第三百二十九話:手がかりを頼りに山へ
話を聞く限り、抵抗していた翡翠色の髪の男というのはお兄ちゃんで間違いなさそうだ。
今から一年半ほど前、鼠獣人達はこの地を訪れたセフィリア聖教国の人間に鳥獣人が竜人だと嘘の情報を教え、人間達に鳥獣人達を排斥させようとした。
その時、お兄ちゃんはなぜか鳥獣人の集落にいたらしく、交渉役の鳥獣人が殺されたのを見るや否や全員に逃げるように促したらしい。
鳥獣人達はよほどお兄ちゃんの事を信頼していたのか、時間を稼ぐために数人が戦った以外はすぐに逃げるための行動を起こし、また追撃もお兄ちゃんが積極的に防いだことで全滅は免れ、大半は山の中へと逃げおおせたのだという。
いくら危険な山とはいえ、鳥獣人達は空を飛ぶことが出来る。そうして地の利を生かされた形になった人間達は一時侵攻をやめ、その後はちょくちょく少人数を送っては山を調べているらしい。最も、今まで鳥獣人は見つかっていないようだが。
「つまり、ラルド兄は今も鳥獣人を匿って守ってやってるってこと?」
「多分そうなんじゃないかな」
お兄ちゃんと鳥獣人がどのような関係なのかはわからないけど、少なくともお兄ちゃんは鳥獣人の事を助けようとしているのはわかる。
山に入ったまま出てこないってことは、山に拠点でも作っているか、それとも山を越えてその先にある森にでも行ったのか、お兄ちゃんが定期的に町を訪れているとすると山に拠点を作っている方があり得そうかな。
で、セフィリア聖教国は今もなお鳥獣人を探してしつこく調べ回っていると。
山に住む危険な魔物の排除やセフィリア聖教国への対応を考えると確かに離れられない案件かもしれない。魔物はともかく、鳥獣人を竜人だと思い込んでる人間相手に出ていったら交渉の間もなく殺されちゃいそうだし。
返り討ちにするにしても、セフィリア聖教国ってことは聖教勇者連盟が関係している可能性が高い。あそこに所属するのはいずれも何かしらの能力を授かった超人ばかりだし、一時返り討ちにできたとしても竜人だという誤解が解けない限りは永遠に狙われ続けることになるだろう。
一目見れば違うってわかりそうなもんだけど、なんでそんな誤解が一年以上も続いているのやら。
「どうする?」
「どうするって、いくしかないんじゃない?」
もし、お兄ちゃんが鳥獣人を守るために動けないのだとするならば、私達はそれを手伝うべきだろう。
鳥獣人を逃がすにしても人間達を説得するにしても、一年以上解決していないところを見るとお兄ちゃんだけでは限界な気がする。
まあ、私達が絶対に解決できるかと言われたらそうでもないのかもしれないけど、それでも何かの助けにはなるはずだ。このままお兄ちゃんが一生帰ってこないなんて嫌だしね。
「それじゃあ、とりあえず探してみようか」
朝早くから移動を開始していたのでまだ時間には余裕がある。エルの翼なら山までなどひとっとびだ。
一応、竜はもう大丈夫だと伝えてから鼠獣人の集落を後にする。
大丈夫とは言ったけど、どのみちエルは竜化しなければならないから目撃されちゃうかな? まあ、聞いた限りだとお兄ちゃんが動けない理由は鼠獣人達のせいだし、あまり同情はできない。
せいぜい竜の姿に怯えているがいい。
〈探すと言っても、どうやって探すんです?〉
「んー、探知魔法で何とかならないかなと思ってるけど」
「ハクの探知魔法ならいけそうだね」
山が広大とはいえ、一年以上も隠れ住んでいられるとは考えにくい。だから、恐らく鼠獣人の集落と同じような姿を消す結界を張る魔道具でも持っているんじゃないだろうか。
もし同じものだとすれば、私の探知魔法なら見つけることが出来る。鳥獣人の集落の大きさからしてもそこそこの人数がいるだろうし、エルの背中から山全体を探知魔法で探ればすぐに見つかることだろう。
とはいえ、結構広いから一瞬で探知って言うのは無理かもしれないけど。
