第三百三十四話:情報共有
「で、こっちも色々と聞かせて欲しいんだが」
照れてるミホさんは置いておいて、今度は私の話になった。
私の事情はとても複雑だ。人間ではなく竜の子供だったという話だけでも突拍子のない話だ。普通に話しても信じてもらえるかどうかはわからない。
しかし、私は初めからお兄ちゃんにはすべてを話すつもりでいた。
お姉ちゃんにだって話しているのに、お兄ちゃんに話さない理由はない。ただ、私が前世の記憶を持っているということについてはどうしようか迷っている。
私という存在は、お父さんとお母さんが作った精霊の器に無理矢理別世界から引っ張ってきた私の魂を入れることによって生まれたものだ。しかも、体は女性で魂は男性というとても異質な状態で。
封印を掛けられ、人間として生活してきた記憶のおかげで女性としての身体にはそこまで違和感は覚えていないが、それでも異質なことに変わりはない。
このことを知っているのはアリアとお姉ちゃんだけだ。アリアにはアリシアとの会話から成り行きで話すことになったし、お姉ちゃんはお父さんに直接聞かされたわけだけど、二人は私の事をどう思っているんだろうか。
二人とも以前と変わらぬ、いや、以前よりも私の事を大事にしてくれているけれど、私の事を受け入れてくれているとみていいのだろうか。
同じ転生者なら境遇も似ているし分かり合える可能性は高いだろう。だからそんなに話すことに抵抗はないし、むしろ積極的に話していきたいと思う。
でも、お兄ちゃんはどうだろう? お兄ちゃんは転生者ではない、この世界の人間だ。いくら私の事を溺愛しているとはいえ、いや、だからこそ今の関係が壊れるのが怖い。
いや、十中八九大丈夫だとはわかっている。でも、100パーセント大丈夫とは言いきれない。その迷いが、私の口を止めていた。
「……ということなの」
「お、おう、なるほど?」
話している間も迷ったが、結局まだ話さないという選択を取った。前世があるという話も含めて、竜の子であるということは話したが、前世が男性だという話はできなかった。
うん、まあ、嘘は言ってない。ただ前世の性別を言わなかっただけだ。
お姉ちゃんは意図的に私が話そうとしなかったと気づいていたようだけど、何も言わないでおいてくれた。
いずれは伝えなきゃとは思うけど、もう少し甘えてからでも遅くはない、はず。……結局は私の我儘だよね。
「ま、待って待って! え!? ハクさんって転生者なの!?」
「あ、はい。その反応を見る限り、やっぱりミホさんも転生者なんですね」
「なんでわかったの!?」
先程までの丁寧な言葉遣いはどこへやら、わたわたと手を動かしながら顔を赤くしていた。
ミホさんは元々転生者だということはお兄ちゃんには伝えてなかったらしい。なので、お兄ちゃんは私とミホさんの意外な共通点を聞いてぽかんと口を開けていた。
「あー、じゃあなにか? ミホとハクは友達ってことか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……同郷ではあるのかな? ミホさん、前世でのお名前は?」
「あ、えっと、汐井美歩です」
「あ、そのままなんですね。精霊としての名前もミホなんですか?」
「い、いえ、名前長すぎて覚えられなくて……」
「あー……」
精霊の真名は精霊の女王であるお母さんが命名している。大抵は生まれの環境に合った名前が贈られるんだけど、それが結構長い。
アリアの真名もかなり長いしね。もう一回言えって言われたら言えるかどうかわからない。
精霊の真名は割と重要な意味があり、特に契約する場合は必須となる。まあ、一生契約しないよって言うなら関係ないけど、大抵の精霊はいつかは契約することになる。
見たところお兄ちゃんとミホさんは契約しているように思えるんだけど、これは恐らくミホさんの本名で契約したんだろうね。
魂に刻まれた真名って言うべきだろうか。だからこそ、契約が成立したんだろう。
あれ? そういえば確か契約する時って真名の他に口付けが必要だったと思うんだけど……いや、まあ、気にしないでおこう、うん。
「私は春野白夜と言います。同郷っぽいし、出来れば仲良くしてくれると嬉しいです」
