幕間:恋の病?
学園の転生者、テトの視点です。
私はごく普通の大学生だった。普通に授業を受け、友達と遊び、時には趣味で絵を描いたりしながら日常を過ごしていた。
……あの時までは。
最期に見た光景は炎に包まれた自室。あの時は確か夜で、寝苦しさに目覚めたら気が付けば炎で辺りがいっぱいになっていた。
すでに退路はなく、救助も時間帯のせいですぐには来ない。私は死を悟った。
そして、気が付いた時には見知らぬ女性に抱き上げられていたのだった。
「転生、か」
転生したとわかったのは少し経った後だったけど、正直よく覚えていない。
死んでから赤ん坊として転生するまでの間に誰かに会っていたような気がするんだけど、よく覚えていない。ただ、私の持つ『絵を具現化させる力』はその誰かに貰ったんだということは理解していた。
恐らく、あれは神様的ななにかだったんだろう。ネット小説によくある様な異世界転生という奴をして、神様から能力を貰ってその力を使って無双する、という奴だ。
絵を描くという性質上、どうしても時間がかかるというのが玉に瑕だが、予め絵を描いておき待機させるということは可能だし、その気になれば絵だけで軍勢を作ることもできる。そう考えれば確かに無双もできなくはなさそうだ。
だけど、私はそんなことに興味はない。せっかくもらった二度目の命なのに、目立った行動をして面倒な奴に目を付けられたらたまったものではない。だから、私は年相応の女の子としてふるまい、魔法学園に入学し、人並みに交流を楽しみながら過ごした。
まあ、その方針を固めていない頃は色々と前世の知識を披露して、結果として私の実家の収入がとんでもないことになってしまったけど、それは仕方ないことだ。
ちょーっとそれっぽい知識を披露しただけであんなことになるなんて思ってもみなかったし、不用意な発言はしない方が身のためだと知った。
さて、それはともかく、私は大人しく生涯を終えようと思っていた。でも、そんな時ある人物に出会った。
「ハクちゃん……」
ハクちゃんは私と同じ転生者。年齢は私よりも幼いけど、前世の年齢は恐らく向こうの方が上だろう。子供にしては冷静すぎるし、雰囲気でなんとなくわかる。
まあ、それはいいんだけど、ハクちゃんはとてもはっちゃけた子だった。
いや、別にハクちゃん自身がめっちゃ元気な子っていうわけではない。むしろ逆で、とてもおとなしい性格だ。だけど、やってることはスケールが大きすぎる。
私が調べた限りでは、王都に迫るオーガの特異種の軍勢を殲滅した、闘技大会で優勝した、Aランク冒険者とタイマンして勝った、などなど12歳の子供がやるようなことではないことばかり。
魔法の腕も一流で、特に闘技大会では召喚魔法で7体もの魔物を出現させてみせたのだという。
召喚魔法がどんなものか詳しくは知らないけど、7体って相当だよね。普通は1体か2体みたいだし。
そんなに目立っていたら当然いろんなところから目を付けられる。ハクちゃんはそれらを嫌っていたようだけど、じゃあなんであんな派手な行動をしているのかよくわからなかった。
だから、私は警告の意味も含めてハクちゃんに近づいた。同じ転生者として話し相手が欲しかったというのもあるけど、このまま黙って見ていてハクちゃんが殺されたり操られたりするのは見たくなかったから。
その結果どうなったかというと……惚れた。
「あぁぁぁぁ……!」
「テト、うるさい」
ベッドの上でゴロゴロしながら悶える。
ハクちゃんは同性だし、なんで脈絡もなく惚れたかって? まあ、それには深い理由があるんだけど、単純に言えば魂を直接弄られたというべきだろうか。
対抗試合の折、私は呪いをかけられて声を封じられてしまった。それを解いてくれたのはハクちゃんで、その方法が魂に紐づけされた呪いを直接取り除くという方法だった。
もちろん、普通はそんな方法はできない。あれはハクちゃんだからこそできた方法だと思っているけど、結局ハクちゃんがなんでそんなことをできたのかはよくわかっていない。
だけど、ハクちゃんに直接魂に触れられた瞬間、何というか、喜びと快感が同時に襲ってきたのだ。
この人にだったら何をされてもいい、この人のために尽くしたい、そんな感情がドバッと溢れ出してきてしまった。
その波はすぐに収まったけど、その後もハクちゃんの姿を見るたびに胸の奥が疼くというか、辛抱たまらなくなってしまう。
これは治療の副作用だと言い聞かせてもこの気持ちを止めることはできない。だから私は、この気持ちに正直になることにした。
ハクちゃんと結婚する、これが今の私の目標だ。
ハクちゃんは同性だから結婚できないって? うるせぇ! するっていったらするんだよ!
