第三百三十六話:対策会議
ひとまず隠れ集落へと戻り、その日は休むことになった。
一見しっかりとした集落のように見えるが、細かいところはまだまだ全然行き届いていないらしく、お風呂はないし、食事はその辺で狩ってきた魔物の肉や僅かばかりの山菜が基本、ベッドは葉っぱや枝をまとめたものだったりとかなり質素な暮らしぶりだった。
いや、風呂は元々水浴びが主でお風呂に入る習慣はあまりなく、食事は元から狩りで手に入れたものを食べていたし、ベッドは元々あんな感じだったらしいので彼らからしたら隠れ住んでいるにしては上等な暮らしぶりなんだろう。
どうしても必要な細かな生活雑貨はお兄ちゃんがたまに町に行って調達しているようで、命を賭して守ってくれただけでなく、集落の生活を支える存在としてお兄ちゃんはかなり重宝されているようだ。鳥獣人達のあの態度もお兄ちゃんの人柄がなせるものだだろうね。
とはいえ、そんな限界集落にいきなりアリアを含めて四人も押しかけて寝られる場所などなく、結局私達は自前のテントを使って野宿する羽目になった。
雪山ということもあってかなり寒いけど、その辺は火の魔石をカイロ代わりに凌ぐ。エルが氷の膜を張って風を遮ってくれたこともあり、思ったよりは寒さに震えることもなく眠ることが出来た。
「さて、今日の対策会議を始めるとしよう」
翌日、お兄ちゃんの家に行くと何人かの鳥獣人達が集まって机を囲んでいた。
彼らは集落の村長や戦士長などの重要な役職についている人らしく、今なお諦めの悪いセフィリア聖教国の人間達をどうするかを話し合っているらしい。
お邪魔かなぁとも思ったけど、私も協力するつもりだし、お兄ちゃんも特に何も言わなかったのでちゃっかり同席させてもらった。
鳥獣人達は私達のことを訝しげな眼で見ているが、昨日お兄ちゃんが私の事を妹だと紹介したせいか、そこまで突っ込まれることなく話し合いが始まった。
「まず、偵察による最近の奴らの動きですが……」
鳥獣人の最大の特徴は空を飛べるということにある。まあ、鳥と一概に言っても色んな種類があり、それぞれで少しずつ特色が違ったりするらしいのだが、大体の者は飛べる。
なので、空からこっそりと敵の姿を確認し、その動きを把握することが出来るのだとか。
空を自由に飛び回れるって言うのはやっぱり凄いアドバンテージだよね。私も初めて飛んだ時は凄く興奮したし、飛べるってだけで得した気分になれる。
「現在、奴らは山頂付近を捜索しているようです。未だに集落の場所には見当がついていない様子ですが、日に日に集落の場所に近づいてきております」
「まあ、流石にそろそろ潮時だよなぁ」
難しい顔でお兄ちゃんが腕を組んで唸っている。
いくら結界が優秀だとは言っても、完全にその場所からいなくなるわけではない。何も知らなくても、結界がある部分に触れれば弾かれる事になる。そうなれば、少なくともそこには何かがあると教えてしまうことになるだろう。鳥獣人の隠れ場所を探している向こうにとってはそれだけで居場所が特定できてしまう。
まあでも、空間の大精霊が張った結界だけあって結界の周りには無意識に結界を避けるように空間の歪みが作られているようだけど、だとしてもいずれは不自然さに気付かれてしまうだろう。
一年以上も隠し通せただけ凄いというものだ。これ以上奴らの目から逃れるためには、隠れ場所を変える必要が出てくる。しかし、それには多大なリスクが伴う。
「次の集落の候補地はあるか?」
「この山はすでに奴らに知りつくされております。もし逃げるとするならば、山を越えて森林地帯に逃げ延びるしかないでしょう。ただ……」
「そう簡単に逃がしてくれるかって話だよな」
秘密裏にこっそりと移動して見つからずに集落を移すことが出来れば、奴らは山を捜索し続ける羽目になり時間を稼ぐことが出来る。しかし、奴らにとってこの山はすでに庭も同然、Aランク並みの魔物が跋扈しているにも拘らず、奴らはそれらを平然と退け、ずんずんと山を闊歩している。
