第三百二十八話:勝利の真相
鼠獣人の集落はすぐには見つからなかった。というか、どうやら通り過ぎていたらしい。一度山付近まで来てしまっても見つからなかったので引き返していると、偶然見ていた探知魔法に妙な反応があったので調べたら隠された集落を見つけたという具合だ。
どうやら、闇の魔石を応用した姿を隠す特殊な結界を張る魔道具を使用していたらしい。私の探知魔法は風の流れさえあればどこだって探知可能だし、闇属性の隠密魔法すら貫通するので気づけたが、これは普通は気づかないだろうな。
向こうからこちらが見えてるかどうかはわからないが、念のため離れた場所に降りてエルに【人化】してもらい、結界に近づく。
この結界、どうやら姿を隠すのみで侵入を阻むタイプのものではないらしい。なので、そっと手を差し込んでみればすっと虚空に手が吸い込まれて行った。
端から見るといきなり手が消えたようにも見えるが、どうやら普通に通り抜けられるようだと知って勢いよく中に入り込んでいく。すると、次の瞬間には小さな集落が目の前に広がっていた。
鳥獣人の集落と違い、簡素な木造の家が規則正しく立ち並び、集落というよりはちゃんとした村のような印象を受ける。鼠だけあって小さいのかその入り口は小さく、私が入ろうとすればぴったりって感じだ。
まあ、それに関しては予想はしていたけどね。
探知魔法で見る限りちゃんと家の中に人はいるようだが、外には人っ子一人いない。一体何があったんだろうか。
「こ、これ、そこの君達! そんなところに突っ立ってちゃいかん! 早く家に入りなさい!」
きょろきょろと辺りを見回していると、近くの家の窓が開かれ、そこから顔を覗かせた鼠獣人の男性が青ざめた表情で小声で話しかけてきた。
鳥獣人を相手にして勝ったとはとても思えない態度。まるで何かに怯えるようにぶるぶると震えており、むしろ負けた側なんじゃないかとすら思える。
「すいません、外から来たもので良く事情を知らないんですが、何かあったんですか?」
「と、とにかく早くこっちへ! 気づかれてしまう!」
「気づかれる?」
なんだかよくわからないが、必死に手招きをしているのでとりあえずその人の家に入ることにした。
私達が玄関の前に立つと、バッと扉が開かれて強引に家の中に引きずり込まれた。
一体何に怯えているのやら。
「あんたら、どうやら同族のようだが、この集落の者ではないな。冒険者かなにかか?」
「まあ、そんなところです。それより、何かあったんですか?」
同族と言われたように、今の私達は鼠獣人の姿をしている。
というのも、人間を警戒しているであろう獣人の集落にそのまま近づいても下手したら門前払いされる可能性があったので、対策を講じたのだ。
変身魔法、その名の通り別のものに変身する魔法だ。今回はそれを使い、三人の姿を鼠獣人の姿に変身させて向こうの警戒を解きに行ったというわけだ。もちろん、アリアは隠密魔法で姿を隠している。
本来ならこの魔法はかなり使い勝手が悪く、十分も変身できればいい方ではあるが、私はこの魔法を改良してかなり魔力消費を抑えているため三人いっぺんに変身させても普通の魔法よりちょっと多いかな程度の魔力で賄えている。
とはいえ、丸一日もやれば流石に魔力が尽きてしまうので調べることを調べたら早々にこの集落から出ていかなくてはならないだろう。
一応、いざという時のために代替用の魔石をいつでも出せるように準備しているが、それは使わないことに越したことはないしね。
「竜だ。ついさっきこの集落の上空を竜が飛んでいった。だから、みんな隠れているのだ」
「は、はぁ、竜ですか。でも、もう通り過ぎてるんじゃ?」
「万が一ということもある。集落を守る結界も万全ではないのだ。もし見つかれば多くの犠牲が出てしまう」
ああ恐ろしやと肩を抱いてぶるぶる震えている男性だが、何というか、ごめんなさいって感じ。