「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
とりあえず、お互いに握手を交わして仲良くすることに決めた。
大精霊が契約妖精ともなれば、お兄ちゃんの魔法はかなり強化されているはず。だからこそ、聖教勇者連盟の人ら相手に対抗できているのかもしれないね。
お兄ちゃんの安全が確保されるのはこちらとしても喜ばしい。ミホさんはお兄ちゃんの事が気になっている様子だし、このまま守っていて欲しいものだ。
「さて、事情は大体わかった。で、ハクは早く俺に帰ってきてほしいってことだな」
「そういうことだね」
「もちろん、私も思ってるよ」
私の夢はお姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒に静かに平和に暮らすことだ。
もちろん、私は今学園に通っているし、二人ともAランク冒険者だから指名依頼もあるだろうしで忙しいだろうけど、大好きな二人と一緒に暮らすって言うのは憧れである。
資金に関してもホムラに貰った宝石がまだまだ残っているし、適当に売りさばけばすぐにでも家を購入することが出来るだろう。
だから、後はお兄ちゃんさえ戻ってきてくれたら完璧だった。
「そうしたいのは俺も山々なんだが、流石にあいつらを置いていくわけにはいかないんだよ」
「わかってるよ。だから、私達も手伝うよ」
お兄ちゃんが知り合いを見捨てて私の下に来ようとするはずがない。放っておいてもどうにかなる問題ならともかく、相手の命に関わる問題ならお兄ちゃんは絶対に見捨てはしないだろう。
元々、お兄ちゃんの問題解決を手伝おうという気持ちでいたのだ。状況がわかった今、協力するのはむしろ当然だ。
「いや、気持ちは嬉しいが、ハクを危険に晒すわけには……」
「お兄ちゃん、私の話聞いてたでしょ?」
「そ、それはそうだが……」
すでに私が竜の子だということは話した。Bランク冒険者だということも、闘技大会で優勝したということも。まあ、私の活躍に関してはほとんどお姉ちゃんが話したんだけど。
だから、私がただの足手纏いなんかじゃないということはお兄ちゃんも承知しているはず。その上で、危険だから手を出すなと言っているのだ。
私もね、前だったら素直に言うことを聞いていたんだろうけど、今は違う。曲がりなりにも力を手に入れた今、お兄ちゃんを守るのは私の役目だ。だから、ここは引かないよ、お兄ちゃん。
「ラルド兄、そんなに心配しなくてもハクは大丈夫だよ。私だっているし、エンシェントドラゴンすら味方なんだよ? そうそう危ないことにはならないって」
「そうは言うが、もしハクに何かあったら俺はもう立ちあがれない……」
お姉ちゃんはどちらかというと私が転んだら自力で立ち上がるまで見守るタイプだ。それは私の成長のためであり、決して薄情というわけではない。それに、手を伸ばせばいつでも手を貸してくれる場所にいてくれる。
私の成長を見守りつつ、必要とあらば手を貸す、それがお姉ちゃんだ。
対して、お兄ちゃんは私が転んだら速攻で助け起こす。私が何か欲しいと言ったら用意してくれるし、私があれをしたいと言えば手伝ってくれる。ただし、私に危険が及ぶようなことは決してさせない。
めっちゃ過保護に接してくるのがお兄ちゃんだ。
だから気持ちはわからなくもないけど、私だってただ守られるだけの存在ではないというところを見せてあげたい。
「そんな腑抜けたこと言わないの。何ならハクの実力を確かめてみたら? 私が手を出さなくても、この辺の魔物くらいならすぐに狩れると思うよ」
「おいおい、この辺の魔物はかなり手強いぞ? 俺もミホの加護がなければかなり苦戦しているはずだ。そんな相手とハクを戦わせるなんて……」
「もう、大丈夫だよお兄ちゃん。私の事を少しは信用して?」
「うぅ、ハクぅ……」
涙目になりながら抱き着いてくるお兄ちゃん。
いつもは頼れるお兄ちゃんなのに、私のことになると弱いんだから。
ぽんぽんと背中を叩きつつ、ふっと息を吐く。
しょうがない人だなぁと思いながらも、こうして心配してくれるのが嬉しくてついつい口元がにやついてしまった。
感想、誤字報告ありがとうございます。