第三十三話:盗賊退治
「積み荷を置いていきな。そうすりゃ命だけは助けてやるぜ」
盗賊のリーダーらしき男が片手にナイフをちらつかせながら詰め寄ってくる。
後ろの御者達は身を固くし、護衛達にも緊張が走る。
「……だそうですぜ、旦那。どうするんすか?」
「……命は惜しい。だが、この積み荷は失いたくない。君達護衛の働きに期待したい」
「へへっ、了解ですわ。ま、そういうことだ、諦めてとっとと失せるんだな」
盗賊と遭遇した場合、下手に争わずに積み荷を差し出せば助かる場合が多い。だが、当然積み荷を奪われれば大損することは間違いない。
今回は依頼人はよほど積み荷が大事なようだ。護衛の力を信じ、戦闘することを選んだ。
ゼムルスさんが盗賊達を挑発すると、盗賊達は気味の悪い笑みを崩すことなく少しずつにじり寄ってきた。
私は馬車から降り、ゼムルスさんの少し後ろに位置取る。
「お、よく見たらちっこいがなかなかの上物もいるじゃねぇか。こりゃ祝杯の時が楽しみだな」
舌なめずりをするリーダーらしき男を見て思わずぶるりと体が震えた。
いや、こんな子供にまで手を出そうとするってロリコンかよ。普通に気持ち悪かったわ。
盗賊は全部で13人。それに加えて森に待機しているのが7人で計20人。数では圧倒的に負けている。けど、こちらも冒険者だ。戦いには慣れている。
「……ゼムルスさん、仕掛けていいですか」
「お、嬢ちゃんもやる気だね。いいっすよ。お手並み拝見と行きましょう?」
こんな状況でもゼムルスさんは結構余裕そうだ。
ゼムルスさんの許可も取れたので、掃除を始めることにした。
いつものように水の刃を……いや、それは止めておこう。いくら盗賊相手でも生きた人間を殺すのはなんかこう、ダメだ。気持ち的には殺したいけど。
というわけで無力化する方向で動くことにする。
私は瞬時に目の前に魔法陣を展開すると、数発の水の矢を放った。初速の早い矢は盗賊達が反応するよりも早く、数人の腕と足に突き刺さった。
盗賊達が苦痛の叫びを上げるのを皮切りに戦闘が始まる。他の護衛達も怯んだ盗賊相手に突撃していき、容赦なく切り伏せていく。
ゼムルスさんはあまり前には出ず、味方や馬車に襲い掛かろうとする盗賊を弓で射抜いていく。
「気を付けろ、魔術師がいるぞ!」
リーダーらしき男が叫ぶと、盗賊達は下手に攻めるのをやめ、出来るだけ分散するようになった。また、それを合図にか森の方から矢が飛んでくる。どうやら、待機していた奴らの援護らしい。
目に身体強化魔法をかけ、時折飛んでくる矢を水の矢で相殺しながら次々と盗賊を射抜いていく。
伏兵の存在は知っていたが、思ったよりも火力がなく、順調に数を減らして行き、気づけばあれだけいた盗賊はすべて無力化されていた。
「さて、後は……」
前線がやられたのを見て撤退しようとしている森の待機組も見逃さない。とっさに発動させた土魔法により、待機組は全員落とし穴に落ちてもらった。これで逃げられることはないだろう。
「よし、片付いたな」
「く、くそっ……!」
辺りに転がっている盗賊達を縛り上げ、一か所に集める。後衛も含めて全員がやられたのを見ると、リーダーらしき男は悪態をつきながらも観念したように大人しくなった。
「よくやってくれたみんな。君達を雇って本当によかった」
こちらの被害はたいして大きくない。途中、護衛の一人を押し飛ばして馬車に近づいてきた奴もいたが、当然即座に矢で足を射抜いた。
馬車の被害はなし。護衛も多少怪我をした程度で済んでいた。逆に盗賊達は酷いありさまだ。いずれも腕や足を怪我し、まともに歩けない状態の者が大半で、中には胸を刺されて瀕死の者もいる。
「…………」
とりあえず、死にかけてる人には治癒魔法をかけておいた。戦闘が早く終わったこともあり、死にかけていた人はいても完全に死んでいる人がいなかったのは幸いだった。
……まあ、こんな奴らでも人間だし、死なれると寝ざめが悪いからね。
仲間意識は強いのか、死にかけている盗賊に対して早く治療してくれと懇願していた何人かの盗賊達からは感謝されたけど、そもそも襲われそうになった身なので懐かれても困る。
そっけなく返し、護衛達の治療も済ませると、ゼムルスさんの元に戻った。
