第三百四十話:竜の背に乗って
カエデさん、そしてミリアムさんを味方に引き込むことが出来たのは僥倖だったが、かといって彼女らをそのまま集落に招くのは少し心配だった。
カエデさんは何もしないだろうと思うけど、ミリアムさんは未だに謎が多いし、仮に彼女らに完全に敵対の意思がなかったとしても、鳥獣人達はそれでは納得しないだろう。
なにせ、すでに鳥獣人側は死人が出ているのだ。実際に殺したのは違う人だったとしても、同じ組織の人間がいきなり仲間になったから受け入れてとやってきてもすぐには信じられないはずだ。
だから、すぐに集落に連れていくことはできなかった。
「あ、ハクちゃん、敵対しといてこんなこと言うのもあれなんやけど、出来ればこの人達は殺さんといてくれるか? これでも世話になった人やし……」
「まあ、元々そのつもりだったので構いませんよ」
カエデさんもこのように寝返ったとはいえ完全に相手を殺す勇気はないように思える。鳥獣人達の納得を得るために見せしめに一人殺して見せろと言われても多分できないだろう。
でも、悪いことばかりでもない。
「その代わり、聖教勇者連盟について色々教えてくれますか?」
「その程度でよければいくらでも教えんで。ハクちゃんはもう仲間やからな!」
私が聖教勇者連盟について知っていることは、勇者召喚によって召喚した勇者と、特殊な能力を持つ人、主に転生者を囲っているということくらい。
シンシアさん達の様子を見る限り、竜や竜人を排除するために活動しているようだけど、どういう組織体系なのかはよくわかっていなかった。
カエデさんがどの程度の地位の人間なのかはわからないが、少しでも情報が得られるのならそれに越したことはない。
捕まえた奴らを尋問して聞き出すというのも手だが、別にそこまでしたいわけじゃないし、自分から話してくれるなら喜ばしい限りだ。
「それじゃあ、この人達を運んだら教えてください」
「それはええけど、集落まで運ぶんか?」
「いえ、留置所を作ったのでそこに。……あ、ちょっと驚くことがあるかもしれませんが気をしっかり持ってくださいね」
「? わかったわ」
ひとまず、マルスさん達を闇魔法で眠らせる。
抵抗されないようにと言うのもあるけど、エルが竜になる姿を見られるのはあまりよくないと思うしね。顔を覚えられたらまた追手が付くかもしれないし。……いや、すでに手遅れか。シンシアさん達が報告してるし。
何も喋らず微動だにしないミリアムさんはともかく、カエデさんは何が起こるのかわからない様子。
まあ、多分大丈夫だろう。威圧感は抑えてもらっているし。
「エル、お願い」
「了解です」
エルは少し離れると本来の姿に戻る。一瞬にして見上げるほどの巨体の竜に変化し、軽く一声鳴くと風圧で木々がさざめく。
うん、エルの竜姿はいつ見てもかっこいい。よくよく考えると、前世でやっていた狩りゲーの中に似たような姿の竜がいたような気がするんだけど、あれなんて名前だっけ? 同じ氷竜だった気がするけど。
「り、竜!? え、ちょ、本物の竜なんか!?」
「……これが、竜」
案の定、カエデさんは飛び上がりそうなほど驚き、ミリアムさんも少したじろいでいた。
ふふ、これがうちの自慢の竜ですよ。
まあ、その気になれば浮遊魔法を使って浮かせて、自分達は翼だけ出して飛んでいくっていうこともできるから別に完全に竜の姿になる必要はないと言えばないけど、こっちの方が楽だし仕方ない。
驚きに目を白黒させているカエデさんを微笑ましく眺めながら、落ち着くのを待った。
「……なるほどな、ハクちゃんはドラゴンライダーなんやな」
「そういうわけじゃないですけど……まあ似たようなものです」
「かっこええなぁ! 竜の背中に乗れるなんて一生使ってもほとんど無理やろ! 最高の気分やわぁ!」
「それはよかった」
エルの背中に全員を乗せ、留置所に向かっている道中、カエデさんはずっと興奮しっぱなしだった。
どうやら、カエデさんはかっこいいものに目がないらしい。特に、前世では戦隊ものや魔法少女ものにはまっていたらしく、常日頃からヒーローになりたいと望んでいたようだった。
もしかして、だから魔法少女みたいな格好してるのかな。雪山でこんな格好してると考えると正気の沙汰じゃないけど、それも愛がなせる業という奴だろうか。
「その格好、寒くないんですか?」
「いや、寒くはあらへんよ? むしろ元の姿に戻った方が寒いなぁ」
「元の姿?」
「ああ、この格好はな、変身した姿やねん。魔法少女ではお約束やろ? ……って、ハクちゃんに言ってもわからへんか、すまんな」
アニメの魔法少女みたく、普段は普通の女の子で、戦う時だけ魔法少女に変身するってこと?
