第三百二十二話:決着
ローゼリア森国は他種族との交流を目的にエルフが造った国だ。
エルフは元々排他的な種族であり、他種族との交流を好まず、森の中でひっそりと暮らす精霊信仰の種族だったが、すべてのエルフがそういう考え方というわけでもなく、中には他種族との交流に積極的な者もいた。
元々森の中でひっそり暮らしているとはいっても、生活必需品や食料などは商人から買っていたようだし、全く交流がないというわけでもなかった。また、出生率も低く、年々エルフは数を減らしていくばかり。これには、エルフはエルフとしか結ばれてはならないという古い風習が関係しているという。
このままではエルフはいずれ衰退し、歴史から姿を消してしまう。だからこそ、それを食い止めるためにもそういった古い風習を撤廃し、他種族との交流を持つことで種族の存続を図ろうとしたわけだ。
だが、それはあくまで少数派であり、多くのエルフは今まで通りの生活を望んでいた。その反対を押し切るようにして作られたローゼリア森国はエルフの中でも裏切り者として忌み嫌われている国であり、その心象はよくない。
そんな反対派のエルフ達の中から、あんなのはエルフのあるべき姿じゃない。きちんと元あるべき姿に戻し、その上で国を造るべきだと、そういう考えが浮上し、その采配を任されたのが一部の賢者というわけだ。
「エルフは選ばれた種族なのだ。魔力が潤沢にあり、精霊を見ることが出来、他種族より遥かに長命である。だからこそ、我らの国は他種族に下に見られるわけにはいかないのだ」
「なるほどねぇ」
つまり、これはエルフという種族の多くが望むことであり、それに従えない者は排除すべきだという考えなわけだ。
エルフは人間嫌いだという話はよく聞くけれど、ここまで過激だとは思わなかった。
いや、そう思っているのは一部だけなのかもしれない。流石に、すべてのエルフが他種族を見下すような考え方は持っていないだろう。持っていたとしても、それは興味がないというだけで互いに不干渉であれば何もしないという比較的温厚な考え方だったはずだ。
それが、一部の過激派の意見のせいで増長し、国を造って他種族を支配してやろうという考えに至ったということだろう。
良くも悪くも、ローゼリア森国の建国によって事態が大きく動いてしまった。
きちんと他種族と交流を持とうという姿勢は立派だし、国を造ったのも凄いと思うけど、説得が不十分だったために起こった悲劇だ。
「なら、対抗試合の度にこちらを妨害し、生徒に傲慢な態度を取らせるように仕向けたのもその国造りのためですか?」
「そうだ。あの国の連中は大半が腐っているからな。だからエルフの真の価値を見出してやっただけの事だ」
腐っているのはどっちなんだか。
エルフはすべてにおいて人間に勝っているという優越感、それを生徒達に体験させやることによって人格を歪め、将来自分の国造りのために動く手駒にしようと考えたと。
元々ローゼリア森国は少数のエルフによって造られたかなり小さな国だ。それなのに、人口の大半を占める魔法学園をいいように使われてしまったら民意を退けるのは難しい。いくら国の上層部がまともな人材だったとしても、民がついてこなければ意味がない。
やがては反乱が起き、長を含めて上役はすべて叩き出され、エルマセイルさんのいうような選民思考の国が出来上がることだろう。
まあ、そんな国造ったところですぐに潰されるのがおちだと思うけどね。いくら魔法に長けたエルフだとは言っても、戦争になれば魔法だけでは勝てない。
魔法を撃つには多少ではあるが時間がかかり、その間にも敵は進軍してくる。そうなれば、やがて前線が崩壊し、エルフ達は蹂躙されることになるだろう。魔法以外はそこまで強いわけではないのだから。
魔術師が十全に戦えるのは敵を押さえてくれる壁役がいるからであり、それがないエルフに勝ち目はない。兵力で勝っているならまだしも、それすらも小国では用意することはできないだろうし、どうあがいても負ける。
それに気づけない時点で、彼の作戦は破綻している。
「貴様ら、こんなことをしてただで済むと思うなよ。俺に手を出したらどうなるか、たっぷり思い知らせてやる」
