜人達を保護してるからさらに竜人と勘違いされそうな気がする。まあ、どうせ出ないから関係ないかもしれないけど。
「カエデさん、ミリアムさん、一度町に送るので待っててくれませんか?」
「ああ、うちらが集落の場所を把握したらまずいもんな」
「はい。すいません、信じてないわけではないんですけど……」
「かまへんよ。うちらは元々敵やしな、仕方あらへんって」
カエデさんはこともなげに笑いながら手を振る。
私個人としては全く問題ないと思っているけど、やはり鳥獣人達にとってはそう簡単に信じられないだろうし、お互いの安全のためにもまだ連れていくわけにはいかない。
信用してないのか、と言われるかと思っていたけど、笑って許してくれてよかった。
「ただ、そろそろ報告の時間やねん。報告自体は通信の魔道具でできんねんけど、なんて報告したらええかな」
カエデさんがそういうと、ミリアムさんが懐から通信の魔道具を取り出す。
まあ、組織だって探しているのだから当然司令官がいるわけで、報告の義務はあるよね。
ちなみに、留置所に放り込んでいる連中の魔道具はすべて取り上げているので問題はない。
「竜が現れて、これ以上手を出すようなら殺すと脅された、とでも言っておいてください。それで引き下がってくれたら御の字ですし」
「そっか、ならそういう風に報告すんで」
ここで竜が登場したらより一層鳥獣人が竜人なのではないかという疑惑が深まりそうだが、どのみち奴らの中では鳥獣人=竜人と言う考えが定着しているのだから今更疑惑が深まったところでどうってことはない。
竜人ならともかく、竜の脅しならそれなりに効果はあるだろうし、これで引き下がってくれたらラッキー。引き下がらず、竜を倒せと命令してきたとしてもそれならそれでカエデさん達を死んだことにしてこちらに引き込むことが出来る。
ああ、でもその場合マルスさん達には口止めしておかないといけないな。いや、いっそのこと引き込んでしまった方が楽かな?
他の人達は実際にエルの竜姿を見せて脅せば逃げ帰った後で勝手に証言してくれるだろうしそれでいいけど、あの四人はカエデさんが裏切る所を見てるわけだし。
殺してしまうのが一番楽だってわかってるけど、やはりその選択肢は選びたくない。人殺しは、本当に最後の手段だ。
「マルスさん、どうしようかなぁ……」
神官三人はまあ、適当に脅せば何とかなりそうだけど、マルスさんは結構意地っ張りっぽいから説得が大変そうだ。
カエデさんに気があるようだし、カエデさんが説得すれば何とかなるかな? あんな別れ方しといて引き込もうとするのもあれだけど。
最悪、どこかの無人島に放り込んで監禁するというのも手かな。と言うかそれでいいのでは? 無人島暮らしは大変だろうけど、死にはしないでしょ、多分。
「報告終わったで」
「向こうはなんと?」
「倒せそうなら倒してこい、やって」
「まあ、大体予想通りですか」
「どうする?」
「まあ、とりあえず戦っている体にしておきましょう。何かあったら、この通信の魔道具で知らせてください」
私は【ストレージ】から予備で持っていた通信の魔道具を取り出してカエデさんに渡す。
私は風魔法が使えるから相手が持っていれば通信できるけど、王様が念のためにと持たせてくれたものだ。
カエデさん達は死んだことにして引き込むとして、マルスさん達も同じでいいかな。
他の人達はエルの竜姿を見せてから軽く脅して解放してやり、向こうが混乱している間に鳥獣人達を安全な場所に移動させることが出来れば完璧。
まあ、鳥獣人達がこの地を離れたくないという可能性もあるので聞いてからになるけど。
なんとか丸く収まりそうかな? 色々穴はあると思うけど、それはその時々で埋めていけばいいだろう。
もし、鳥獣人達が戦いたいと言い出したら……その時は諦めるしかないかな。私は殺さないけど、他の人達は容赦なく殺すだろうし。
出来ることなら平穏な暮らしを求めて移住してほしいと願いつつ、カエデさん達を町に送るためにエルの背中に乗り込んだ。
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