第三百二十三話:新たな目標
その後、ダンジョンを出た私達はいったんミスティアさんの家で待機することになった。
向こうのメンバーのうち、二人は仲間に刺されて負傷し離脱、残り三人は直接攻撃という違反をしたため失格となったため、もはや勝負にならない。それに、教師の大半と賢者まで不正に加担していたとなればもはや対抗試合の行方など気にしている場合ではなかった。
まあ、勝敗で言うなら間違いなく私達の勝ちだろうけど、それが言い渡されるのはしばらく先になることだろう。
私達にできるのはここまでだろう。その気になればローゼリア森国まで殴り込んで片っ端から加担したエルフ達を摘発するというのもできなくはないだろうが、それはもはや生徒の仕事ではないし、国的にも余計なことはしてほしくないだろうから大人しくしていることにする。
願わくば、きちんとした裁きが下されてローゼリア森国に平穏が戻ってくれればいいのだけどね。
「ハクお嬢様、お身体の調子は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。今回はそこまで戦わなかったしね」
今はアッドさんも含めて一部屋に集まり、休憩しているところだ。
黒幕は捕まえたとはいえ、まだ手下などは残っている。それらを捕まえるまでは不用意には出歩かず、なるべく固まっているように言われたのだ。
まあ、もちろん周囲にはお姉ちゃんを始めとした護衛達が揃っているし、オルフェスの教師達も巡回してくれているからよほどのことがなければ大丈夫だろう。久しぶりに安心して肩の荷を下ろせるというものだ。
「それにしても、まさか賢者が黒幕とはな……」
「賢者と言えば、ローゼリア森国の根底にいる国の象徴のような方達ですから、これからローゼリア森国は荒れるでしょうね」
ローゼリア森国が国として存続できているのは、質の良い魔術師とそれらの尊敬の対象である賢者と呼ばれる存在がいたからだ。また、運が良ければ精霊の加護を受けられるという点も評価にあるかもしれない。
だが、今回の件で賢者が真っ当ではないというイメージが植えつけられることになる。国の象徴を失ったローゼリア森国は立て直しに相当な時間を必要とすることになるだろう。
元より、他種族との交流を謳っておきながら一部地域では他種族に対する差別のようなことも行われていたらしく、外交はともかく、商人や冒険者からの評価は不評気味だった。
ローゼリア森国を真の意味で立て直すには、そう言ったイメージの払拭が必要になることだろう。前よりは妨害は減るだろうが、森に住むあまり協力的でないエルフの事を考えると先が思いやられるね。
「俺、割と憧れてたんだけどな」
「賢者にですか?」
「ああ。まさかあんなくず野郎だったとはな」
「まあ、全部が全部ああいう人ばかりではないと思いますけどね」
賢者はエルフ全体の監督役のような立ち位置である。そのためには多くの知識を必要とするため、知識を得るために旅に出る賢者も珍しくない。
そう言った賢者達は知識を得る必要があるから他種族ともなるべく話をするし、なんなら助けることだってある。だからこそ、賢者はいい人というイメージが多くの国にはあるのだ。
そんな賢者に憧れている魔術師の卵は多く、一部の絵本などでは賢者は勇者に的確な助言を残す導き手として描かれていることも多い。
子供の頃からの憧れだった人なのに、蓋を開けてみればくず野郎だった。これほど失望することはないだろう。アッドさんの気持ちもよくわかる。
「目標を見失っちまったな」
「目標?」
「俺の家は魔術師としては名門中の名門だけどな、俺自身は魔力が少なくて魔法を満足に使えない落ちこぼれと言われてきたんだ。だから、いつか賢者みたいに強くなって見返してやろうと思ってたんだよ。だが、賢者があんなんじゃ、とてもじゃないが目標にはできない」