その飛んでいった竜って言うのはどう考えてもエルの事だし、この大陸の人は竜に対する危機感が非常に強い。だから、ほんの少し近づくだけでも大騒ぎされてしまう。
前回の反省を生かしてかなり離れた位置で降下するようにはしているけれど、流石に姿を隠していた集落の存在まで気遣うことはできなかった。
エルで飛ぶのをやめればいいだけの話だけど、一応春休み中には帰らなくてはならないし移動で時間を無駄にするのは流石にもったいない。
心の中で謝りながら、落ち着くのを待った。
「風の噂で鼠獣人達が鳥獣人を打ち破ったと聞いたんですが、本当ですか?」
「ああ、それでこの集落に来たのか。もちろん本当だとも。奴らは命からがら山の方へ追い立てられていきおった」
「追い立てたってことは、殺してはいないんですか?」
「ああ、私達はな。だが、いずれ山の魔物と人間どもの手によって駆逐されることだろう。いい気味だ」
どうやら直接戦ったわけではないらしい。追い立てたってことは、魔物でもけしかけたんだろうか。あの集落には魔物が蔓延っていたし。
あの山は強力な魔物が巣くっているらしいからそれらによって追い立てられた鳥獣人がやられるって言うのはわかるけど、なぜそこで人間が出てくるんだろう。
確か、あの山の先はしばらく森林地帯が続いていて村などはないはずだ。人間がわざわざ鳥獣人を倒しに行く理由もないだろうし、どういうことだろうか?
「人間の手によってって、人間に手を借りたんですか?」
「ああ。確か、セフィリア聖教国だったか、この辺りで竜人を見なかったかと聞いてきたから、奴らこそがその竜人だと教えてやった。そしたら、あっという間に人間どもがやってきて奴らを追い立てていったよ」
「? 彼らは鳥獣人なのでは?」
「鳥も竜も同じ羽根が生えた奴なんだから同じようなものだろ? まあ、まさか信じるとは思わなかったが、おかげで私達はとても楽ができた。後は一緒に魔物も倒してくれたら万々歳だな」
うん? つまり、セフィリア聖教国の人達がここに来て、竜人を探していたところに、鳥獣人こそが竜人だという嘘の情報を流して攻め立てさせ、何の苦労をすることもなく鳥獣人達を追い出したってこと?
それは、勝ったって言っていいんだろうか。どちらかというと横取りされたというべきでは?
まあ、前情報が正しければ鳥獣人と鼠獣人の関係は、山からくる魔物を鳥獣人が倒す代わりに、鼠獣人が育てる農作物を鳥獣人が持って行くというような関係だったらしい。
つまり、鼠獣人は鳥獣人に頭が上がらなく、鳥獣人はそれをいいことに鼠獣人に偉そうな態度を取っていた。鼠獣人はそれを疎ましく思っていて、どうにかして排斥してやろうと画策していたってことになる。
戦闘力はなくても悪知恵だけは働くようだ。でも、いくら竜や竜人を敵視しているセフィリア聖教国と言えど、鳥獣人が竜人だなんて明らかな嘘情報をよく信じたものだ。
ここに話を聞きに来た者はよほどの馬鹿だったのか、それともそれを口実にただ暴れたいだけなのか、どちらにしろ鳥獣人にとってははた迷惑な奴らだろう。
「じゃあ、この村にラルドって言う人間が来なかった?」
「ラルド? いや、知らんな」
「そう……」
もしかしたら、お兄ちゃんが鳥獣人を排斥するためにセフィリア聖教国の人間をよこしたとも考えたが、それはないようだ。
というか、そういう騙し討ちみたいなことはお兄ちゃんは好まない。もしお兄ちゃんがこの縄張り争いに口を挟むなら、相手を叩きのめして一度頭を冷やさせた上でどちらも仲良くするように交渉するだろう。
探知魔法で調べる限り、この集落にもお兄ちゃんらしき魔力の反応はないし、本当にどこに行ったんだろうか。
「ただ、奴らが追い立てられる際に抵抗していた人間がいたな。翡翠色の髪をした背の高い男が」
「……その話詳しく」
どうやら、ここに来たのも無駄ではなかったらしい。なにせ、翡翠色の髪はお兄ちゃんの髪の色と同じだからだ。
私はずいっと顔を近づけ、話の続きを促した。
感想、誤字報告ありがとうございます。