〈見えてきましたよ〉
先程ちらっとだけ見た山岳地帯。エベレストにも引けを取らないであろう標高の山々がいくつも連なっている。今は冬だからか、山頂の方は白く雪化粧が施されていた。
ここから先はもう人の手の入っていない野生地帯。これだけの山なら、風竜とか氷竜が住んでいてもおかしくはないかもね。
まあ、仮に住んでいたとしてもこちらにはエルがいる。エンシェントドラゴンの中でもお父さんの直属であるエルは竜の中でもかなり地位が高い。だから、仮にいたとしてもちょっかいを掛けられることはまずない。
エルは氷竜だからか、雪を見て心なしかテンションが上がっているような気がする。
庭に積もった雪を見てはしゃぐ犬みたいなもんだろうか。まあ、エルが加減なくはしゃいだら地形が抉り取られそうだけど。
「んー、反応が多い……」
ひとまず探知魔法で見てみるが、山にある反応がかなり多い。
ほとんどは単体であるが、たまに複数が一緒になっている反応もある。恐らくは魔物の反応だろう。
魔力の量からしても結構な強敵揃い。こりゃ誰も近寄ろうとは思わないね。魔物に見つかりさえしなければちょうどいい隠れ場所かもしれない。
で、お兄ちゃんらしき反応を探ってみるけど、反応が多すぎてどれがどれだかわからなかった。
仮にお兄ちゃんの魔力量がお姉ちゃんと同じくらいだとすると、そこらにいる魔物よりもちょっと多いくらいの量になる。つまり、そこまで差がないのだ。
ならば魔力の少ない鳥獣人の方を探ろうにも、これまたやはり見つからない。なぜなら、魔力が少ない魔物もいるから。
元々、魔法を使える魔物って言うのは少ない方で、むしろこれだけ多くの魔力を持っている魔物がいるって言うのは逆に珍しい。それほどこの山の魔物が強力だって言うことなんだろうけど、今はそれが足枷となっていた。
これじゃあ、どれがどれだかわからない。知り合いでもいれば魔力の質や量で特定できるんだけど……。
「ごめん、わからない……」
「そっかぁ。なら、地道に探すしかないかな」
一応、空から探せる分、地上を歩いて探すよりはかなり楽だ。
鳥系の魔物もちらほら見えるけど、流石に竜であるエルに喧嘩売ってくるような魔物はいないし、たまに来てもすぐにエルに撃墜されているから安全も確保されている。
ただ、いくら空から見れると言っても木々に覆われて見えない部分もかなり多く、偶然見つけるって言うのはかなり難易度が高いように思えた。
まあ、鳥獣人の集落の人達が全員固まっているって言うなら単体の気配は無視していいし、複数固まっている反応を虱潰しに探せばいずれは見つかる、かな。
〈……うん? ハクお嬢様、あれを〉
「えっ?」
しばらく上空から探していると、エルが何かを見つけたようで一点を示してきた。
私も身体強化魔法をかけてそちらを見てみると、そこには数人の人間らしき集団が山を登っているのが見えた。
こんな危険な山に、しかも人間が登っている。事前の情報と併せて考えると、あれは恐らくセフィリア聖教国の人間だろう。
〈どうします? 接触してみますか?〉
「うーん」
お兄ちゃんが鳥獣人側についているとしたら彼らは敵なんだけど、だからと言ってここで無視してしまうと手がかりがない。
向こうも探しているわけだし、もしかしたら何か情報を持っているかもしれないし、聞いてみるのも悪くない選択肢だ。
最悪敵対したら何とかして無力化してしまおう。エルがいれば何とかなるさ。
「エル、降りてくれる?」
〈了解です〉
私はエルに指示して降下してもらう。もちろん、気づかれないような離れたところにね。
出来ることならなぜ鳥獣人を竜人として襲っているのかの理由も聞いてみたいところ。
あれこれ思考を巡らせながら、私達は彼らの後を追った。
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