第三百二十七話:鳥獣人と鼠獣人の争い
ひとまず教えてもらった宿にチェックインして今後の方針を考えることにした。
まず、お兄ちゃんは確かにこの町で手紙を出しているようだけどこの町には宿泊しておらず、どこか別の場所にいるらしい。
この町はエルクード帝国の皇都からかなり離れていて、北は少し行けば険しい山岳地帯が広がっているし、西と東は深い森が広がっている。
森にはいくつかの獣人の集落が点在していてたまに縄張り争いをしていることがあるらしい。山の方は強力な魔物が多く巣くっているらしく、近寄る者はほとんどいないらしい。
わざわざこんな辺境の町で手紙を出している以上、大きな町がある南に行った可能性は低い。となると、可能性として高いのは集落が点在する森だろうか。
お兄ちゃんは義理堅いから、獣人に命を救われてその礼にその獣人の集落を助けようとしている、と言われたら納得はできる。
「じゃあ、探しに行く感じ?」
「私はできればそうしたいかな」
「私はハクお嬢様が行くというならどこまでも付いていきますよ」
「私も」
集落と言っても、そこそこの数がある。お兄ちゃんがどの集落にいるかなんてわからないし、そもそも集落は人間に対して警戒心が強いから入れてくれるかどうかもわからない。
でも、お兄ちゃんがいるのならその辺りは多少は何とかなるのではないかとも思ってる。もちろん、対策はするつもりだけどね。
ただ、仮にお兄ちゃんが義理を果たそうとしているのだとして、一年以上経っても解決できないとなれば何をしているかが気になる。単純な縄張り争いってわけじゃなさそうだよね?
「まあ、ハクがそう言うなら私も賛成だよ。私もラルド兄には早く会いたいし」
「それじゃあ……」
「ただし、少し情報収集してからね。流石に闇雲に探すにはあそこは危険すぎるから」
「う、わかった」
まあ、闇雲に探していたんじゃ下手をすればここで待っているよりも時間がかかる可能性があるし情報収集するのは当然か。
私もお兄ちゃんに早く会いたくて気が急いていたのかもしれない。ちょっと反省しよう。
「それじゃあ、早速情報を仕入れに行こうか?」
「うん」
日はまだ高い。一日やそこらで情報が集まるとも思えないが、もしかしたらということもあるし、地道に聞き込みをしていくことにしよう。
結論として、お兄ちゃんの情報は割とすぐに集まった。というのも、この町の門番がお兄ちゃんの事を覚えていてくれたからだ。
ただ、その方向に問題があって、私が予想していた西や東ではなく、北門から出ていったのだという。つまり、山岳地帯が広がる方向だ。
一応、そっちの方にも集落はなくはない。だから、そのどれかに行ったと考えられるけど、わざわざ強力な魔物が跋扈する場所に向かったというのが少し気にかかる。
あれかな、その集落が魔物に襲われていて、それを助けるために戦っているとか? でも、お兄ちゃんはAランク冒険者。大抵の魔物なら一人でも討伐可能だろうし、一年以上も足止めを食らう理由としては弱い気がする。
それとも、お兄ちゃんでも手に負えないような化け物がいるというのだろうか。そんなの竜とかしか思いつかないんだけど、まさか竜と戦ってるんじゃないだろうな。
もしそうだとしたら一刻も早く助けに行かなくてはならない。Aランク冒険者は竜をも倒せる実力があると言われているけど、それはせいぜい下位の竜だ。本物の竜には遠く及ばない。
ちょくちょく手紙を送ってきてるなら大丈夫なんだろうけど、それでも心配だ。早く行かないと。
「お姉ちゃん、あの……」
「ラルド兄が心配なのはわかるけど、流石に今から行くのは無謀だよ。もう夜だし……」
今すぐにでも行きたかったが、すでに日は暮れてしまっている。【暗視】があるから夜でも大丈夫とはいえ、流石に魔物が活発になる夜に出向くのは危険が大きかった。
