第三百三十七話:我儘な選択
「あの、すいません。ちょっといいですか?」
「どうした、ハク? 何か意見があるのか?」
私の声に部屋中の視線がこちらに集まる。
鳥獣人と言うだけあってみんな鋭い目つきの人ばかりなので少したじろいでしまうが、表情には出さずに話を続ける。
「話し合いって言うのは無理なんですか?」
「無理だ。奴らは全く話を聞こうとせん」
私の言葉にみんな即答する。と言うか、その選択肢は以前にも何度か取られたらしい。
元々の理由が誤解なのだから、その誤解を解くことが出来れば追われる理由はなくなる。そう考え、初めは使者を出して話し合いをしようとしたこともあったらしい。
しかし、結果は使者が無残に殺されるという結果に終わった。初めは話し合いに応じるような姿勢を見せていたが、集落の場所を教えろという要求を断ったところ、即座に捕らえられ、拷問にかけられて挙句に殺されたという話だった。
使者として赴いた鳥獣人は鋼の意志で最後まで集落の場所について口を割らなかったおかげで集落は無事でいられたが、奴らは自分達の事を人とも思わない畜生だというイメージが付き、結局その後は話し合いが行われることはなかった。
一応、お兄ちゃんはそれでもまだ可能性があると思って一人で話し合いに臨んだこともあったようだが、結果は同じ。お兄ちゃんの事を人間の裏切り者として殺そうとしてきた。
まあ、お兄ちゃんも初めからある程度予想をしていたので即座に離脱することが出来たようだが、これで完全に話し合いの場は絶たれてしまった。
なんというか、納得いかない。
だって、いくら翼が生えているとはいえ、竜の翼と鳥の翼の違いくらい見ればわかるだろう。
そりゃ確かに、鳥っぽい翼を持つ竜もいるにはいるが、魔力の有無を見れば違うって一瞬でわかるだろうに。セフィリア聖教国ほどの力を持つ国が魔力の有無を確認できる存在がいないわけないし。
明らかにこちらが竜人だと決めつけて行動している。一体何を根拠に? まさか、鼠獣人の言ったことを本気で鵜呑みにしてるとでも言うの?
そもそも、竜人は昔竜に与したとして邪悪なイメージこそあるが、今どきその考えはナンセンスだ。ほとんどの人がそんな昔のイメージは忘れ、他種族に寛容な国なら竜人を見ても、「あ、竜人だ、珍しい」程度の感想しか持たない。未だに竜人は悪だと喚いているのはセフィリア聖教国くらいだ。
その国の中で勝手なイメージを持つことは勝手だけど、エルフのように不干渉と言うならともかく、それを理由に他種族を排除しようとする姿勢は気に入らない。
しかも、この教えは多くの転生者達に刷り込まれてしまっている。下手に力を持っている分、普通の国より遥かに厄介だ。
「なら、私が交渉するというのは?」
「止めておけ、どうせ同じことだ」
私が鳥獣人と繋がっているということはまだばれていないはず。なら私であれば交渉することも可能だろう。
しかし、結局のところ鳥獣人の事を竜人だと信じ切っている限り、それに与するあらゆる種族は奴らにとって敵となる。だから無駄だと、そう言われた。
うーん、どうにかして鳥獣人が竜人ではないという証拠を突きつけられればいいんだろうけど、魔力以外に証明できるものなどない。
獣人は【獣化】という完全に動物形態になる特技があるらしいけど、竜もその気になれば獣の姿になることはできてしまう。だから、それを見せても無駄だろう。
そもそも、ここまで頑なに竜人だと言い張っているなら、仮に魔力がないことを理由に竜人でないと言い張ってもなんだかんだ理由を付けて殺そうとしてくる気がする。
カエデさんならまだ話を聞いてくれそうな気がするけど、後ろにいた神官やマルスさんなんかは話を聞かないだろうしなぁ……。
なんとかして話し合いに持って行きたいんだけど、やっぱり無理なのかな……。
「ハクさん、だったか。あなたは竜を従えているのだろう? なら、その力で奴らを蹴散らせないか?」
「おお、なるほど!」
いいことを思いついたとばかりに数人の鳥獣人が賛同する。
確かに、エルにかかれば仮に転生者が相手でも戦えるだろう。お父さんを窮地に追いやった勇者ならばともかく、普通の転生者相手なら十分に相手ができるはずだ。
しかし、それをやるということは、同郷の者を手にかけるということでもある。
全員が全員地球出身とは限らないし、同じ地球でもパラレルワールド的なところから来た人もいるかもしれない。でも、私と同じようにこの世界で新たな生を受け、順風満帆に暮らしている人を手にかけるなんて私にはできない。
