第三百二十話:奥の手
私には探知魔法がある。それも改良に改良を重ね、そんじょそこらの隠密魔法では掻い潜れないほど高性能な探知魔法だ。
いくら潜んでいようが意識していればすぐに見つけられるし、奇襲のタイミングも簡単に把握できる。
今回、どうやらフィルノルドさんはエンゲルベルトさんと組んで妨害をしようとしていたようだ。
生徒が相手に直接攻撃するのも禁止だけど、生徒が第三者と協力して試合を進めるのも禁止行為だ。二つの禁止行為を行ってなお、それで勝ちだと言い張るあたり頭おかしいとしか思えない。
まあ、それでも私達には勝てないようだけどね。
「こんなふざけた魔法で拘束したつもりか? エンゲルベルト先生、やっちゃってください!」
「いや、忌々しいが私では無理だ。こやつら、見た目にそぐわずなかなか手ごわい」
「そ、そんな……」
テトさんが描く絵はそのポップさからいまいち迫力がないが、その性能は折り紙付きである。
見た目に騙されて強行突破しようとすれば痛い目を見ることは確実だろう。
それがわかっている辺り、エンゲルベルトさんは中々見る目があるのかもしれない。……いや、ローブがボロボロなのを見る限り、実際に痛い目に遭ったんだろうな。見る目なんてなかった。
「まだ抵抗を続けますか? もう詰んでると思いますけど」
「ぐぬぬ……なぜだ。なぜ思い通りにいかない! 下等な人間風情がエルフに楯突くなどあってはならないのだ!」
「はあ、どんな教育をしているか知りませんが、エルフはただ魔法の扱いに長けているだけでその他の部分では人間の方が上ですよ」
魔法に関してはエルフに勝てる者はあまりいないが、それ以外にエルフが優秀な点はあまりない。というより、人間がまんべんなく色々できると言うべきか。
魔法を使う魔術師以外にも、鍛冶師や錬金術師、商人など様々な職業がある。人間はエルフのように魔法が得意なわけでもドワーフのようにものづくりが得意なわけでもないが、努力次第である程度は何でもそつなくこなすことが出来る。だから、魔法ではエルフには勝てないが、それ以外の部分でなら十分に勝てる見込みがあるのだ。
ローゼリア森国は今までのエルフ達と違って他種族との交流を望んでいるようだけど、フィルノルドさんの考え方は排他的なエルフの思考そのもの。それだけでは、商売などは向かないし、アリステリアさんの話を聞く限り魔道具作りもあまりできないだろう。
国として存続する以上は貿易などをする必要が出てくるわけで、それらが苦手なエルフはいくら魔術師の聖地ともてはやされているとはいえ小国の域を出ないだろう。下手をすれば、大国にすぐにひねりつぶされてしまう。
それがわからず、ただ魔法が得意だからと人間に高圧的に当たっていれば、いずれ国は滅びるだろう。まあ、それを誘導していると思われる賢者は何か策があるようだけど、それもどこまで信用できるものかね。
「貴様、エルフが人間より劣るというのか!」
「そうは言いませんが、人間がエルフの下位種族だなんてことは絶対にないと言い切れます。もちろん、人間だけでなく、ドワーフやショーティーなんかもね」
「なんだと!」
どれか一種族だけが天下を取るなんてことは絶対にない。もしあるとしたら、竜種くらいなものだろう。それだって、竜種だけでは経済を回すことが出来ないからそれだけでは成り立たない。
どの種族も得意なことと不得意なことがあり、それを補い合っていくことによって世界は回っていく。
自分の種族が一番なんて言う選民思考はこの世界は最も役に立たないプライドだ。
「許さん、許さんぞ! 我らがエルフを侮辱した罪、その身にわからせてやる!」
「まあ待て、フィルノルド。こやつらに何を言っても無駄だ」
激昂するフィルノルドさんをエンゲルベルトさんが宥める。
この期に及んで余裕の表情だが、まだ何か仕掛けてくるつもりらしい。
まあ、その種は何となくわかってるんだけどね。念のためこっそりとみんなに防御魔法を張っておく。もし不意打ちがあっても、これなら問題ない。
「ですが、エンゲルベルト先生!」
「落ち着け。確かに今の私ではこ奴らの処理はできんが、奥の手というのは最後まで取っておくものだ」
「そ、それじゃあ」
「うむ。……エルマ様、お願いします」
エンゲルベルトさんがそう言った瞬間、周囲に稲妻が走る。三角形の形で展開されたそれは私達を囲うように存在し、移動を阻んだ。
なるほど、逃げ場をなくしたか。となると次は……。
私はとっさに手を上に掲げると、氷の壁を形成した。
ピシャアァァ!!