「ハクちゃぁん……」
「ねぇ、テトってこんなんだったっけ?」
「いや、絶対違うと思う」
ルームメイトのアリーシャとリデルがひそひそ話している。
彼女達も誘拐されていたところをハクちゃんに救われているし、私の気持ちも理解してくれているとは思うんだけど、若干引かれているのが悲しい。
でも、ハクちゃんのことを思うと胸がいっぱいになるのはどうしようもない。これはもはや病だ。恋の病。
「ハクちゃんって何が好みなのかな。やっぱり、故郷の料理がいいかな?」
この世界においては前世で食べられていた料理はかなり貴重だ。
一応、隣の大陸では割と普通に食べられていることもあるようだけど、こっちではあまり馴染みがない。だからきっと、作ってあげたら喜んで食べてくれることだろう。
これでも料理は得意な方だ。一人暮らしだったし、花嫁修業とか言ってお母さんにみっちり料理を仕込まれたこともあるから。
ここはやっぱり定番のカレーだろうか。でも、あれはまだスパイスが見つかっていないんだよね。ならハンバーグとかいいかな、肉ならそれっぽいのがあるし。
「えへへ……」
私の料理を食べて、美味しいよって言ってくれるハクちゃんの顔が浮かぶ。
好感度を上げるためにもまずは胃袋を掴むことは重要だ。私は冷静な女、たとえ気持ちが暴走しようとも、ハクちゃんの前では絶対に暴走したりしない。……多分。
今度エルさんかサリアさんにでも聞いてみようか。色々詳しそうだし。
「そうだ、ハクちゃんを描いたらどうなるだろう」
私はふと自分の能力の事を思い出す。
私が描く絵はイメージ通りの設定を持っている。例えば、歴戦の兵隊だって設定なら描いた兵士はそれ相応の技量を持っているし、森の主と呼ばれる狼という設定ならばそれに見合った力を持っている。
まあ、細かい設定を付与するためにはより繊細に描き込まなければならないから時間がかかるので、普段は簡易的な設定のみで簡単な絵を優先しているけど、今ならば時間もあるしハクちゃんの設定を忠実に再現できるかもしれない。
「そうと決まればやってみるしかないでしょう!」
私は早速筆を執り、ハクちゃんの事を思い浮かべながら筆を走らせていった。
数時間後、私の目の前にはかなりデフォルメがあるとはいえかなり精巧に描き込まれたハクちゃんの姿があった。
「あぁ、ハクちゃんが目の前にいるぅ……」
感極まって抱き着くと、ハクちゃんはそっと抱き返してきてくれた。
設定を忠実に再現すると言っても、それはあくまで私が決めた設定だ。だから、私がこう思うハクちゃんというだけで本当にハクちゃんがそういう行動をとるかはわからない。
だけど、そんなことはどうでもいい。絵とはいえ、ハクちゃんが私を抱きしめてくれるというだけで天にも昇る気持ちだった。
「この力を使えば、あんなことやこんなことも……!」
私がその気になればハクちゃんを意のままに操ることが出来る。私の事を全肯定してくれるハクちゃん、ああ、いいなぁ……。
私が解除しない限りは絵は残り続ける、だから好きなだけいじくりまわすことが出来る。
よし、今日は存分にハクちゃんを堪能しよう。そして、明日はこれをハクちゃんに見せてあげよう。
自分の絵を描いたとなったら、ハクちゃんはどんな反応するかな。楽しみだなぁ……。
「おーい、テトー?」
「だめだ、完全に自分の世界に入ってる……」
私はしばらくの間でへでへと笑いながらベッドの上で悶えていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。