なんだかんだ、私は今まで人殺しをしたことはなかった。怪我を負わせたことはあったけど、命まで奪おうと思ったことなど一度もない。私はそれを違和感として捉えていた。
赤の他人なのだから、わざわざ助けてやる義理なんてどこにもない。邪魔をするなら殺してしまえばいいという考えと、人を殺すなんて悪いことだ、助けられるなら助けないといけないという考えが混ざり合い、どっちが自分の考えなのかがわからなくなる。
恐らくこれは私が元々人間だったからだと思う。地球の日本という国で、殺しとは縁遠い生活をしてきたからこそ世界が変わってもそれを受け入れることはできない。しかし、精霊として生まれ、竜の力を持つこの身体は本質的に人間を同族とは思っていない。言うなれば、その辺の虫と言った価値観なのだ。だから、死んだところで「あ、死んじゃった」程度にしか思っていないし、殺したという実感も沸かないんだろう。
殺したところでどうとも思わないはずなのに、私の精神はそれを悪いことだと認識している。どっちも自分の考えではあるが、私はまだ殺しは悪いことという考えの方が勝っているから殺していないだけ。
私はどうするべき? お兄ちゃんとの幸せな暮らしのために同郷の者を手にかける? わからない。
「おい、ハクにそんな重要な選択をゆだねるな。可哀そうだろ」
「こ、これは失礼しました」
黙り込んでしまった私を見て、お兄ちゃんは私の事を引き寄せて抱きしめてくれた。
このままではいずれこの場所は発見される。そうなれば、お兄ちゃんは鳥獣人を守るために共に戦うことだろう。大精霊の加護を受けているとはいえ、お兄ちゃんは所詮は人間だ。後れを取る可能性は十分にある。
ようやくお兄ちゃんに出会えたのに、それっきりお兄ちゃんに会えなくなるなんて、そんなことは断じて許容することはできない。なのに、私はまだ迷っている。
最も簡単な逃げ道は逃げることだ。逃げ延びれば、少なくともしばらくの間は猶予ができる。だけど、結局のところ結果は同じ。選択の時はやってくる。
お兄ちゃんか見ず知らずの転生者か。比べるべくもないことはわかっているつもりなのに、なぜ決められない。私は自分で自分に苛立ちを覚えた。
「とりあえず、今日の会議はここまでだ。警戒を怠らないようにな」
「「「はっ!」」」
お兄ちゃんの合図で鳥獣人達が外に出ていく。残されたのは私達とお兄ちゃんだけだ。
お兄ちゃんは私を抱きしめたまま、ポンと頭の上に手を置いて撫でてくれた。
「力になってくれるのは嬉しいが、あんまり無理はするなよ。ハクにもしものことがあったら、俺は後悔してもしきれないからな」
お兄ちゃんの目に迷いはない。もしもの時になれば、最悪お兄ちゃんは鳥獣人達を見捨てて私と共に逃げることも厭わないだろう。
お兄ちゃんは義理堅く優しい性格ではあるが、最優先事項は常に私で、その他の事は出来ればやる程度にしか思っていない。ただ、最後までできるかどうかを模索する諦めの悪さがあるだけで。
私は結局のところどうしたい?
お兄ちゃんとは一緒にいたい。一緒に王都に帰って、家を買って、お姉ちゃんやアリア達と一緒に幸せな暮らしを送りたい。でも、一方で同郷の者は殺したくない。出来ることなら竜人が悪だなんていう誤解を払拭し、共に語らいたい。
ならばどうするか? どっちもやればいい。
元々選択肢を一つ選べと言うルールなんてどこにもない。ならば、お兄ちゃんを助けつつ、相手も殺さない。そうすれば万事解決だ。
「……お兄ちゃん」
「うん?」
「お姉ちゃんにエルも」
「どうしたの?」
「なんでしょうか」
『そしてアリアも』
『なになに?』
私は皆を見回す。
これは私の我儘だ。無謀なことはわかっているし、それにみんなを巻き込むのは筋違いだともわかっている。だけど、あえて私はみんなを巻き込む事にした。
「……力を貸してくれる?」
「……ああ、もちろんだ!」
「ハクのためなら何でもするよ」
「ハクお嬢様のためならば」
『何でも言って、力になるよ』
当然のように返ってくる賛同の言葉。それは私が愛されているという証でもある。
私は私の幸せのために無茶を通す。でも、みんなを巻き込むからには失敗など許さない。
お兄ちゃんを助けて、相手も殺さない。やるべきことが明確ならば迷うこともない。
「……ありがとう」
私は精一杯の笑顔で返す。私は決意を新たに突き進むことを心の中で誓った。
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