第三百三十九話:選んだ道
「す、凄いなぁ。エルさん、やったっけ? 今なにしたんや?」
最も早く立ち直ったのはカエデさんだった。
エルが気を利かせたのか、それともたまたまかはわからないけど、どうやらカエデさんは竜の威圧を受けなかった様子。だからこそ、最も早く立ち直ることが出来た。
明らかに敵対してしまっているのでちょっと気まずそうではあるけど、今はそれよりもマルスさんを軽くあしらったエルに興味があるのか少し興奮気味に近寄ってきた。
「別に、ちょっと殺気をぶつけてやっただけですよ」
「達人さんなんやなぁ。うちより少し上くらいやのに凄いわ。憧れるわぁ」
「それはどうも」
エルが少し上ってことは、カエデさんの年齢ってエルより少し下? 見た感じ12、3歳くらいに見えるけど、16歳くらいに見えるエルより少し下って考えるともう少し高い感じ?
転生者だから子供でもしっかりしてるのかなと思っていたけど、どうやらそういうわけでもなさそうだ。
「か、カエデ様、何をしているのです! 早く奴らの始末を!」
「何言うとるん。ハクちゃん達にそんなことできるわけないやろ。頭おかしなったんか?」
「なっ!? 奴らは竜人に与する世界の敵ですぞ!?」
「そもそもそれは間違いやって言うとるやんけ。ハクちゃんの主張には何もおかしなところあらへんかったよ? そもそも、鳥獣人を竜人と間違えるとかアホちゃうか?」
へたり込みながら指示する神官に対しカエデさんは呆れたような表情で冷たく見下す。
やはりカエデさんは話がわかる人だ。竜人憎しと言えど、冗談で竜人だと言っただけで殺そうとするような集団と一緒にいるのが信じられない。
確かに、セフィリア聖教国は700年前、魔王と目される竜の存在によって世界的な危機を迎えた、らしい。
らしいというのは、その時魔王と言われていたのがお父さんであり、お父さん自身は別に侵攻もしていなければ破滅ももたらしていなく、ただそこにいただけで魔王視されただけだから本当に世界的危機に陥ったかと言われればそんなことはないだろうなと思ったからだ。
一応、それ以前にも魔王と呼ばれる存在はちょくちょく出てきていたらしく、それまでは勇者召喚がなくてもなんとかしてこれた。その真相はお父さんが世界の秩序を守るために適当な頃合いで排除していたからみたいだけど。
でも、魔王があまり出現しなくなった頃、うっかり姿を見せてしまったお父さんが魔王にされてしまい、しかも今回はいつまで経っても排除されないから、焦ったセフィリア聖教国が勇者召喚に踏み切った、と言う流れだと思う。
勇者によってお父さんはしばらくの間眠りにつくことになり、一時的な平穏が訪れた。しかし、その時に出した被害は尋常ではなく、それを主に行った竜や竜人は世界にとっての敵だ、と言うのはわからなくはない。実際には事実が違っていたとしても、そう伝えられているのだから勘違いするのは仕方のないことだ。
だとしても、何の抵抗もしてこない相手を一方的に嬲り殺して世界平和のためだと言われてもピンとこない。当事者だというならまだしも、700年も昔なら竜人と言えどほとんどはかなりの高齢か寿命を迎えていることだろう。
新世代の何の罪もない竜人達を迫害するのが正しいかと言われたら、私は違うと思う。少なくとも、最低でも話し合いをして相手の言い分を聞いた上で考えるべきだろう。
「そ、そんな甘言に乗っては世界が……」
「あのなぁ、もし仮にあんたらの言う通り竜人が世界の敵やって言うんなら、なんで未だに世界は滅亡してないんや? いくら竜人が強いゆうてもそれだけで世界が滅亡するわけないやろ。竜人も所詮はうちらと同じ人族や」
「奴らを放っておけば魔王の復活の可能性も……」
「それは確か竜やなかったっけ? 竜人は何も関与しとらんやろ。そもそも、鳥獣人が竜人や言うんなら何で抵抗してきいひんのや? そんだけ強いなら逃げずに戦えばええやろ。数はこっちの方が少ないんやから」