激しい轟音と共に氷の壁に雷が降り注ぐ。何度か耐えたが、あまりの威力に相殺しきれず、しばらくして氷の壁は砕け散った。
しかし、防ぎきることには成功したらしい。周囲に展開された稲妻の包囲陣はそのままだが、今のところはこれ以上雷が降ってくる気配はなくなった。
「ほう、あれを防ぐとは少しは骨のある奴がいるようだ」
そんな言葉と共に背後からやってくる一人のエルフ。
豪奢なローブを身を纏い、手には黄色い宝石がはめ込まれた杖を持っている。灰色混じりの白髪はその年齢を高く見せるが、顔だけ見るなら意外に若そうだ。まあ、エルフだから見た目の年齢は当てにならないかもしれないけどね。
さて、エルマ様って言っていたのとさっきの雷魔法。どうやらこの人が例の魔道具に呪いや【鑑定妨害】を施した張本人のようだ。
「賢者ですか、まさか本人が出てくるとは思いませんでした」
「ほう、俺の事を知っているのか。それなら話は早い。痛い目を見る前に降参することだ。俺は弱い者いじめは嫌いなんでね」
「どの口が言うんですかね。今までさんざん妨害しておいて」
「はて、何のことかわからんなぁ」
今更白を切るのか。なんとも図太いことだ。
とはいえ、この人はフィルノルドさんとかと比べると結構強そうだ。探知魔法で見る限り魔力量はかなりのものだし、特殊属性である雷属性を使いこなしている。それももちろん無詠唱だ。
フィルノルドさんはぽかんとしているが、エンゲルベルトさんはにやりと笑っている。どうやら勝ちを確信しているらしい。
「それで? 降参するだろ? お前らに勝ち目はないだろうしな」
「すると思います? 思ってるなら相当おめでたいですね」
「……おい、口には気を付けろ。誰に向かって物を言ってる。俺は賢者だぞ」
「それが何か? たかがエルフの中で優秀ってだけの雑兵が粋がるんじゃありませんよ」
エルの挑発にぴきりと額に青筋が立つ。
まあ、エルからしたらエルフなんてどうってことないだろうしね。
いくらエルフが魔法では右に出る者がいない種族とはいえ、流石に竜には負ける。いや、繊細さという意味では勝てるかもしれないが、単純な威力勝負でなら竜の方が圧倒的に強い。
確かにサリアやアッドさんにとってはかなりの強敵かもしれないけど、エルにとってはそこまでの相手ではないのだ。
まあ、竜としての力を隠しながらという条件が付くと少し苦戦するかもしれないけどね。
「……てめぇは殺す。俺に楯突いたことを後悔させてやる」
「できるものならやってみなさい。何なら決闘でもしますか? あなた程度なら私一人で十分です」
「ぬかせ。貴様ら雑種如きまとめて葬ってやるよ!」
その瞬間、頭上から激しい稲光が轟いた。
まあ、元から捕まえる予定だったしエルがその気になっているなら任せてみよう。
私はエルが十全に戦えるように他のみんなの保護に回った。
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