第三百二十一話:賢者の実力
雷魔法というのは数ある魔法の中でもかなり強力な部類の魔法になる。
例えばボール系で言えば、ファイアボールやウォーターボールと言った魔法は受けたとしても吹き飛ばされるだけで威力は結構控えめだ。まあ、控えめと言ってもまともに食らえば一般人を殺せるほどの威力はあるけど、魔術師が相手なら小手試しといった使われ方になる。
しかし、雷魔法のサンダーボールとなると話は別で、少し触れるだけでも結構なダメージに繋がってしまう。
電気なので金属鎧などを着ている場合は逆にダメージを増加させてしまうし、そうでなくてもまともに食らえば痺れによって動けなくなってしまう可能性もある。
その分制御は難しく、失敗すれば自傷してしまう危険性もある属性だが、使いこなせればかなり強い。
基本的には相手の頭上から降り注ぐようにして雷を降らせることで攻撃するが、他の魔法の例にもれずボール系やウェポン系の魔法も存在する。
これ、雷魔法でウェポン系使って持続させたら触れるだけで相手を痺れさせる武器が作れてしまうのでは? ……まあ、使うかどうかは後で考えよう。
とにかく、そんな強力な雷魔法。しかも使いこなせている人が本気で攻撃しようとしたらどうなるか。その答えは嵐が起きる、だ。
「ははは、みんなくたばっちまえ!」
エルマセイルさんが杖を振るう度に周囲に雷が散っていく。
多分狙っていないなこれは。適当に雷を降らせているだけ。ただ、雷はたとえ直撃コースでなくても近くの高いものに落ちようとする性質がある。
この場合、周囲の巨木が対象になりそうだが、流石にそこは計算しているのか、見事に私達の頭上ばかりに落ちてくる。
元々稲妻によって移動箇所を制限されている上にホーミングしてくる雷と、避けるのはほぼ不可能な状況だ。なので私は早々に回避を諦め、結界を張ることでみんなへの攻撃を防ぐことにした。
結界は防御魔法と違って魔力消費量が多いけど、防御面では相当優秀だ。もちろん、この雷程度なら何十発受けても壊れることはない、と思う。
まあ、少なくとも数発は耐えているので壊れそうになったら順次張替えでいいだろう。あんまり長引くと魔力が勿体ないけど。
「はは、すげぇや。これが賢者の力、誰も逆らえない」
「そうとも。まあ、ここで奴らを始末してしまうと後が少し面倒だが、賢者様を怒らせたんだ、死を持って償うのは当然と言えるだろう」
攻撃の外にいるフィルノルドさんとエンゲルベルトさんは暢気に話をしている。
未だにテトさんの絵によって包囲されているエンゲルベルトさんはともかく、フィルノルドさんはミストレイスさんを助けようとでもすればいいのに。意識を取り戻したのか、必死にもがいているのが見えるよ。
早々にやられた駒なんて興味ないってことか。一応仲間だろうに。仲間は大切にしないと後で後ろを刺されるよ。
「どうだ、手も足もでまい! 貴様ら人間はエルフの前に跪いていればいいんだよ!」
「うるさいですね。少し黙りなさい」
一心不乱に杖を振り続けるエルマセイルさんに対し、エルは人差し指を突き出しながら小さく魔法を放った。
それはほんの針ほどの細さの氷。だが、その速度は尋常ではなく、瞬きの間にエルマセイルさんの手を貫いた。
「ぎゃぁぁああああ!?」
悲鳴と共に杖を取り落とす。それと同時に、さっきまで降り続いていた雷が止んだ。
なんて脆い。たった一発エルの攻撃を受けただけであんなに叫んで、痛みに耐性がないんだろうか?
