第三百三十二話:お兄ちゃんとの再会
「おお、ハク! 会いたかったぞー!」
しばし固まっていたお兄ちゃんだったが、近くにいた鳥獣人の人に小突かれると意識を取り戻し、すぐさま私の下に駆け寄ると抱き上げてきた。
最初の少し怖めの声色などすぐに吹き飛んで、すっごい猫なで声で頬ずりしてくる様は、ああ、本当にお兄ちゃんなんだなと実感させてくれた。
お姉ちゃんも大概甘いけど、どちらかというとあまり手は出してこない。困っている時だったり悲しんでいる時には率先して手を差し伸べてくれるけど、それ以外の場面ではそこまで積極的に構っては来ないのがお姉ちゃんだ。
対して、お兄ちゃんはまあよく構ってくれる。何をしても褒めてくれるし、転んで怪我でもしようものなら秒で飛んできて手当をしてくれる。
いや、手当てをするのはお姉ちゃんなんだけど、そのお姉ちゃんをすぐさま呼んでくるという意味でね。
村に遊びに来た時は毎回私の事を連れていきたいと駄々をこねて、その度にお姉ちゃんにまだ早いと止められてしぶしぶやめていたって感じ。
つまり何が言いたいって言うと、お兄ちゃんはシスコンということだ。
「ラルド兄、一応私もいるんだけど?」
「おお、サフィもいたのか。てことは、お前がハクを連れてきてくれたのか?」
「まあねー。移動の足はこっちのエルさんに頼んだけど」
なおも私を掴んで離さないお兄ちゃんに鳥獣人達が困惑の声を上げているが、それらは全然耳に入っていないようだ。
しかし、流石に竜の存在は看過できないのか、少し訝しげな目でエルの事を見つめている。
「足に使うにしちゃ相当高位の竜のように見えるが……なんだ、テイマーにでもなったのか?」
「違うよ。説明すると長いんだけど、簡単に言うとハクの知り合いかな」
「ほう、ハク、竜に知り合いが出来たのか!」
「う、うん、まあね……」
嬉しそうに笑顔を見せてまた頬ずりしてくる。
まあ、これは前からそうだったし、久しぶりの再会でテンション上がっているだろうから過剰になるのはわかるんだけど、流石にそろそろ降ろして欲しい。
いや、嬉しいんだけどね? でも、流石に人前でこういうことされるのは少し恥ずかしい。
村ではみんな知り合いだったからそうでもなかったけど、今は初対面の鳥獣人の方々がいるし……。
だが、控えめに手を叩いてみてもお兄ちゃんは全然降ろしてくれる気配がない。
お兄ちゃんなら私の合図の意味はわかっていると思うけど、あえて無視してるんだろうなぁ。ほんとシスコン。
「エル、とりあえず【人化】して?」
〈了解です〉
私の合図でエルが【人化】する。もちろん、お姉ちゃんはすでに私と共に降りているし、アリアは透明化して私の傍を飛んでいるから問題はない。
年を経た竜が【人化】するという話は一応伝わっている。しかし、その姿を見分ける方法はなく、種族も人間だったり獣人だったりするので紛れていても気づかれることはないとのこと。
なので、実際に竜から人になる姿を見た者はほとんどおらず、こうして目の前で【人化】する瞬間を見るというのは中々にインパクトがあったようだ。
鳥獣人達はたじろぎ、お兄ちゃんもぽかんと口を開けている。
「初めまして、ハクお嬢様のお兄様。私はハクお嬢様のお世話係をさせていただいております、エルと申します。以後お見知りおきを」
「あ、ああ、俺はラルドだ。よろしくな、エル」
【人化】できるということは、少なくとも上位の竜だということになる。上位の竜とは滅多に巣から動かず、もしそのテリトリーに侵入しようものなら生きて帰ることはできないと言われるほどの強者だ。
