幕間:エルフのイメージ
ローゼリア森国の長の娘、アリストクロスの視点です。
エルフは卑怯な手を使っているくず集団、魔法しか取り柄のない劣等種族、賢者の名を騙る偽物。
人間の国においての今のエルフの評価はだいたいこんな感じだった。
まあ、これは当然だと言えよう。何一つ間違っていないのだから。
私達エルフは魔力が豊富な森の中に住んでいるせいか人間を始めとしたどの人族よりも魔力が高い。だからこそ、魔法の扱いには誇りを持っているし、誰にも負けないという自負がある。
だけど、逆に言えばそれ以外は体力も少ないし、力だって一部の狩人を除けばあまりない。それに、基本的にエルフ以外と交流を持たないから外交や商売の才能だってないだろう。
ローゼリア森国はその魔術師の質の高さから魔術師の聖地なんて呼ばれているが、逆にそれしか取り柄がないのだ。それなのに、その長所すら妨害しなくては勝てないと思われてしまっては潰れてしまう。
そもそも、対抗試合だって最初は普通に勝てていたのだ。それがだんだんと苦戦を強いられるようにはなって行ったが、それでも勝率で言えばこちらの方が圧倒的に上、わざわざ妨害などしなくても十分に戦っていけるはずだった。
なのに、それを努力して突き放そうとするのではなく、相手を蹴落とすことによって勝とうとしてしまった。それがすべての間違いの始まりだ。
でも、わかっていても止めることはできなかった。私が気付いた頃にはもうどうしようもないくらい腐敗が広がってしまっていたし、お父様も頑張ってはいたがどうにもできない状況だった。
このままではいずれ国は乗っ取られる。それも、国を導くはずの賢者の手によって。
私はそれを歯噛みしながら見ていることしかできなかった。でも、今回の対抗試合で光明が差した。
数々の妨害にも屈せず、それどころか容易に跳ねのけ、私達の不正を暴いてくれた。ただ沈むのを待つだけの泥船だったのに、奇跡的に島を発見できたのだ。
今回の件で、賢者エルマセイルは失脚、ローゼリア魔法学園の教師陣も総入れ替えとなり、さらには事件に加担したと思われる他の賢者まで断罪することに成功した。
先に言った通り、私達エルフのイメージは地に落ちた。しかし、それと引き換えに国に潜む膿を追い出すことが出来たのだ。さらに言えば、多大な迷惑をかけた相手であるオルフェス王国は国交を維持し、復興のための支援までしてくれるという。
感謝しかなかった。これでやり直すことが出来る。一度ついた負のイメージを払拭するのは難しいかもしれないが、まだチャンスはあるのだと。
それもこれも、フィル達を倒し、エルマセイルをも退けてくれたオルフェス魔法学園のメンバーのおかげだ。感謝してもしきれない。
「アリス様、どちらへ?」
「ハクのところへ。お礼を言わないと気が済みませんわ」
しばらく国は荒れるということで、私はしばらくの間オルフェス王国に滞在するようにお父様から連絡があった。
もちろん、エルフのイメージが低落している今、人間の国であるオルフェス王国に滞在するのは危険かもしれない。でも、今ローゼリア森国に戻れば、どこに潜んでいるかもわからない間者に狙われる可能性がある。
どっちも危険であり、だったら力もあり、信頼もあるオルフェス王国の長に保護を頼んだ方が無難だと考えたようだ。
まあ、お父様の気持ちもわからなくはない。それに、私が役に立てる場面があるとすれば神具テュールノヴァを使うくらいだろう。
かつて森で発見された遺跡で見つかった神具。その力は絶大で、魔力の急速回復、魔法の威力上昇、魔力障壁の展開など様々な効果を持つ他、一日に一度だけ視界に映るすべての対象に隕石を降り注がせる、『スターライトノヴァ』という技を使うことが出来る。