当然、大規模な移動なんてすれば見つかってしまうだろう。いくら空を飛べると言っても、そんな大勢飛べば流石に見つかる。
では少数で何度かに分けて移動すればとも考えられるが、それはそれでリスクが伴う。
なぜなら、次の行き先である森林地帯は情報がかなり少ないからだ。
今現在、この山で隠れ住んでいられるのはお兄ちゃんの存在があってこそ。鳥獣人達も戦えないわけではないが、今あるのは魔物の骨を削って作った簡素な武器のみ。Aランクの魔物だけあってそれでもそこそこ頑丈だが、流石に切れ味が悪すぎる。防具の方は元々魔物の素材を使って服や鎧を作っていたらしいのでそれに関しては問題ないが、やはり使い慣れた武器がないと怪我をする危険性が高まるし、満足な治療を受けられない現状では少し厳しかった。
流石にそんな状態では碌に戦うことはできず、万が一森にこの山以上の危険な魔物が住んでいた場合はみすみす死にに行くことになる。
先にお兄ちゃんが行って危険な魔物を排除するというのも手だが、それはそれで移動中に奴らに襲われるリスクもあるしで、結局完全に安全に移動する術などないのだ。
しかも、一度でも見つかってしまえば奴らは追手を差し向けることだろう。そうなれば、拠点もないまま奴らを迎え撃たなくてはならなくなる。それでは犠牲が出てしまいかねない。
「一番簡単なのは今来てる奴らを片っ端から殺して隙を作るってことだが」
「ラルド様、それはあまりにも無謀でございます」
「わかってるよ。言ってみただけだ」
幸いにもというか、この集落を探している追手と言うのは意外にも少ない。いずれも4~8人程度の少人数で、手分けして山を捜索しているようだ。私達が会ったのはそのうちの一組だったみたい。
ただ、その少人数があまりに強く、冒険者ランクで言えばAランクほど。下手に手を出せば捕らえられるだけでなく集落の場所まで吐かされるかもしれない。
万全の状態であれば鳥獣人達も多少は抵抗できるという自信があるようだが、現状では対抗できるのは実質お兄ちゃんだけのようだ。
流石のお兄ちゃんも一人で数人の相手をするのは厳しい。相手をすべて排除するという案はほぼ不可能だ。
「くそ、なぜ我らがこんな目に遭わなければならないのだ!」
「我ら誇り高き鳥獣人が竜人の末裔だと? ふざけおって!」
なかなかいい案は出ず、しまいには憤りを口にする者も出る始末。
というか、やっぱりそれが一番気になるよね。なんでセフィリア聖教国は鼠獣人の話を簡単に信じたんだろうか。
確かに鳥獣人は竜人と同じように翼が生えている。猛禽系の鳥獣人は力も強いし、似ているところがないわけでもない。だが、竜人はそれに加えて圧倒的な魔力も持っているのが普通だ。
竜人は竜と人の子である。その遺伝子には竜の特徴が強く表れ、能力も竜に準じたものになる。だから、力も強いし魔力も多くなるのだ。
それに対し、鳥獣人はそこまで多くの魔力は持っていない。獣人は基本的に身体能力が高い者が多いが、その代わりに魔力はそこまで持っていないのだ。
これは明らかに、竜人とは異なる点。つまり、鳥獣人が竜人でないということの証明である。
そりゃもちろん、見た目には魔力が多いかどうかなんてわかんないだろうけど、殺すからにはその辺をきっちり確認しておかなければならないだろう。後で間違いでした、じゃ笑い話にもならない。
その辺りをどういう風に考えているのか、少し気になるな。
「どうしたものか……」
皆腕を組み、うんうんと唸っている。
今取れる選択肢は、奴らを殲滅するか、気づかれないように移動するかと言う二択だろう。
私としては何とか説得して和解する、という選択を取りたいところだけど、それはかなり難しい。でも、出来ないわけじゃない。
カエデさんのような考えの人もいるのだから、隙は必ずあるはず。
私は決心を固めると、沈黙に包まれた空間に一石を投じるべく口を開いた。
感想、誤字報告ありがとうございます。