第三百三十一話:鳥獣人の隠れ家
あの後、マルスさんが先を急ぐと言い出してさっさと行ってしまったので私達は置いて行かれることになった。
カエデさんもマルスさんのやろうとしていることには反対なのか、最後まで食い下がっていたけど、神官に諭されて渋々と言った体でついていくことになった。
別れ際に「ごめんな、力になれなくて」としょんぼりした様子で呟いていたからいい人には違いないけど、環境が悪すぎたって感じだね。
そんなに不満なら抜けてしまえばいいのにとも思うけど、カエデさんにはカエデさんで何か事情があるのだろう。隷属の首輪のような奴隷まがいの扱いは受けていないと思うんだけど、何か割り切れないことがあるようだ。
まあ、ああいう人がいてくれるってだけでもこちらとしては心強い。今後敵対することになったら、何とかして説得してみようかな。
「さて、これからどうする?」
「さっきの話を聞いて、心当たりなら見つけたよ」
「お、それなら、早速行ってみる?」
「いや、少し日を開けた方がいいかも」
早くいかないと向こうに先に発見されてしまう可能性もあるが、一年以上隠れ通した場所がそうそう簡単に見つかるとも思えない。私のような高性能な探知魔法でも使えない限り。
さっきの様子からすると、まだ場所の特定はできていないようだし、しばらくは見つからないはずだ。だけど、こうして出会ってしまった以上、向こうもこちらのことは気にするだろうし、私達がお兄ちゃん達を見つけるのを見計らって攻め込まれでもしたら大変だ。
とはいえ、向こうも探しに来ている以上は見つけるまで諦めないだろう。だからせめて、少し日を開けることで注意をそらす必要があると思う。
お兄ちゃんに早く会いたいのは山々だけど、焦って事を進めて隠れ場所を見つけられてしまったら大変だ。慎重に行かなくてはね。
「それじゃあ、一度戻ろうか」
「そうしよう」
エルに竜化してもらい、一度町まで戻る。
さて、どうしたものかね。
後日、私達は再び山へとやってきた。
カエデさん達の言うことが正しければ、お兄ちゃん達がいるのは山頂付近ということになる。なので、山頂付近を重点的に探知魔法で探ってみると、それらしき反応が複数発見できた。
十中八九これが鳥獣人達だろう。ただ、その中に相当な魔力を持った存在が一つ確認できたのが気になる。
流石にお兄ちゃんではないだろう。この魔力量はエルフだって超えるかもしれないほどだ。
これほどの魔力を持つ存在となると、候補は限られてくる。強力な魔力を持つ魔物、下位の竜、あるいは大精霊が妥当なところか。少なくとも、鳥獣人達のいる場所に近い位置にいるから何かしらの関係はありそうだ。
もしかしたら、これが鳥獣人達を守っているのかもしれないね。
さて、カエデさん達が来ていないことを確認しつつ、反応がある場所へと降り立つ。近づいてみればわかるが、どうやら結界が張られているようだった。
しかも、今回は侵入を阻むタイプの物。本来なら強引に打ち破るか、ほころびを見つけてそこから穴を広げていくなどの方法を取る必要があるが、今回はその必要はなかった。
なぜなら、エルが近づいた瞬間結界の方が勝手に開いていったから。
本当は結界の外側に着地する予定だったけど、予想外に結界が開いてくれたのでそのまま結界の中に入り、着地する。
エルが通った後は再び結界が閉じ、何事もなく修復された。
これは多分、特定の人に対しては自由に通行できるように設定がされているんだと思う。そういう結界は割とメジャーだから別に不思議なことは何もない。
ただ、竜が素通りできる結界ってことは竜に関係する者が張ったってことになる。そうでなければ、普通は竜を通れるようになんてしない。竜なら強引に通ることもできるというのは置いておいて。
「な、何だ!?」
「結界が破られただと!?」
「は、早くラルド様に知らせろ!」
結界の中には小さな集落が築かれていた。建物の形を見る限り、鳥獣人の廃村と同じく高床式になっている。
周りには何人もの鳥獣人達がおり、エルの竜姿を見てみんな慌てふためいている。
ちょっと悪いことしちゃったかな。でも、まさか結界が通れるとは思わなかったから、許して欲しい。
ただ、鳥獣人達は慌てふためきながらも冷静な者もいるようで、すぐさま武器を取りこちらを包囲して見せた。皆蒼い顔していたり震えていたりするが、家族や仲間を守るために奮起しているようだ。
うーん、どうしようかな。敵対するつもりは全くないけど、流石にこの状況で言っても信じてもらえなそうだし……。
まあ、一応ダメ元で言ってみようか。私はエルの背中から降り、一歩近づく。
「と、止まれ! 貴様、何者だ!」
「お騒がせしてすいません。決して怪しい者じゃないですよ」
「嘘を吐け! どこの世界に竜の背中に乗ってくる人間がいる!」
まあ、そりゃいないわな。
いや、まったくいないわけではないよ? 例えば召喚士の中にはワイバーンを使役する者もいるし、テイマーなら翼を持たないレッサードラゴンを乗り物に使う人もいる。
だけど、そもそも召喚士もテイマーもかなり少ない職業なので実質いないと言ってもおかしくはない。
それに、竜と言ってもエルのような立派な竜を使役している人なんて世界中探したっていないだろうしね。
ワンチャン、転生者なら何かしらの能力で従えている可能性もあるけど。
「大丈夫です、危害を加えるつもりはありませんから」
「信じられるか!」
まあ、そうだよねぇ。
この大陸では竜は破壊の体現者だし、昔はそれでいくつもの国が滅んだとされている。そんな災厄の権化が現れたとなれば警戒するのは当たり前だ。
うーん、仮にここでエルが【人化】したとしても竜の姿を見られている以上は意味がないし、どうしたものか。
とりあえず、ここに来た目的でも話してみる?
「ここにラルドという人がいると思うんですが、知りませんか?」
「まさか、狙いはラルド様か! やらせはせんぞ!」
「いや、別に取って食おうってわけじゃないんですけど……」
どうにかして宥めたいところだけど、竜というインパクトはかなり強いようでみんな同調して収拾がつかない。
しかも、あまりにも私の事を敵対視するせいかエルの機嫌がどんどん悪くなっていっている。
お姉ちゃんも渋顔してるし、早いところ纏めないとやばい。
『アリア、なんかいい手ない?』
『うーん、お兄さんに来てもらえばいいんじゃない?』
『あ、そっか』
私はこの人達と面識はないけど、お兄ちゃんとならある。様付けで呼んでいる以上、お兄ちゃんはこの集落においては結構な地位がありそうだし、もしかしたら纏めてくれるかも?
しかも、確か最初の方にラルド様に知らせろ、みたいなことを言っていたからしばらくすれば来るんじゃないだろうか。
そうとわかれば、しばらく待つとしよう。まあ、宥めながらだけど。
「何の騒ぎだ」
「おお、ラルド様! 竜です! 竜を引き連れた怪しい小娘が!」
しばらくして、奥から一人の男性がやってきた。
黒のマントを身に纏い、背中にかなり長い刀を背負っている。
最後に会ったのはもう二年以上も前になるけど、それでもその顔は以前と同じくかっこいいお兄ちゃんの顔だった。
「とりあえず落ち着け、小娘って、いう、の、は……」
「お兄ちゃん、久しぶり!」
「ハク!?」
本当は抱き着きたかったけど、それをやったら周りの人達に刺されそうな気がしたので精いっぱいの力を振り絞ってにっこりと微笑んだ。
私の精一杯の笑顔に、お兄ちゃんはピシッと音を立てて固まった。
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