戦争においてこれを使えば一瞬にして敵を殲滅することが出来る恐ろしい能力ではあるが、その対象は視界に映る者すべてに無差別に降りかかる。なので、使いどころは難しい。
もちろん、多くの観客がいた対抗試合では使えるはずもなく、使ったら確実に相手を殺してしまうので使うつもりもなかった。
神具は使い手を選ぶらしい。発見されたのはかなり昔だと聞くが、今まで手にできた者はいなかったのだとか。もちろん、賢者も含めて。
それがなぜか私が持つことが出来たため、そのまま託されることになったが、正直手に余る武器だと思っている。
なぜ、テュールノヴァは私を選んだのだろうか。妖精が見えるから? でも、それだけだったら他にも何人かいる。リーアに聞いてもよくわからないというし、結局切り札として持ち歩くことしかできなかった。
「それなら私もお供いたしましょう。礼を言いたいのは私も同じです」
「なら一緒に行きましょう。外は色々危険だし、ね」
私は準備を整えてからハクがいる学園の寮へと向かう。
私が滞在している城から学園まではそこまで距離が離れているというわけではないが、道中は割と危険だ。
というのも、今回の件でエルフのイメージが急落した結果、エルフに対して攻撃する人が出てきたからだ。
もちろん、そういう人は少数派だし、大抵はただ陰口を叩かれる程度で実際に攻撃してくることはあまりない。ただ、私はローゼリア森国の選抜メンバーの一人であり、その姿は対抗試合で多くの観客の目に触れてしまった。
ただのエルフというだけならともかく、当事者であれば過激になってしまうのも仕方ない。たとえ私達は何も指示を受けておらず、賢者の手によって踊らされていただけであっても、汚い手を使って勝ってきたのは事実だから。
そういった人にはなるべく謝罪し、場合によっては一発殴られることもやむなしである。流石に度が過ぎれば見回っている騎士達が咎めてくれるが、一発殴るくらいなら見逃される場合も多く、甘んじて受け入れる他なかった。
「おい貴様! 薄汚いエルフがなぜここを歩いている!」
そんなことを思っていたら早速来たようだ。
現れたのは貴族風の子供とその護衛と思われる人間が数名。話しかけてきたのはその子供のようだ。
私達エルフには貴族というものは存在せず、皆平等という関係ではあるが、国を建国するにあたり、重要な役職に就く者に対してはそれなりの発言力と地位が保証されているため、それが貴族と言えなくもない。
まあ、こんな風にいきなり怒鳴り込んでくる者はいないが、嫌味たらしく絡んでくる人は何人かいたのでこの辺は人間もエルフも変わらないなと思った。
「ここは貴族が通る道だぞ。エルフ風情が通っていい場所じゃない」
「それは、申し訳ありませんわ。すぐに引き返します」
確かに一部は貴族以外立ち入り禁止の場所もあるらしいが、この道は大通りだ。城に通じる道でもあるし、学園に通じる道でもある。この国の長に確認も取っているし、この場所は間違いなく通っていい道だ。
しかし、それを面と向かっていっても意味はない。私は罪人なのだ。通ってはいけないというなら従わなくてはならない。
一緒に来ていたセラフィが顔を顰めたが、目配せをして黙らせ、すぐに道を引き返そうとした。
「待てよ。勝手に侵入したんだ、罰金を払ってもらわなくてはなぁ」
「……おいくらですか」
「決まってるだろ。貴様が持ってるすべてだ。ああ、なんなら体ももらおうか。顔はいいからな」
「おい、いくらなんでも横暴だぞ!」
たまらずセラフィが口を開いた。
私はお父様よりいくらかお小遣いをもらっているけど、決して多いわけではない。というか、大半はローゼリア森国だけで使える硬貨ばかりなので奪ったところでそこまでの価値はないだろう。
いくら私が悪いことをしていたからと言って、流石にこれは看過できない。私も向き直り、抵抗の意志を見せる。
