第三百三十三話:滞在の理由
お兄ちゃんの話を聞く限り、経緯はこうだ。
まず、お兄ちゃんは私が森で行方不明になったと聞いてから昼夜を問わず森で捜索を続けていたらしい。しかし、とうとう見つけることが出来ず、三か月も経った頃には私は死んだと考えるようになったらしい。
だが、もちろんそんなことを受け入れることはできず、どうにかして私の事を生き返らせようといろんな情報をかき集めているうちに隣の大陸に渡ることになったのだとか。
死者を蘇らせるという、一見すると不可能なことではあるが、お兄ちゃんはどうやらその方法を見つけたらしい。それは『輪廻転生の杯』というアイテムが必要で、それを作るためには色々と貴重なアイテムが必要になったのだとか。
鳥獣人の集落に寄っていたのは、どうやらそのアイテムの一つを鳥獣人達が持っていたかららしい。だが、お兄ちゃんはそれを無理に取ろうとは思わず、まずは交流を深めることで少しずつ交渉を進めようとしていたようだ。
そして、だいぶ交友も深まった頃、やってきたのがセフィリア聖教国の刺客だったらしい。
鳥獣人達が全滅したら必要なアイテムが手に入らなくなる。なので、お兄ちゃんは鳥獣人を守るために山へと誘導し、鳥獣人達を匿うことにした。
幸い、お兄ちゃんは旅の途中で強力な協力者を手に入れていたらしく、その力を使って結界を作成し、何とか山の中でも隠れ住むことが出来るようになったのだという。
その後、少しずつ拠点を築きながらセフィリア聖教国が諦めるのを待っている時、お姉ちゃんから私が見つかったという知らせを受けたのだった。
すぐにでも会いに行きたかったが、流石にここまで来て鳥獣人を見捨てるわけにもいかず、また協力者との約束もあったため戻るに戻れず、こうして一年以上の時が過ぎていた、ということらしかった。
「聖教勇者連盟だったか? あいつらいくら追い払っても全然懲りやしない。交渉しようにも俺はどうやら人間の中の裏切り者らしくてな、話を聞こうともしやしない。全く面倒なこった」
お兄ちゃんも現状を何とかしようと交渉しようとしたり排除しようとしたり色々してきたようだ。しかし、交渉は相手が話を聞く気がなく、排除は中々に敵が強いのもあってうまくいかない。
幸い、結界のおかげで集落が見つかることはなかったようだが、それもいつまで続くかわからない以上は油断できないとのことだった。
「お兄ちゃんも苦労してたんだね」
「そうなんだよ。それにしても、よくここがわかったな? 結界のせいで完全に隠蔽されているはずだが」
「ああ、それは多分、エルがいたからじゃないかな」
あの結界、どうやら相当強力なもののようで、並の人族では突破不可能らしい。
しかし、今回私達は竜であるエルに乗ってきた。恐らく、結界を張った主は竜と何かしら関係があるのだろう、だから、仲間である竜を無意識のうちに通行可能状態にしてしまったと考えれば辻褄が合う。
「お兄ちゃん、その協力者ってもしかして竜だったりする?」
「いや、竜ではないな。実際に見た方が早いだろう、今連れてこよう」
そう言ってお兄ちゃんは指で輪っかを作り、指笛を鳴らす。すると、どこからともなく光の塊がやってきて、お兄ちゃんの隣に降り立った。
「ミホ、こいつが俺の妹だ、挨拶してくれ」
「はい、ラルド様」
光が弾け、その中にいた人物の姿を露わにする。
背中にある二対四枚の羽根、さらりとした黒髪、白の衣を身に纏った私より少し高いくらいの身長のその少女は、精霊と呼ばれる存在だった。
「初めまして、私はミホ、空間の大精霊をさせていただいております。以後お見知りおきを」
「あ、えっと、ハクです、こちらこそよろしくお願いします」
大精霊。なるほど、それなら竜に対して無防備なのもわかる。
大精霊って言うのは精霊の中でも特に知恵のある者で、それぞれの地域での精霊の中のリーダー的存在である。