「どうやら協力している賢者はあなただけではなさそうですね。さて、どうやってあぶり出したものか」
エルマセイルさんがどれほどの人かは知らないけど、流石に一人で国造りは無理がある。暗殺者っぽい人も結構いるみたいだし、勢力は意外に多そうだ。
うーん、こいつが黒幕なのは間違いないだろうけど、このバカげた計画に加担した人すべてを摘発するとなるとかなり難しい。
というか、それはもう私の領分ではない。国が対処すべき事柄だ。
とりあえず、全員捕まえてしまって、後は国にお任せするのが一番楽かな。
「さて、こんなものでいいですかね。詳しい話は捕まった後にたっぷり話してください」
「はっ、どうやら俺がなぜ素直に喋ったか理解できていないようだな。貴様らはここで死ぬ、俺が捕まることなんてないんだよ!」
そう言った瞬間、背後から炎の槍と水の矢が飛んできた。
どうやらフィルノルドさんとエンゲルベルトさんが不意を突いて攻撃したらしい。そうは思っても、流石にすぐには反応できなかった。
それぞれの攻撃は全員の背中に当たり……そのまま砕け散った。
「は……?」
「なるほど、これを狙ってたんですね」
即座にサリアが拘束魔法を使い二人を地面に縛り付ける。
少し油断しすぎていた。だが、不意の攻撃は焦ったけど、事前に防御魔法をかけていたからそこまでの痛手にはならなかったのが幸いだ。
雷攻撃が止んだ時にすでに結界は解除してしまっていたけど、念のため防御魔法を張っておいて本当によかった。そうでなければ、私はともかくサリア達が怪我を負ってしまったかもしれない。
「な、なぜだ、完全な不意打ちだったはず……!」
「防御魔法というものがあるんですよ。賢者ならそれくらいご存じでしょう?」
「い、いつの間に……」
まあ、仮に防御魔法がなかったとしても防御魔道具があるからそこまでの痛手にはならなかったと思うけど、あれが決まっていれば恐らく第二第三の攻撃があったのかもしれない。
常に戦場である気持ちで挑まなければ。少なくとも、ダンジョンで気を抜くのは命取りになるね。
「さて、生徒による直接攻撃、教師による助力、生徒や教師の誘拐、呪いの行使、その他もろもろの理由であなた達を捕まえることにします」
「はっ、不意打ちを防いだくらいでいい気になるなよ。そんな証拠どこにもない、白を切ればどうにだって……」
「いえ、それも不可能ですよ」
エルマセイルさんの言葉を遮るように朗々とした声が響き渡る。
声のした方に目を向けると、そこには数人の教師と護衛を引き連れた学園長の姿があった。
「き、貴様は……」
「先程の行為は一部始終見させていただきました。あなたが今まで数々の妨害を仕掛けてきたという言葉もしっかりと。言い逃れはさせませんよ」
護衛の中にはお姉ちゃんの姿もある。お姉ちゃんは私の顔を見るなり、ウインクをしてみせた。
というのも、この集団の登場はあらかじめ私がお姉ちゃんに連絡して連れてくるように頼んでいたものだからだ。
私達がいくら言ったところで、立場の弱い生徒の証言では話が通らないかもしれない。しかし、教師や護衛が直接見聞きしたのなら話は別だ。
大人であれば意見は通しやすいし、それも複数人いればその証言はかなり信憑性が増す。もとより今回はアリスさん達が被害に遭っており、ローゼリア側の不正は濃厚だった。だから、あえて止めを刺さずに自白させるように促したのだ。
まあ、まさか学園長本人が来てくれるとは思わなかったけど、学園長自身が証人ならばかなり心強い。なにせ学園においての最高権力者だからね。
「教師であろうと賢者であろうと、我が学園の生徒を傷つけるのならば容赦はしない。オルフェス魔法学園学園長、クレシェンテ・フォン・オルフェスの名においてあなた達を断罪する」
一切の迷いなく放たれた言葉は一瞬の静寂をもたらした。
その後、護衛に指示してエルマセイルさん達を拘束していく。みんなほとんど戦闘不能に近かったから特に大きな抵抗をされることもなく、無事に拘束することが出来た。
これで一件落着になればいいけど。学園長の方を見ると、にっこりと笑みを浮かべていた。
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