第三百三十八話:捜索隊の無力化
難しく考えていたが、結局のところやるべきことは単純だ。
まず、この集落には不可視の結界が張ってある。それのおかげで今まで発見されることはなく、平穏とは言わずとも無事に過ごせてこれた。しかし、流石にそろそろそれも限界で、見つかるのも時間の問題となった。
鳥獣人達が示す選択肢は二つ。逃げるか戦うかだ。
逃げる場合は移動時に見つかるリスクや新天地での安全確保など課題は多い。戦う場合もまともに叩けるのはお兄ちゃんのみで勝ち目は少ない。
でも、これはあくまで鳥獣人だけの問題であり、私達にはそんなこと関係ない。私達がやるべきなのは、戦った上で勝つことだ。
もちろん、戦った奴らは殺さないで無力化し、捕虜として収容する。そして、竜や竜人が悪だという固定概念を払拭し、竜人差別をやめさせる。
そんなことが可能なのかって? さあ、それはわからない。そもそも無力化と言うのは圧倒的な戦力差があって初めてできることだ。エルならばある程度はできるだろうけど、そこはやはり転生者、多少の抵抗はしてくるだろう。それに、仮にうまくいったとしても、竜のイメージを払拭できるかと言われたらわからない。
だけど、私の目標のためにはそれを通さなくてはならない。最悪イメージをどうにかできなかったとしても、生きていてさえくれればそれでいい。どうしてもというなら解放し、また歯向かってくるようならまた無力化する。そうしてだんだん牙を抜いていければ結果的には成功だ。
〈ハクお嬢様、あそこに〉
エルの背中に乗って、山頂付近を探索し、聖教勇者連盟の人を探し出す。
まずは確実に数を減らすことが重要だ。どちらにせよ、向こうに力を示す必要はある。だから、この山を調査している奴らを片っ端から見つけ出し、力でわからせる。
もちろん、最初から喧嘩腰と言うわけではないよ? ちゃんと事情を説明し、鳥獣人達への攻撃をやめてくれるようなら無理に戦おうとは思わない。だけど、大抵は私の事を裏切り者として襲い掛かってくるため竜の威圧で黙らせる。
これはトラウマものみたいだからあんまりやりたくないんだけど、無力化すると考えるとこれが一番楽なのだ。収容した後で暴れられても困るし。
捕まえた人達は集落から少し離れた場所に作ってもらった牢獄に運んでいる。ミホさんが本気で張った特製の結界があるので出ることはできないし、壊すこともできない。
結界に関しては私より凄いかもね、ミホさんって。
「エル、近くに降りて」
〈了解です〉
これだけ捕まえていればそろそろだろうと思っていたけど、ようやく見つけた。
私は【人化】したエルを伴ってその集団に近づく。
案の定、全身黒ずくめのミリアムさんが真っ先に気付き、次いでカエデさんがこちらを向いた。
「ハクちゃん、それにエルさんやったっけ? また会うなんて奇遇やなぁ」
「ええ、そうですね」
初めて見つけた時はこの山にいるのは彼らだけかと思っていたけど、実際は何組もいたうちの一組に過ぎなかった。
だけど、それはどうでもいい。
カエデさんはまた会えたことが嬉しいようでテンション高めだ。相変わらず寒そうな魔法少女姿でキラキラとした笑顔を見せている。
対して、猫耳フードを被ったマルスさんは明らかに警戒しており、両手を上げて威嚇のようなポーズをとっていた。
「何が奇遇だ。貴様、初めから俺達に接触する気でいただろう」
「ええ、まあ」
以前は一応人を探しに来たという体で誤魔化していたが、今回は割と雑に近づいて接触を図ったから事前に気付かれていても不思議はない。
それに今回はお姉ちゃんもいないしね。貴族か何かのお嬢様だと思われている私が護衛一人だけというのもおかしな話だろう。
ちなみにお姉ちゃんは万が一のことを考えて集落で待機してもらっている。私が失敗したら集落の場所が割れてしまうかもしれないからね、その保険だ。
「前から思っていたが、貴様らは何か異質な気配がする。ただの人間ではないだろう」
「さあ、どうでしょう」
「とぼけるな!」
異質な気配、と言うのは私やエルが竜だからだろう。魔力の質が少し違うから、その違和感を感じ取ったのかもしれない。
勘がいいのはミリアムさんだけだと思っていたんだけど、マルスさんもそこそこいい勘してるようだ。