もちろん、下位の竜であっても普通の人ならば逃げられないだろうけど、あれはまだ一応Aランク冒険者だったり宮廷魔術師だったり相応の実力があればワンチャン勝つことが出来るのに対し、上位の竜は本当の意味で勝ち目がない。
今現在上位以上の竜に対抗できる人は召喚された勇者しかいないだろう。
お兄ちゃんもまさかそこまでの大物とは思っていなかったのか、二の句が継げないようだった。それでも、私のことはしっかりと抱きしめていたが。
「あー……っと、色々突っ込みたいことはあるんだが、とりあえず危険はないんだな?」
「うん、それは保証するよ」
「そうか。それならいい」
お兄ちゃんがちらりとお姉ちゃんの方を見る。お姉ちゃんは何も言わずに小さく頷いただけだったが、お兄ちゃんはそれで意図を察したようだ。
多分、後で説明しろってお兄ちゃんが要求して、お姉ちゃんが了承したってことだと思う。なんだかんだで、二人とも仲がいいからね、アイコンタクトくらいは余裕なんだろう。
「よしお前ら、この人達は俺の客だ! 丁重にもてなしてやってくれ!」
「なっ!? よ、よろしいのですか? 竜ですよ?」
「安心しろ、俺の妹が安全を保障してくれるらしいからな。ま、何かあったら俺が責任もって追い払うから安心しろ」
「ラルド様がそうおっしゃられるのであれば……」
お兄ちゃんの掛け声で武器を構えていた鳥獣人達はその警戒を解いた。
お兄ちゃんが鳥獣人達の協力者だってことはわかるけど、この様子を見るとお兄ちゃんってだいぶ上の地位にいたりする?
集落暮らしの獣人が人間を尊敬するなんて信じられないけど、それだけの事をやったってことなのかな。
「ひとまず俺の家に案内する。詳しい話はそこでな」
そう言って私達の先頭を歩き出す。まあ、私は相変わらず抱きしめられているんだけど。
無言の訴えも軽くスルーされ、私は結局お兄ちゃんの家に着くまでずっと抱きしめられたままだった。
まあ、別にいいんだけどね?
「さて、物資不足でな、お茶も出せないが、まあゆっくりしてくれ」
案内されたのは他の家々と同じく高床式の住居だった。
鳥獣人達のお兄ちゃんの態度とは裏腹に、特別広いとかデザインが違うとか言うことはなく、むしろ質素な印象を受ける。
まあ、物資不足というのは本当の事なんだろう。鳥獣人の集落を調べた限りでは食料こそ持ち出されていたけど生活雑貨などはそのまま放置されていたし、家を建てる物資すらなかったはずだ。
それを考えればちゃんとした家だし、かなりの出来だとは思う。家具とかはほとんどないけど。
「さて、とりあえず言いたいことがあるんだが、なんでこっちに来たんだ?」
椅子の代わりらしい切り株を勧められ、座る。
ただ、一個しかないらしく私以外のみんなは壁に寄りかかったりそのまま立っていたりする。なんだか悪いような気もするけど、お兄ちゃんが有無を言わさず座らせてきたので立つタイミングを失ってしまった。
座るんだったら疲れているであろうエルか家主であるお兄ちゃんだと思うんだけど……まあ、気にしても仕方ないか。
「お兄ちゃんがいつまで経っても帰ってこないから、こっちから会いに行ってやろうって思ったんだよ」
「うっ……それはすまん。色々と手が離せなくてな……」
申し訳なさそうに頭をかくお兄ちゃん。
別に怒っているわけではないんだけど、お兄ちゃんからしたらせっかく見つかった妹をほったらかしにして放浪してるダメ兄だと感じているのかもしれない。
「何があったの?」
「ああ、実はな……」
おおよその予想はついているけど、お兄ちゃんからも話を聞かなくてはならない。
久しぶりにお兄ちゃんに会えたという思いを胸に秘め、私は話に耳を傾けた。
感想、誤字報告ありがとうございます。