「横暴だぁ? 何を言っている。貴様らは罪人だ、罪人は大人しく言うことを聞いていればいいんだよ!」
「私達はこの国の長から正式に許しを得ています。確かに悪事に加担したことは事実ですが……それでもそこまでされるいわれはありません」
「どうやら立場がわかっていないようだな。おい、お前達、少しわからせてやれ」
その言葉と共に護衛達が一歩前に出る。
ここで迎撃するのは簡単だが、そうすれば彼らの思うつぼだ。なぜなら、周囲には私達を監視する影がある。
恐らく、私達に手を出させ、それを誤った形で報告して私達を本当の意味での罪人に仕立て上げる気なのだろう。エンゲルベルトが良くやっていた手だ。
実際にやられてみると、胸糞悪い。オルフェス魔法学園の生徒達には本当に悪いことをしてしまった。
大人しくやられるというのもそれはそれでまずい。身ぐるみはがされるのは当然だろうし、下手をしたらそのまま誘拐されかねない。
自分達で蒔いた種とはいえ、どうしようもない状況に歯噛みした。
護衛の手が私達に伸びてくる。セラフィが守ろうとしてくれているけど、下手に抵抗もできない。どうすれば……。
「何をしているんですか?」
そんな時、ふと声が聞こえてきた。護衛達の背後から現れたのは、制服を身に纏った銀髪の少女。そう、これからまさに会いに行こうとしていたハクだった。
「見てわからないか? 罪人共に裁きを下してやるところだ」
「はあ、アリスさん達は罪人ではないはずですが。むしろ被害者ですよ?」
「あん? 何を言って……なっ!?」
貴族の子供はハクの姿を見るなり信じられないものを見るような目で飛び退いた。
私達の事を知っているということは、当然ハクの事も知っているだろう。そして、ハクは当事者だ。この事件に関しては誰よりも詳しい。
彼女の登場は彼にとって相当都合の悪いことだった。
「そもそもエルフ差別も止めるように呼び掛けられていますし、こうして直接手を出しているとすると罰せられるのはあなたの方になりますけど、それを覚悟していますか?」
「う、あ……くそ! お前ら、いくぞ!」
旗色が悪いとみるや、貴族の子供は護衛を連れて去っていった。
「……ふぅ、大丈夫ですか?」
「え、ええ。ありがとう、助かったわ」
「危ないところを助けていただきありがとうございます」
「いえいえ、たまたま居合わせただですから」
ハクがいなかったら身ぐるみをはがされるか、冤罪を着せられるか、とにかく面倒なことになっていただろう。偶然とはいえ、彼女がいてくれて本当によかった。
ただ、お礼を言うつもりがまた助けられてしまうとは情けない。また借りを一つ作ってしまった。
「アリスさん達はどうしてこちらに?」
「あなたにお礼を言いたくて」
「私に?」
「ええ。今回はとてもお世話になったから」
ハクは無表情ながらも首を傾げていて何を言っているのかわからないと言った様子だった。
まさか、私達を助けた自覚がないというの? だとしたら、相当なお人好しだ。
その後改めてお礼を言ったが、別にいいですよと軽く返すのみ。
真の恩人というのは自らを誇示しない者なのかもしれない。お礼にと用意した僅かばかりのお金も受け取ってはくれず、代わりに早く国が良くなるように尽力してほしいと頼む始末。
ほんと、ハクには敵わないな。いろんな意味で。
「……ええ、必ず復興させてみせるわ」
「はい、期待しています」
彼女の望みが国の復興というなら私もそれに応えよう。
長の娘というだけで何の取り柄もない私に何ができるのかという話ではあるけど、だからと言って黙っているわけにもいかない。この場でできることは少ないだろうが、エルフは寿命が長い生き物なのだ。
ハクが生きているうちには必ず復興させてみせる。そう強く思ったのだった。
感想、誤字報告ありがとうございます。