うーん、もしかして、カエデさんの特殊能力はこの変身能力なのかもしれない。魔法少女の姿にのみ変身できる魔力消費なしの変身魔法って感じだろうか。
あの格好で雪山に挑んでいるところを見ると、恐らく戦闘力も魔法少女に依存するんだろう。私はあまりそういうのは見たことがないので詳しくは知らないが、魔法でも使えるんだろうか。
魔法が普通に使えるこの世界ではあんまり強そうとは思えないけど、少なくともこの山で無事でいられるのだからAランク冒険者並みの実力はありそうだ。
「お二人はどんなことが出来るんですか?」
「そうやなぁ、うちは基本的に魔法による攻撃と封印が主やな」
「封印?」
「せや、弱らせた魔物とかを『ドロップ』っちゅう赤い石にして封じ込められんねん。もちろん、封印を解いて解放することもできんで」
「なるほど」
封印って言うのはある意味殺されるより厄介なことだ。
例えば精霊は殺されたとしても魂が消えるわけではなく、数年もすれば再び妖精として生まれてくることが出来る。
人間の間にも、死んだら輪廻転生して来世で別人として生まれ変わるという話はよく聞くだろう。
しかし、封印と言うのは死ぬわけではないから生まれ変わることはできないし、かといって自由に動くこともできなくなるというある意味拷問のような手段だ。
まあ、封印の強さや封印されるものの力によって自由度は変わってくるだろうし、封印を破って出てくるみたいなこともできるかもしれないが、それはごく一部だろう。
私も封印されていたらしいが、あれは後で解けることが確定している時間制限付きの封印であり、そこまで危険なものではなかった。まあ、それでも700年ほど経ってしまったわけだけど。
そう考えると、封印って怖いなぁと思う。私も気を付けないといけないかもね。
「ミリアムさんは?」
「……影操作」
「影操作?」
「……そう。影を操ることが出来る」
そう言ってミリアムさんが軽く手を上げると、私の影が実体を持ったかのように立ち上がり、軽く手を振ってきた。
闇魔法にも影と影の間を移動する影転移みたいな魔法はあるけど、このように影を、しかも相手の影を操るという魔法は存在しない。
これ、結構厄介なのでは? 自分の影だから逃げられないし、攻撃され放題だ。嫌がらせとしてはトップレベルだろう。
軽くやって見せたけど、あの時ミリアムさんまで攻撃に回っていたら少し危なかったかもしれないね。
「お二人とも凄いんですね」
「それほどでもないよー」
「……」
やはり転生者は色々と特殊な能力があって面白い。
でも、そんな能力を与えていると思われる神様は、一体何の目的があってそんな能力を付与しているのだろう。そもそも、勇者召喚で召喚された勇者が強い力を持っているというのも少しおかしな話だし。
だって、学園で習った内容を見る限り、勇者はみんな日本人だ。そりゃ、格闘技とか武道を習っている人ならそれなりに強いかもしれないけど、そんな人少数派だろう。それなのに、平然と魔法を使ったり、神具を使いこなしたりとよくわからない。
魔物が増えすぎないように調整するのは竜の役目のはず。勇者や転生者が無双して蹴散らす必要なんてない。だったらなぜ、神様は特殊な能力を付与するのか。
転生した先ですぐに死んでしまっては困るから? それとも、竜の代わりとでも言うのだろうか。
よくわからないけど、神様は一柱だけというわけではないみたいだし、一枚岩ではないってことなのかもしれない。
まあ、神様の事なんて神様にしかわからないんだし、気にしなくてもいいか。私は平穏無事に暮らせたらそれでいい。
そう考えて、私は思考を打ち切った。
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