第三百二十六話:お兄ちゃんの行方
エルの説得は容易だった。というか、エルはよほどのことがなければ私の願いを無下にするようなことはしない。移動の足になることなど造作もないって感じだ。
気持ち的には今すぐにでも出発したかったが、流石に無断でいなくなってしまえば心配をかけてしまうし、各所への連絡を済ませ、翌日出発することになった。
今回、一緒に行くメンバーはお姉ちゃんとエル、それにアリアのみ。サリアはお留守番だ。
お兄ちゃんに会いに行くだけだし、サリアが行ってもつまらないだろう。
アリアは私の契約妖精だからあまり離れられないのはわかるけど、サリアを紹介するにしても王都に戻ってからゆっくりと会わせてあげたいところだ。今なら、英雄効果もあって安全だろうしね。
サリアのお目付け役である私がサリアを置いて出かけてもいいのかという問題だが、一応、留守の間は学園長や王様はもちろん、テトさんやシルヴィアさん達にも頼んでおいたし、万が一問題が起きても大丈夫だろう。もしもの時は通信魔道具で連絡を取ればすぐに帰還するとも伝えてあるし、備えは万全だ。
〈それでは、準備はよろしいですか?〉
「うん、お願いね、エル」
竜の谷へ行った時と同じように町の外でエルに竜化してもらい、それに私とお姉ちゃんが乗り込む。アリアも実体化し、私の胸の中に納まった。
〈では、出発します〉
「おー!」
エルが一羽ばたきすると瞬く間に地上が遠のき雲が真横に見えるくらいの高さまで上昇する。
相変わらず氷の膜は健在のようで、これだけの上空にありながらエルの背中は快適に保たれていた。
以前は海を渡っている途中で遭難していた船を見つけたりしたけれど、今回はそんなハプニングもないだろう。
背中の上でお姉ちゃんやアリアと世間話に興じながらゆったりとした空の旅を楽しむのだった。
それから一週間ほどして私達は再び隣の大陸へとやってきた。
お姉ちゃんの話では、お兄ちゃんはエルクード帝国のとある町から手紙を送ってきているらしい。
手紙はギルドを通して運ぶ場合、送り元のギルドの証印が手紙に押されているのだ。それを調べて、特定したらしい。
エルクード帝国はこの大陸最大の国で、主に獣人達によって構成されている。とはいえ、獣人と一言で言っても猫の獣人や犬の獣人などその種類は様々。大体の場合は同じ種類の獣人同士で集落を作り、暮らしているのが普通だという。
エルクード帝国はそれらの集落を一つにまとめ上げてできた国らしいのだが、皇都付近はオルフェス王国と同じように色んな獣人が仲良く暮らしているが、辺境では未だにそういった一種族集落が点在しているらしく、しばしば他の種族と対立しているらしい。
まあ、別に獣人の種族対立なんて興味はないのでそれはいいんだけど、お兄ちゃんがいるのはどうやらそんな集落にほど近い町のようだ。
「お兄ちゃんはなんでそんな場所にいるんだろう?」
「さあ、手紙では片付けなきゃいけない問題があるからとしか言ってなかったけど」
一応、エルクード帝国はこちらの大陸とも貿易を行っていて人間を始めとした他種族に対しても割と寛容だ。しかし、集落ではそうでもないらしく、特に人間はこの大陸において侵略者という立ち位置だった歴史があり、目の敵にされているのだとか。
そんな場所に人間であるお兄ちゃんが赴けばいくらギルドの後ろ盾があるとはいえ活動しにくいと思うんだけど、一体どんな無茶をやらかしているのやら。
「それなら、私達も歓迎されないのかな?」
「ああ、そうかもね。一応冒険者だからあまり無下にはされないだろうけど、陰口くらいは言われそう」
冒険者ギルドがあるくらいの規模の町なら多分大丈夫だとは思うが、お兄ちゃんがただ依頼をしているだけとは考えにくい。私に会うために領主からの依頼を蹴って会いに来るほどのシスコンなのだ、だから、その町はあくまで拠点であり、実際は別の場所にいる可能性が高い。
そして、近くには種族対立している集落が数個。お兄ちゃんがそれらの問題に首を突っ込んでいてもなんら不思議はない。
そうなると、必然的に人間のお断りの集落にも出向くことになる。下手したら門前払いもあり得るし、それは避けたいところ。何かいい手はないだろうか。
「とりあえず、その町に行って情報収集してから考えようか」
「そうだね」