いくら賢者と言えど、上には上がいるということを知るべきである。そもそも、さっきまで落としていた雷は一発も当たっていなかっただろうに。確かに激しい稲光によって見えづらかっただろうが、一体何を見ていたんだろうか。
「な、なぜ……なぜ無傷なんだ!? あれほどの雷を受けてどうして!」
「あなたの目は節穴ですか? 一度も食らっていないんですから当たり前でしょう」
「馬鹿な。身体強化魔法でも防御魔法でも俺の魔法を防ぐことなんてできないはず……」
「それは今まで相手にしてきた人がたまたまあなたより実力が低かっただけでしょう。ですが、あなた程度、私のお嬢様ならば小指で捻れますよ」
コントロールが乱れたのか、周囲に展開していた稲妻も消えている。
エルは一歩前に出ると、蹲るエルマセイルさんに向かって蔑んだ目を向けた。
いや、流石に小指で倒すは無理があると思うよ? 確かに、竜としての力を使えば倒せるかもしれないけど、それを使わなければ彼の魔法は私の魔法と同等かそれ以上の威力を持っている。もし竜の力を隠して戦えと言われたら結構苦戦するかもしれない。
まあ、結界を使えば少なくとも負けはしないだろうけど。
「そんなガキが俺より強いだと? そんなわけあるか! 俺は賢者だぞ! エルフの精鋭だぞ! 人間如きに負けるはずはない!」
「そうですか、なら一生そう思ってればいいです。まあ、どうせこの後死ぬことになるでしょうが」
「舐めるなぁ!」
起き上がりざまに雷の槍がエルに迫る。しかし、エルはそれを予測していたようで寸でのところで避け、逆にその手に氷の剣を突き刺した。
「ぐぎゃぁぁぁあああ!?」
「ホントにうるさいですね。こんなのが賢者とかエルフはどうなっているんでしょうか。このまま滅ぼしてやった方が身のためでは?」
「エル、それはやりすぎ」
「はっ、申し訳ありません」
いくら何でもエルフを丸ごと滅ぼすのはやりすぎだ。というか、エルマセイルさんも黒幕とはいえ殺すのは少し気が引ける。
出来ることならローゼリア森国に引き渡して、正式に裁かれて欲しいところだけど、それもどこまで通ることやら。
というか、仮にも賢者で【鑑定妨害】ができるくらい強いのにあっさり負けすぎだ。確かに魔法の威力はこれまで見たことがないくらい強かったけど、痛みに耐性がなさすぎる。
きっと今までは手下に戦わせていたか、自分で戦っても遠距離から固定砲台してるだけだったんだろうな。
攻撃を受けたことがなければ痛みに対して耐性がないのも納得できる。となると、正当な方法で賢者になったかどうかも疑問だな。賢者って優秀なエルフが集まって決めるらしいし、その中では戦う場面もあっただろうに。
すべてに圧勝するほど強かったのか、それとも賄賂か何かで無理矢理なったのか。前者なら凄いけど、多分後者なんだろうなぁ。
「……ん? と、エルマセイルさん、あなたの目的は何ですか? どうしてこんなことをするんです?」
「ガキが気安く話かけんじゃ……」
「さっさと答えなさい」
「がぁぁあああ!?」
エルが刺さった氷の剣を踏みつけてぐりぐりしている。
刺さり方のせいで完全に手が地面に縫い留められてしまっているから、あれはエルが魔法を解いてあげないと抜くのは無理だろうな。多分、無理矢理抜こうとしたら手が千切れる。
もう片手はエルが氷の針で撃ち抜いたためかだらりと下げたままだし、本格的に両手が使えなくなったかもね。
まあ、同情はしないけど。
「ぐぅ……じ、自分だけの国を作るためだ……」
「国ですか。ローゼリア森国の事ですか?」
「違う、あんないかれた野郎の作る国なんてどうでもいい。一から作るのが面倒だから利用しただけだ」
「つまり、ローゼリア森国を基盤として新たな国を作ろうとしたってことですか?」
「そうだ」
なるほどなるほど。要はエルフが国を作ったけど、自分の理想とはかけ離れたものだったから潰すついでに自分の国造りの足掛かりにしてしまおうと考えたわけね。
国を造ると来たか。彼の理想がどんなものかは知らないけど、今までの態度から考えるに、エルフは選ばれた優秀な種族であり、その他の種族はエルフを敬うべし、みたいなそんな感じの選民国家でも造る気だったのだろうか。
人間の国でも人間至上主義と呼ばれる、人間が偉く、他の種族は下等種族みたいな考え方の国はあるらしいけど、なんでそんな考えになるんだろうね? 私にはよくわからないよ。
とにかく、エルのおかげで色々喋ってくれそうだし、今の内に色々聞いておこう。
私はどれから聞こうかと頭の中で整理しつつ、次の質問を考えていた。
感想ありがとうございます。