「まあまあ、そんな怒らんでもええやん。うちらだって色々隠してることあるやろ?」
「それとこれとは関係ない。何を企んでいる?」
「私があなた達に要求することは一つですよ」
私は鳥獣人達への攻撃をやめるように説得する。
もちろん、鳥獣人は竜人ではないということは話したし、証拠として魔力の有無のことも話した。
しかし反応は……。
「そんな戯言に騙されると思うか? この裏切り者め!」
「やはり、裏切り者の関係者だけあって頭が固いようだな、竜人を庇うなどとは」
「今すぐその言葉を取り消し、我々に集落の場所を明かすのなら命は助けてやろう」
と、こんな感じ。
ほとんどは神官が言っていたことだけど、マルスさんはそれに賛同していた。反対していたのはカエデさんと、何も言わないミリアムさんくらいなものだ。
彼らの中で鳥獣人は竜人だという方程式が出来上がっており、それは人が息をするのと同じくらい当たり前の事らしい。
ここまでくると洗脳に近いものを感じるが、宗教国家ならそれもあり得そうで怖い。神の名の下にって言えば何でも許されると思ってそう。
「そうですか。では、私達はあなた達を無力化します。抵抗しないでくれると嬉しいです」
「はっ、何を言うかと思えば。たった二人で何ができる」
「もういい。マルス様、処分を任せられますか?」
「まあいいだろう。竜人に与したことを後悔しながら死ね」
そういうと、突然天に響くような声で叫んだ。ただ、その声は人間のものではなく、まるで猫のような甲高い声だった。
何事かと思ってみていれば、マルスさんが口元を歪ませてこちらを睨む。すると、いつの間にか周囲には大量の猫が現れていた。
「驚いたか? 俺はどこでも自在に猫を召喚することが出来るんだよ」
得意げに語っているが、凶暴な魔物ならともかく、猫と言うのが何とも調子を狂わせる。
だって、完全にただの猫なんだもん。ライオンみたいな凶暴なネコ科とかじゃなくて完全に家猫だもん。怖くもなんともない。むしろ可愛くて和む。
「ちょちょ、待ちいな! 何も殺す必要ないやろ!?」
「うるさい! 行け、猫ども! 奴らを八つ裂きにするのだ!」
カエデさんの悲鳴をかき消して、猫達がにゃーにゃ―鳴きながら襲い掛かってくる。
私は呆けて動けなかったが、前に出たエルが猫達を一身に受け、あっという間に体中猫まみれになった。
何とも和む光景だが、一応言うだけあって凶悪な猫らしい。その手に持つかぎ爪は異様なほど鋭く、人間の肌など一瞬で切り裂いてしまいそうな迫力がある。
顔は可愛いが牙も強力で、普通の人間ならあっという間に噛み千切られてしまうだろう。しかも、どうやらこの猫、魔力生命体のようで、攻撃すべてに魔力が付与されている。
通常の防具は物理攻撃に対する耐性はそこそこあるものの、魔法攻撃に対する耐性はあまり高くないことが多い。だから、普通の人間がまともにこれを食らったらひとたまりもないだろう。
……まあ、エルは普通の人間じゃないけどね。
「なんですかこれは?」
「んなっ!?」
容赦なく引き裂かれるかぎ爪も、噛み千切ろうとする牙もエルにとってはそこまで脅威でもなんでもない。人間寄りの私と違って、エルは【人化】状態でもかなり硬いのだ。生半可な攻撃が通るはずもない。
神官もこれは予想外だったようで、慌てふためいている。というかこの神官、戦力としては全然期待できなさそうだ。魔力も並だし、特殊な能力もないように思える。つまり、ただの転生者のお目付け役ってだけだ。
そして、カエデさんは放心状態、ミリアムさんも何も言わないで見てるだけ、戦っているのはマルスさんだけだ。そして、その攻撃は軽くあしらわれた。
これがどういう意味なのかマルスさんも悟ったことだろう。驚愕に顔をゆがめながら、無意識のうちに一歩後退った。
「さて、まだやるならかかってきなさい。相手になりますよ」
エルが挑発するように手をくいくいと誘うように曲げる。その時、一瞬だけ威圧するように竜の気配を解放すると、マルスさんはペタンとその場に膝をついた。
うん、やっぱり竜の威圧って便利だね。ただ、カエデさんにトラウマを植え付けてしまわないかが少し心配だけど。
ちらりとカエデさんの方を見てみると、ぽかんと口を開けて呆然としていた。
うん、大丈夫そうだね。よかったよかった。
感想、誤字報告ありがとうございます。