普通の精霊よりも魔力が高く、竜には及ばないまでも司る属性によっては大地に恵みをもたらしたり、天候を操ったりすることもできるため、一部の地域では大精霊を祀っている場所もあるらしい。
ただ、空間の大精霊というのはかなりレアだと思う。
精霊はこの世界の様々な要素の中から生まれる。例えば、火山の近くなら火の妖精が生まれやすくなるし、海ならば水の妖精が生まれやすくなると言ったように、それぞれの環境に合った妖精が生まれ、それらが長い時をかけて魔力を吸収していくことによって精霊へと成長する。
しかし、空間というのはかなり難しく、強大な封印によって空間が固定されている場所とか、常に空間が歪んでいる不安定な場所とか、そういう場所でなければ空間の妖精は生まれない。
一応、竜が良く転移する場所では転移直後はわずかながら空間のゆがみができるからそこから空間の妖精が生まれることもあるらしいけど、それでもレアなことに変わりはない。
しかも、ただでさえレアなのにその上大精霊。多分、空間の大精霊は彼女を措いて他にはいないんじゃないだろうか。
そんな貴重な精霊が協力者って、お兄ちゃんは一体何をやったんだろうか。
「ミホとは旅の途中で偶然出会ってな、輪廻転生の杯について教えてくれたのも彼女だ。まあ、ハクがこうして見つかった今では探す必要もなくなっちまったけどな」
「空間の大精霊なんて、なんて人を協力者にしてるのお兄ちゃん」
「エンシェントドラゴンを仲間にしてるハクがそれを言うか?」
む、それを言われるとちょっと……。いや、でも私の場合は事情が特殊だし、仕方ないことと言えばそうなんだけどさ。
そういうの関係なしに協力を取り付けたお兄ちゃんの方が断然凄いと思う。というか、精霊はよほど気に入った人の前でなければ姿を表さないし、喋らないはずなんだけど、普通に姿を見せてるし話してるんだよね。やっぱり色々おかしい。
「で、結界を張ったのはミホなんだが、それと竜と何の関係があるんだ?」
「精霊は竜の協力者だから、意図的に設定しない限りは竜は結界をすり抜けられるっていう話だよ」
「え、そうなんですか?」
なぜか驚いたのはミホさんだった。
いや、普通の精霊ならともかく、大精霊ともなれば普通に知っている知識のはずだけど、まさか知らなかったんだろうか。
気になっていたんだけど、ミホさんって精霊っぽくないんだよね。
空間の精霊だからかなとも思ったけど、何というか、顔がこの世界の人っぽくない。どちらかというと、日本人のようなそんな平たい顔だ。
ミホという名前といい、まさかこの人……。
「精霊なら誰でも知っていることだと思いますけど、ミホさんは知らなかったんですか?」
「は、はい、竜とは会ったことがないもので……」
精霊は大体が竜の協力者であるけど、その辺をほっつき歩いているだけで報告に来ない精霊はかなりの数いる。だけど、それでも竜に請われれば働きはするし、竜に対する尊敬の念のようなものも持っている。
大精霊ともあろう人が竜に会ったことがないって言うのはかなり珍しいけど、一応ないことはない。ただ、ミホさんが竜を尊敬しているかと言われたらそういうわけでもなさそう。
うん、後で色々聞き出そう。絶対同郷だ。
「ミホは結構抜けているからなぁ。強いのは確かなんだが、たまにポカをする」
「ら、ラルド様、どうかご容赦を……」
「別に怒ってるわけじゃない。そういうところも可愛いなってだけだ」
「か、かわっ!?」
ミホさんの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
お兄ちゃんって結構たらしだよね。しかも無自覚。顔も普通にイケメンだから手に負えない。
お兄ちゃんを取られたようで少し不満だけど、ミホさんならまだ許せるからいいか。
ジト目で彼らのやり取りを見ながら、小さく息を吐いた。
感想、誤字報告ありがとうございます。