適性はあれど魔力がない、というのは割と珍しいことだ。魔力の量はある程度遺伝するし、両親が全く魔力がないと言うのでない限りは少なくともそこそこの魔力量を有しているはずである。
名門というなら、その血筋は魔力が多かったことだろう。なのに、生まれてきた子供はなぜか魔力が少ない。名門というプライドがあるだけに、これは相当ショックだったことだろう。
だけど、アッドさんはそこでめげずにどうにかして魔法が使えるようにならないかと試行錯誤を重ねた。その結果が宝石魔法だ。
誰にでも扱えるがために威力が低いという弱点こそあるが、それでも刻印魔法を施すことによってある程度解決できるし、魔法が使えないよりは遥かにましである。
魔力は基本的に生まれた時点で決まっており、成長することはあまりない。だが、全く成長しないわけでもない。修行によってある程度なら上昇する見込みがある。
幼い頃から宝石魔法に触れていたなら、ある程度は魔力も増えているかもしれないし、たとえ宝石魔法でも純正の魔術師に勝てるだけの火力があるなら十分強いと言えるだろう。
魔力がないからと諦めずに努力を続けてきたアッドさんはとても優秀なのだ。
「それなら、新しい目標を立てないとね」
「そうだな……まあ、目星は付けているんだが」
「え、誰?」
「いるじゃねぇか。俺と同じく魔力がなかったのに今や魔術師として相当な実力を持っている奴が」
アッドさんはそう言って私の方を見る。
元々魔力がなかったのに、魔法が使えるようになった人……もしかして、私?
「ああ、確かにハクちゃんなら適任かもね」
「だろ? 前調べた時はそこまでじゃないと思ってたんだけどな、今回の試合を通してその認識を改めさせられた。ハク、お前は間違いなく俺よりも遥かに強い」
「え、え?」
なんで私が元々魔力がなかったことを知っているのか知らないけど、どうやら新たな目標にされてしまったらしい。
いや、まあ、それはいいんだけど、私の場合は努力とは少し違う。
私の持つ魔力は確かに魔力溜まりに落ちたことによってじわじわと増えたのもあるが、大半は竜としての力に覚醒したからだ。
一応封印はまだ生きているようだが、かなり緩いのか日に日に魔力は増えていっている。特に何もしていないのに。
魔法を使えるようになるために色々試行錯誤していたとはいえ、これを努力による成長と言っていいのかどうかは微妙だ。
そんな私を目標に据えるのは、どうなんだろうか。
「俺は今年で卒業するが、お前を目標にこれからは頑張っていくつもりだ。だから、俺が成長して普通に魔法を使えるようになった時には、一戦交えてくれないか?」
「わ、私なんかを目標にしていいんですか?」
「当たり前だ。お前の魔法は凄い。目標にするには十分すぎる」
確かに模擬戦では割と頑張ったつもりだけど、それ以外に関しては私はあまり役に立っていない。第二試合ではほとんど動けなかったし、第三試合に関しても援護と防御をしていただけだ。むしろ、活躍していたのはエルの方だと思う。
だから、目標にするならエルの方がいいと思うんだけど……あの目を見る限り意志は固そうだな。
まあ、別に目標にされたからと言って何かをよこせと言われるわけでもなし、アッドさんがいいならそれでいいか。
私という例外ではなく、真っ当な努力によって魔力が成長するかどうかは私も興味がある。アッドさんにはぜひ頑張ってもらいたいところだ。
「わかりました。その時が来たらお相手しましょう」
「ああ、ありがとな」
アッドさんが手を伸ばしてきたのでそっと握手を交わす。
今回の対抗試合、色々と妨害を受けててんやわんやではあったけど、アッドさんにとっては割と成長できるいい機会だったのかもしれない。
いや、よく考えてみればアッドさんだけは全然妨害を受けていなかったし、そう感じているのは私だけかな?
すっかりいい表情になったアッドさんの事をしみじみと見ながら、心の中でふっと笑った。
感想ありがとうございます。