そりゃ、エルがいれば大抵の敵は倒せるだろうけど、それだとエルは眠る暇すらなくなってしまう。私のためと言えば笑って許してくれるだろうけど、流石にそこまでの無理はさせられなかった。
なにせ、私も数日寝なかったことによる反動を味わったのだ。一部を【竜化】させていれば眠気はあまり感じないけど、解いた瞬間にもの凄い眠気に襲われた。
私の場合は人間に寄っているから余計に負担がかかったんだろうけど、あれと似たようなことをエルにさせるわけにはいかない。ただでさえ、海を越えるのに三日ほど寝なかったのだし、今は休むべきだと思う。
結局、私はそわそわと落ち着かなさを感じつつ、朝が来るのを待つしかなかった。
翌日、早朝に起きた私達は早速北へ向かうことにした。
町で話を聞いた限り、北に住む種族は鳥獣人と鼠獣人らしい。どちらの種族も頻繁に小競り合いをしていて拮抗状態が続いているのだとか。ただ、最近は鼠側が鳥に勝ったと大々的に喧伝していて、鳥は住処を追われたとも言われているようだ。
うーん、普通鳥と鼠だったら鳥が勝ちそうなもんだけどな。獣人は身体能力的にもそれぞれの獣の特徴が強く表れているから、なおさら鼠が勝てるビジョンが思いつかない。
いやまあ、この世界には魔法があるし、魔道具だってある。獣人はあまり魔力がないらしいけど、全く魔法が使えないわけでもないし、その辺りをうまく使って対抗したのかもしれない。
もしかしたらお兄ちゃんが鼠の方を助けたのかもしれないし、話を聞くならとりあえず鼠の方だろう。
集落の大まかな場所も聞いたし、まずはそこを目指してみることにする。
町を出てからエルに竜化してもらい、パパッと移動する。
本来は徒歩一日程度かかるらしいが、エルの翼なら一瞬だ。すぐに眼下に集落らしきものが見えたので、適当な場所に降りて向かう。
「さて、ここは……?」
「どうやら、ここは鳥獣人の集落みたいですね」
作られている家々は皆高床式になっていて入り口が高い場所にある。鳥獣人というだけあって飛べるのだろうし、だから高い位置にあるのだろう。流石にここが鼠獣人の集落ってことはないはずだ。
ただ、この集落、人の気配が全くしない。その代わり、魔物の気配が複数あるのを感じた。
鼠獣人に負けたという話は本当のようだ。血の跡はあったけど、かなり少なかったから全員が殺されたってことはなさそうだけど、どこかに逃げ延びたのだろうか。
ほとんど戦闘を行わずに鳥獣人が負けたというのもおかしな話だ。鳥獣人がどれほどの戦闘力を持っているのかは知らないけど、少なくとも魔物蔓延る山岳地帯の近くに集落を置くということはそこから降りてくる魔物をどうにかできるだけの力を持っていたということになる。
魔道具などで結界を張っていたのかもしれないが、それにしたって全く戦闘を行わなかったって言うのはおかしい。
というか、鼠獣人の方も不自然だ。小競り合いだったとしても、相手を追い出した以上はその地を占領するのが普通だと思う。しかし、この村は見ての通り無人で、魔物が蔓延る廃村となってしまっている。
人が少なくて占領できるだけの人員を確保できなかったとか? だとしても、縄張り争いで手に入れた土地なのだから管理するのが普通だろう。せめて、自分の領地だという証かなにかを立てるべきだ。
でも、ここにはそんなもの見当たらない。まるで、鳥獣人が忽然といなくなったかのように。
「これは、鼠獣人の集落に行って話を聞く必要がありそうだね」
なぜか犠牲が少なく終わった縄張り争い。鳥獣人の行方。どのみちこれらの謎を解決するには鼠獣人の話を聞く必要がありそうだ。
私がエルに目配せすると、エルはすぐに竜化する。私達は素早く背中に乗り込み、鼠獣人の集落を目指すことにした。
感想、誤字報告ありがとうございます。