「それは、我らの威光に恐れをなして……」
「アホか。先輩達みたいな冒険者風の大人ならいざ知らず、うちらみたいな子供相手に交渉しようなんて思うわけないやろ。前から言おうと思っとったけどな、夢見るのも大概にしいや? うちを助けてくれたことには礼を言うけどな、その恩返しに人殺しせえっちゅうんならうちはもうあんたらのところには戻らへん。勝手に勘違いしとき」
一息に言いきったカエデさんはこちらに向かって歩いてくる。
とっさにエルが私の事を庇うが、カエデさんは苦笑して立ち止まり、手を差し伸べてきた。
「まあ、そういうわけやから、うちはハクちゃん達を応援するよ。せやから、出来れば仲間に入れて欲しいな」
「お、おい、カエデ……!」
「マー君、ごめんな。うちやっぱり耐えられへんねん。今まで一緒に戦ってくれてありがとうな」
ようやく立ち上がったマルスさんは信じられないものを見るような目でカエデさんの事を見ていた。
心から信頼していた人に裏切られたって感じだな。なんだかんだ言いつつ、カエデさんは自分の下についてくれると思っていたのかもしれない。
だけど、カエデさんは多分相当心が強い人だ。
聖教勇者連盟に入ってからどれくらい経っているのかはわからないけど、何もわからない異世界で、助けてくれた優しい人が竜人が敵だと教えてきたのなら普通はそれを信じてしまうことだろう。だけど、カエデさんはちゃんと自分で考えて、それは違うんじゃないかって結論を出した。
他人と違う考えを持ち続けるって言うのはかなり難しいことだ。人は周りに流される生き物なのだから。
きっと前世は出来た大人だったんだろうな。その在り方は尊敬に値するよ。
「……カエデ」
「なんや、ミー君。ミー君もうちが離れるんは反対か?」
「……ううん、一緒に行く」
「えっ?」
「なっ、おい、ミリアムまで!?」
終始言葉を発さなかったミリアムさんがここに来て初めて言葉を発した。しかも、カエデさんについていきたいのだという。
ミリアムさんもカエデさんと同じく聖教勇者連盟の在り方に疑問を感じていたってことだろうか。それとも、単にカエデさんの事が気になったから?
どちらにしても、彼にも敵対する意思はないようだ。
「ま、待て貴様ら! 助けられた恩を仇で返す気か!?」
「そんなつもりはあらへんよ。聖教勇者連盟はこう言ったんやで? 何をするのも、どこへ行くのも自由やと。ほんなら、うちがどこへ行こうがうちの勝手やんか」
「それは組織を抜けてもいいという意味ではないだろう! そもそも、外の事も何も知らないでどうやって暮らすつもりだ!」
「話づてに聞いた知識程度ならあるんよ。ま、適当に冒険者でもして日銭を稼ぐわ。うちらはそういう教育をされてきたからそれくらい楽勝やろ?」
「ま、待て! 行くな! お前がいなくなったら、俺は……!」
「ほな、体に気をつけてな、マー君。今まで楽しかったで」
カエデさんの言葉を聞いてがっくりと項垂れるマルスさん。
この様子だと、カエデさんに気があったとか? だとしたらご愁傷様だな。
意中の女性は離れ、しかもその隣には仲間だったはずの男が傍にいる。しかも、自分はついていこうにも敵対してしまったせいで言い出しにくい。なんか可哀そうだけど、それが選んだ道なのだから仕方がない。
「それでハクちゃん、返答のほどは?」
「あ、はい、もちろんいいですよ。よろしくお願いします、カエデさん、そしてミリアムさん」
「よっしゃ! よろしゅうな!」
「……よろしく」
お通夜ムードのマルスさん達に比べてこちらはテンションマックス。その衣装のせいもあってなかなかに可愛らしい。
カエデさんとは出来れば敵対したくなかったからよかった。
こうして、山に潜む追手はあらかた片づけることが出来た。しかし、これはまだ始まりに過ぎない。
私は空を見上げながら、次なる手を考えていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。