拠点としているならそこに宿をとっている可能性は十分にあるし、集落に行けないようなら待つというのも手だ。むしろ、そっちの方が安全だし確実性がある。
幸い、その町は意外と近く、すぐに辿り着くことが出来た。
もちろん、エルの姿を見られるわけにはいかないので少し手前で降下し、歩いて町に入る。
そういえば、こうして獣人の町に入るのは初めてだろうか。一応、ホムラと一緒にエルクード帝国の皇都に入ったことはあるが、あの時はあんまり堪能できなかったし、情報収集ついでに獣人の姿を堪能するのも悪くないかもしれない。
ほんとは耳とか尻尾を撫でまわしたいんだけどね。流石にそれをいきなりやったら犯罪だからやらないよ。やっていいって言うなら喜んでやるけど。
「ひとまず宿だね。ギルドに近い場所なら多少は信用できると思うよ」
「じゃあ、まずはギルドで聞いた方がいいんじゃない?」
「それもそっか。じゃあギルドに行きましょ」
町の規模としてはそこまで大きくはない。獣人の種類も豊富で、とても争っているようには見えない。
恐らく、集落を作っている獣人というのは古くからの因習を忠実に守っている人達なのだろう。昔は獣人も猫獣人や犬獣人のように別々の種族として扱われていたらしいし、自らの陣地を守ろうと他種族に牙をむくのは獣人にはよくあることだ。
それがこうして色んな種族が混じっても仲良くできるって言うのは案外凄いことなのかもしれない。そう考えると、エルクード帝国もなかなかやるなと思った。
「さて、ここみたいだね」
しばらく街を歩くと、冒険者ギルドらしき場所を発見した。
町の規模が小さいからかギルドもそう大きくはない。王都のギルドと比べるとその違いがよくわかる。
中に入ると、作り自体は大体同じなようで、受付に依頼が張られている掲示板、それに酒場が併設されている。ただ、そこにいるのはほとんどが獣人で、人間の姿はあまりなかった。
獣人達の視線がこちらに集まる。やはり人間は珍しいのだろう、その視線には疑問や警戒と言った色がにじみ出ていた。
「すいません、少し聞きたいことがあるんですがいいですか?」
「あ、はい、なんでしょうか」
それらの視線を無視して受付に直行する。対応してくれたのは垂れた犬耳が可愛らしい犬獣人の女性だった。
多少驚いていたようだったけど、そこは流石ギルド職員、表情には出さずに真摯に対応してくれる。
「この辺にラルドって言う冒険者が来てると思うんですけど、何か知りませんか?」
「ラルドさん、ですか? それでしたら、先日シャイセ大陸のオルフェス王国王都支部宛に手紙を送って欲しいと頼まれましたけど」
「あ、やっぱり。今どこにいるかわかったりしますか?」
「いえ、それはわからないですね」
大陸が変わったのでいつも使っている言葉は通じないので、私が質問する。
まあ、一応お姉ちゃんもあれから勉強したらしいので多少は会話できるらしいんだけどね。
お姉ちゃんの読み通り、手紙はこのギルドから送っていたようだ。ただ、お兄ちゃんがどこにいるか自体はわからないとのこと。
なんでも、数週間おきにここを訪れては手紙を託してすぐにいなくなってしまうのだという。依頼を受けることもなく、またこの町に泊まっている様子もないので、一個人に深入りするわけもなく滞在場所は謎に包まれているらしい。
てっきりこの町に滞在していると思ったんだけど、当てが外れたようだ。となると、待つとしたら次に手紙を届ける日を待たないといけなくなるな。
「次いつ来るかはわかる?」
「さあ……いつもと同じタイミングなら数週間後でしょうけど、確約はしかねます」
「まあ、そうでしょうね」
お姉ちゃんの言葉に少し困ったように顔をしかめる受付さん。
数週間というのがどれくらいかはわからないけど、下手をしたら一か月以上待たされる可能性もある。
今回はまだ二か月ほど余裕があるけど、流石にそれまで待つって言うのはちょっと面倒くさい。
やっぱりこちらから出向くべきだろうか。ただ、いくにしてもお兄ちゃんがどこにいるかはわかっていないだよね。どうしたものか。
「それじゃあ、近くの宿を教えてくれる? 泊まりたいから」
「はい、それでしたらギルドと提携している宿がいくつかございます。一番近い宿ですとこちらですかね」
受付さんはそう言って地図を見せて説明してくれる。
これ以上は聞いても何も出てこなさそうだったので、そのまま退散することにした。
感想、誤字報告ありがとうございます。