「いやぁ、噂以上だったね。嬢ちゃんは将来大物になるよ」
「そうだといいですね」
両手を広げて大げさに褒めているゼムルスさんだけど、今は正直嬉しくない。
なんか、こんな奴ら死ねばいいのにと思っているのに止めを刺せなかったり、逆に治療したりしちゃった自分がむかつく。はぁ、何で助けちゃったんだろう。
死んでほしいと思ってるのに死んでほしくないとも思っている。そんな矛盾した考えが頭にあってなんだかもやもやする。
テンションダダ下がり。気分は最低だった。
その後、盗賊達の処遇をどうするかという話になり、近くの町まで護送することになった。
馬車には少なからずスペースはあったけれど、盗賊全員を乗せるにはさすがに足りなく、結局歩いてもらうことになった。
おかげで足の怪我は治療せざるを得ず、私の不満ゲージがさらに高まることになった。
いいんだけどさ。別にいいんだけどさ。
深いため息をつき、盗賊達から一番遠い、先頭の馬車に乗せてもらう。
一回、監視もかねて一番後ろの馬車に乗ろうとも思ったんだけど、一部の盗賊からなぜか懐かれて「お嬢」とか呼ばれ始めたからもう近くにいる気力が失せたよね。
なんでそうなるんだよ。こちとら怪我させた張本人だぞ。いや、治療した人は別の護衛が切った人だから正確には違うけど、同じようなものでしょ。
こんなことなら下手に手加減なんかせずに半殺しにするくらいの勢いでやればよかった。ああ気持ち悪い。
幸いだったのは次の町が比較的近くにあったことだ。門番の兵士に事情を話し、盗賊達を引き取ってもらう。
どうやら盗賊の捕獲には懸賞金があるらしく、後ほどギルドから支払われるだろうとのこと。
まあ、臨時収入があったのはよかったな。最近結構使って懐が寂しかったし。
日も落ちてきていたので、この日は町で一泊することになった。
初日から盗賊に襲われるというトラブルはあったものの、その後は順調に旅は進み、ついに王都までやってきた。
遠くからでもわかる堅牢な城壁は先日までいたカラバのものよりも巨大で、町の規模の大きさがよくわかる。
中に入ると、石造りの街並みが出迎えてくれた。大通りには数々の店が並び、道行く人々で賑わっている。
「さて、無事に護衛も終了して一安心てところっすね」
依頼人から護衛が完了したことを伝える書類を受け取り、ギルドで依頼完了の報告を行う。
依頼の報酬は端から見てなかったが、途中の盗賊捕縛の報酬も相まって結構な金額になったのは嬉しい誤算だ。
大きく伸びをするゼムルスさんはギルド証をしまって壁に寄りかかった。
ギルド証、ちらっと見えたけどゼムルスさんもCランクなんだね。弓の腕はかなり良かったし、もっと上かもと思っていたんだけど。
まあ、ギルドのランクはCランクで一人前って感じだからそこから上がるのはかなり難しいのかもしれない。Aランクなんて化け物とか言われてるみたいだし。
「嬢ちゃんはこれからどうするんすか?」
「とりあえず、宿探しですね」
「お、ってことは滞在する気なんすね。やっぱり、嬢ちゃんも闘技大会の見物に?」
「まあ、そんなところです」
情報によれば、お姉ちゃんは闘技大会に出場するらしい。だから、闘技大会を見に行けば確実に会うことはできるだろう。
とりあえず、闘技大会の詳細な日取りとかの情報を得ないと。宿屋で聞けばわかるかな?
「ああでも、今から宿取るのは難しいかもしれませんぜ?」
「え?」
「闘技大会の影響で外からくる人が増えてるもんで、この時期はどこの宿もいっぱいなんですわ」
マジか。どうしよう、ここまで来て野宿は嫌だなぁ。
「まあ、今ならまだ運が良ければ一部屋くらいは空いてるかもしれませんぜ」
「そうですか、わかりました。探してみます」
だったら早く行動を起こした方がいいだろう。ゼムルスさんにお礼を言い、早速宿を探しに出かける。
王都というだけあって、宿屋の数はそれなりに多かった。しかし、ゼムルスさんの言う通り、どこも満室で泊まれなかった。
うーん、どうしよう。
途方に暮れているその時だった。
「ハク? ハクだよね!?」
唐突に私の名前を呼ぶ声に振り返ると、いきなり抱きしめられて困惑する羽目になった。
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